第三話「負ければ死、博打のバトル」
彼女の国、モリュム王国に着いた時だった。
「お願いします、この子だけは……」
「ダメダメ~うちには子供が趣味の者もいるもんでね~悪いけどあんたら二人共来てもらうよ」
「そんな……お願いです、お願いです!」
「うるせえ! 言う事聞かないなら罰を与えないとな~ふっひっひ」
今にも襲われんとばかりに泣き叫ぶのは子供を抱き締めて身を守ろうとしている母親と、その娘の姿であった。
襲おうとしている男の方は明らかに人間では無い普通とは逸脱した緑色の顔。
まるでファンタジー映画などに出てくるゴブリンのようだ。
片手にはグラディウスのような形状の片手剣を右手に握っている。刃渡りは約50㎝といった処か。顔以外には鉄の鎧がゴブリンの体を纏っている。
そして左手には体の6割を占めるほど大きな盾を体の横に落としていた。
鉄の鎧を纏っているとは言え、あれでは体全体ががら空きだ、。
あれだけ大きい盾を瞬時に体に移動させるのは鎧で纏われたあの体でも厳しいものがある。
隙を突くなら今だ、彼女達を捕らえたと思っている今が一番油断しているはずだ。
「いい事? 絶対に動いちゃ駄目よ」
「おい、今しか奴の隙を突くチャンスは無いだろ」
「駄目だわ、私一人じゃゴブリン族に勝つ事が出来ない、一撃を加えたとしても怯みもしないのがオチよ」
そう言うと彼女はポーチの中からごそごそと何かを取り出す。
取り出したそれは中が透けて見える球体で、中には錆びた鉄の輪とその中に同一の矢印がゴブリンの方を指し、矢印は斜め上を向く。
矢印が空間に生み出したのは見覚えのある複合現実、すなわち3D映像で見れる敵の力が数値となったBWSHだ。
Battle 365
Warrior 292
Sorcerer 1
Healer 72
Profession:warrior
Battle値がいわゆるこのゴブリンの強さ。
彼女のbattleが46に対して、このゴブリンはおよそ8倍の強さを秘めているという事になる。
「はぁ……中古の親父から買い叩いたのは正解だったようね、貯金ほぼ無くなっちゃったけど」
彼女が駄目なら俺一人でもいくしかない。
武器は持っていないが、彼女の言う事が正しければそんな物は関係が無い筈。
ある意味このスマホが武器と言えるだろう。
何せこの世界に存在しない物なのだ、価値は高い筈。
「私一人では無理だけど、あなたと私二人でならまだチャンスが無い事もないわ」
「どういう事だ?」
ステータス的に立ち向かうのはあまりにも無謀だと思っていたが、その言葉から読み取るにまだ望みはあると言う事なのだろうか。
「うまくいったとしても一瞬だけ怯ませるのがやっとだろうけどね、それでも駄目なら可哀そうだけどあなたも逃げる事を優先しなさい」
彼女の言う通りbattle値が8倍程度ある敵を相手にしなければならないのだ。
最善の手段は敵にダメージを負わせ、怯んでいる間に彼女達二人が逃げ切る事だ。彼女の言う町までの距離はすぐ前、というかもう眼に映るくらいにのすぐ近くだ。せめて二人さえ助かれば俺はそれでいい。
しかし二人がかりとは言え、カースト最下位の種族が敵を怯ませるくらいの打撃を与える事ができるか。心配は募るばかりである。
「賭ける物は決まってるの? あなたのさっき見てたスマホ? 高い代償がつくと思うわ、あれを賭けなさい」
「いや、それを賭ける必要は無い」
「賭ける必要が無い? あなたお金持ってないでしょ? 言っとくけど私からあなたに差し出せる物は何も無いんだから」
「心配するな、それとお前は一撃を加えたら彼女達を連れて逃げろ、町まではすぐそこだろ?」
「あなたさっきから何を言って……」
「俺はこの勝負で負けた場合に命を賭ける」
「な……何をしてるの……」
信じられない、そんな目をしていた。
俺がこの職業を選んだ理由は主に二つある。
一つは俺に才能が無いという事。下級の俺は創造主クリエイターを選んだ時点で工夫が必要となる。才能の対価がステータスに反映されるのだから、だったら対価は才能ではなく、対価を賭ける物にすれば才能の関係が無くなるという判断だ。
そして二つ目、 奴隷で殺された人数が少ないこの世界では、命はとても価値が高いという事である。すなわち、金以上に高い価値を持つ命を賭ける事はこの職業を最大限に活かす事に他ならないのだ。
問題は客観的に俺の命が高いと評価されるかだが、それこそ賭けにでるしかない。
地面を片足で一歩、ゴブリンがいる場所まで強く蹴り上げる。
その一歩はとても強く、思いも寄らない速度でゴブリンの懐のすぐ目前にへと移動していた。
気づけばその場所にいた訳ではない。
移動している間は自分以外の全てがスローリーに見え、閃光を思わせるような速さでゴブリンは目前にいる俺の姿に気づき目を見開いていた。
そしてすぐさま握り拳を作り、鉄の鎧が唯一纏っていない顔面に拳を入れる。
「ぐぇっ」
拳が顔面にぐにゃあっと食い込むと、ゴブリンは両手を前に伸ばしながら足が浮き、そして勢いよく前方へと吹き飛んでいく。
飛んでいったゴブリンの体は、一面にある岩に次々とぶつかり、岩は粉々に砕けてからもその勢いは止まらず、目にも見えぬ場所にへと姿が消える。
奴が死んでいないか少し不安だったが、何より気掛かりなのがこの自身の腕力だ。
確かゴブリンのbattle値は365、一方の俺はたったの3。
常識に考えてこんな事はありえない、それを物語っていたのは「ひゃあ!?」と言った、メグ・キットという女の素っ頓狂な声が出た事から読み取れたが。
ただしその常識的な捉え方も、全部職業を開放する前の情報から考え出した事だ、今確かめてみるか。
「オープンステータス!」
Hirasawa Tomonori
Battle 1000
Warrior 390
Sorcerer 430
Healer 180
「えええええええええええ!!! 何これ……一体どういう事!?」
3D画面が目前に表れる、驚きたかったのは山々だったが、まず最初に感嘆の声を上げたのは彼女だった。
そしてしばらくすると……。
Hirosawa tomonori
Battle 1259
Warrior 490
Sorcerer 570
Healer 199
BWSH値が唐突に上がりだす。
これはゲームなんかでいうレベルアップというやつだろうか。
「ちょっと! 何でそんなステータスが上がってるのよ!」
いや、レベルアップというならこの反応はおかしいか、ただ敵を倒してあがったのは間違いない。
彼女のステータスがそもそもあれなのだ、下級の俺が飛躍的にステータスが上がるのはレベルアップ以外の方法でBWSHが上がった可能性が高い。
となると、敵を倒した事によって俺そのものの命の価値が高まったと捉えるのが妥当な処だろうか。
「ありがとうございます! 本当に……うぅ……」
涙を流しながら母親が頭を下げる。
何度も頭を下げられたので、「大丈夫ですよ」といい、余程怖かったのか足はがくがくと震えており、地に立つことすら困難な状態と言えるだろう。
娘の方も言葉にはしないが「ぐすぅ……ぐすぅ……」と、涙を手の甲で拭きながらこちらを窺っている。
「心配はないよ! もう敵はいなくなったからね!」
高い声を即席で作り上げ、何とか警戒を解いてもらうよう少女に話しかけてみる。
すると、少女は胸を撫で下ろすかのように警戒を解いてくれたようだ。
いくら現役ニートだったとは言えバイト経験は勿論ある。
社会に出た上では常識なのだろうが、少女にさえこの声が通用するとなると案外高い声を作り出すという事は便利なのかもな。
家族揃って二人は立つ事すら困難な状況に陥っている。
一応言っておくが俺はロリコンではない。
戦闘での疲労困憊と、ステータス上の都合もあり俺は娘の方を背負う事にする。
それに対して彼女は黙って母親の方を背負い、近傍の村にまで運ぶ事に。
その時俺が少女を背負っている事は誰一人として違和感を持たなかった、日本じゃ事案なのに。
もう一度言っておくが、断じてロリコンなどではない。それだけは信じてもらいたい。
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