第一話「劣等種族」


気がつくと草原の上に座っていた、ここは天国か? それとも地獄……。


全うな人生は歩んでこなかったため、自分が天国にいるという思いはあっという間に消え去り、ここは地獄である可能性の方が高い。俺はトラックに轢かれた、それは間違いない。


だからここが死後の世界だというのも間違い無い。そして身体はちゃんと残ってるようだ、傷一つついていなかった。体中のあちこちを触ってもちゃんとした実体はある。


轢かれたのは引越し屋の3tトラックだろうか、あの速度で激突しているとなると、身体は木っ端微塵だろう。奇跡的に痛みを感じなかったのは喜ばしい事だった、恐らく一瞬の出来事だったため忘れただけという可能性が高いだろうが。


それにしてもここが死後の世界なんだとすれば、何故誰一人人がいないのだろうか。


孤独の寂しさというものを初めて感じた、辺りを散策してもコンビニなんてどこにも落ちていないだろう。背もたれに使っていた岩から腰を上げ岩陰を出てみると、本当に何も無い。この虚無で孤独な世界こそ正に地獄である。




嘆息をつきながら、岩の方を回ると、先程まで俺が寝ていた方向とは真逆に、日差しに照らされた少女が一人、岩を背もたれにして座りながら眠りについていた。


日差しに照らされた煌びやかに輝く金色の長髪は、そよ風に流され揺らめいている。


その肌は然程真っ白とは言えないが、大抵の日本人のようなペールオレンジ、更に眉毛は少し細く伸びている。目を瞑っている彼女の容姿は普段自分が会って来た人間とはかけ離れた、正にお人形のような外見である。




そして何より格好がアメコミで見るような紅色のヒーローマントに、同色の衣服と同色のフレアスカートを挟んだ黒ベルトに少し大きめのポーチ。そして白く伸びた長靴下はガータベルトと思われるもので止められている。


思わずコスプレかと思ってしまったが、彼女が眠りながら抱き寄せているのは鞘の形状から察するに両刃剣である、刃渡りは一メートル程だ。


俺の国なら間違いなく銃刀法違反、いやその他の国でもこんな剣を持ち歩いていたら処罰されるに違いない。


アームハンドを装着している様子から彼女の持ち物だろう。


普通なら逃げて当然の場面だったが、街も見えなければここが何なのかも分からない。


それに相手は女の子だ、もし敵意を向けられたのだとしても足には自信がある。




「ん……誰!?」




彼女に目を向けた時だった、彼女は目を見開くと、主人時に鞘から両手で大剣を引き抜き身構えた。




「ま……待てっ!」


「はっ、ビックリした、人族どうぞくのようね…」


「っ……」




驚きのあまり声さえまともに出ない。


逃げようかどうか困惑に陥る中、彼女は両手で握っていた大剣を鞘の中に戻す。


そして右手のアームハンドを外すと、その手を差し伸ばし彼女は握手を求めてくる。




「私の名前はメグ・キット、あなたどこから来たの?」




とりあえず俺も右手を差し出し、握手をする。


どこから来た?それは当然日本からである。


だがメグ・キットと名乗る少女の喋る言語は何故か日本語。


最初はここが外国かと思ったが、テレビですらこんな容姿をした女は見た事が無い。


とにかく敵意は無くなったようなので名を名乗ることにした。




「俺の名前はとものりだ、悪いけど名前以外は忘れちまってな」


「忘れた?」




きょとんと首を傾げて聞いてくる、当然忘れたというのは嘘である。


しかし無理もない、咄嗟についた嘘にしてはあまりにも下手すぎる嘘だ。




「生憎だが自分がどこから来たのかも何でここにいるのかも分からなくてな」




しかし続行、頭のおかしい奴だと思われて病院を案内されればそれはそれで結構な事だ。


とにかく町に行きたい、何としてでも彼女に同行するしかなかった。


そのためには敵意を見せない事が何よりも重点だろう。




「そうなの? 見たところ戦士でも魔法使いでも無いようね」




戦士? 魔法使い?


痛い中二病か何かか、と思ったが彼女が持つそのでかい剣を見れば状況も呑み込めない事も無い。




「まあいいわ、えっと記憶が無いのよね? 良かったら私の村まで来ない?」




こうも物分りがいいとは……。この日本人離れした顔つきの女からすれば記憶が消えるのなんて珍しく無い事なのだろうか。




「ああ頼む、俺を君の町まで連れてってくれ」




俺はメグ・キットと名乗る女に案内され彼女の町まで同行する事にする。




彼女の容姿からしてここが日本なのかどうかは少し怪しかったが、喋ってる言語は間違いなく日本語なのである。


ひょっとしてこれは夢なのではないか? と思いつつ、自分の頬を何度もつねったが目を覚ます事は当然無く、おまけには彼女におかしな奴と思わんばかりの表情で見つめられた。


日本という選択肢を除けば、ほぼ死後の世界というのが正しい結論となるだろう。


何せ俺は死んだのだから、トラックに跳ねられて。あれこれ考えても仕方が無いのでとりあえず彼女と話ながら町に向かった。




町につくまではにしばらくかかった。


彼女はこの異世界の事をあれこれと教えてくれた。


彼女の言う単語にちんぷんかんぷんな言葉も混ざってはいたが、全てを受け入れ、質問を再び繰り返す。彼女が語ってくれたのは職業だ。




『戦士でも魔法使いでも無いようね』




この言葉を聞いた時、RPGごっこか何かをしてるのかと思ったが、彼女が語っているうちに俺はその言葉に段々と耳を傾けていく。細かく設定された世界設定、そして個人が持つ特有のステータスであるBWSHという物に目を奪われるのはまもなくのことである。




「オープンステータスと唱えればあなたの個体値を見る事が出来るわ」




と、言う事だったので彼女の言う通り俺は「オープンステータス!」と唱える事にする。




Hirasawa Tomonori




Battle 3


Warrior1


Sorcerer1


Healer1




Unemployed




まず最初に書かれていたのは俺の名前である、そして次に書かれてあるのが俺の能力。略してBWSHと呼ぶらしい。このステータスだが、目前に3D映像として出たため、脳に穴でも空いたのか?と戸惑うしかない。


何せこんなものは俺の世界じゃ映画でしか見たことが無かった。


一体どういった原理でできているのか。


しかし聞いてみた処、彼女はその原理について知らないどころか、何故こうなっているのかは彼女の国の誰もが知らないという。それについて深く触れるのも何なので話を戻すが、俺のステータスは見事にオール1と記載されていた。Battleと書かれているのはこの3つの能力全てが合わさった合計である。


勝手に憶測するもの何なので、これは弱いのかを一応聞いてみると「弱すぎて話にならないわ」という事らしい。




職業が無い[Unemployed]の初期能力が弱いのは誰でも同じだそうだが、オール1は救いようもなく酷いそうだ。何より総合能力を表している[battle]。


これはどれだけ自分が強いかを表しているもので、これが1では最弱のモンスターであるモリュムスライムの一匹を倒すのすら困難なようだ。


ただこれは省略したものであり、本来のステータスはもっと複雑なもので、細部ディテールまでは説明されなかった。


職業はwarrior[戦士」、sorcerer[魔法使い]、Healer[治療師


]、と基本的に一つの役柄しか選ぶ事はできないようで、選ばれなかった職業のポイントはbattleポイントが増えたとしても、少ししか振られないそうだ。






ついでに彼女のステータスはこんな感じである。


Battle 46


Warrior 36


Sorcerer 1


Healer 9




Profession:warrior




との事だ。彼女の職業はwarriorで、基本的にはwarriorに多くポイントが振られ、他のポイントは戦いに応じて必要だと読み取った場合に少量のポイントが分散されるそうである。


戦士という事もあってsorcererに振られる事はないそうだ。


そしてBattleが100を超えていれば序列の次に上である多種族の生まれたてのゴブリンとまともに戦えるレベルになるという。


序列は文明を築きあげたもののみで比べられており、野生にいるモンスターなどは含まない。その中でも人間はヒエラルキーで最下層という事らしい。


しっかりしろ、と言いたい処だが俺もこの様だ。自分の事を棚に上げるなという言葉はまさにこういう事だろう。


中でも奴隷とされている国なども多く、人間は彼女の住むモリュム王国だけでは無い。


しかしながら奴隷で殺されている人数は本当に極僅かであり、元いた世界と違う処は個々の命の価値が非常に高く、いくら奴隷とは言え無許可で殺す事はどの種族でも許されないそうだ。自殺率も記録されている限りでは0%、これは個々が命を重んじている自覚があるという事だろう。


奴隷にする事は許されても命を奪う事は許されない。当然ながら莫大なお金を払っても命を奪う事は許されないのである。うっかり殺してしまう者もたまにいるらしいが、殺した本人も十字架を背負うような拭い去る事の出来ない罪を意識しながら生きるのだという。


何故彼女の町が未だに平和なのか尋ねてみた処、開示されている地図でも南東端から北へ3kmと、絶妙な位置にあるために攻めてくる他種族はあまりいないそうだ。




話を戻すが、それ以外の職業では創造主クリエイターというものがあるらしい。自分でオリジナルの職業を作れるという話で、工夫次第では本来振られないはずであるBWSHのWSH全てのポイントを均等に振る事だってできる。


ただし、この職業は本来自分が備えている才能の初期Battle値がどれだけあるかという事で、1である俺にはあまりお勧めできないようだ。


15~13が鬼才、12~10が奇才、9~7が天才、6~4が凡夫、3~1が下級と基準があるようだ。


その中でも下級は本当に極稀だそうで、あまりにも恵まれてなかったのかメグは同情さえしていた。ついでにメグは5であり凡夫、この初期battle値は成長への影響もでるため、これが高いかどうかで騎士として王直々に育てられるかどうかが決まるそうだ。




創造主とは人族のみが使える職業であり、それが出来たのも八年前、唐突に職業一覧として現れたようだ。これもまた原因不明である、何故原因を探ろうとしないのか。


しかし、確証はないが一つだけ説があり、神様が人間の不利を克服するためにできた神聖な職業と呼ばれている。


取って付けたように安易な考えだったが、この世界には神がいると考えられてる。


俺のような異界人は、不利な状況を神ではなく俺自身の手によって克服する機会は与えられるが、神が直接的に与えるような事なんてもの一度も無かった。


俺らの神がきまぐれなのか、それを考えれば神の恵みという捉え方は良い線をいってるのかもしれないと思った。




さて、またまた話は逸れたが、創造主もまた先程説明した初期能力が関わってくるらしい。


初期能力は才能であり、この創造主を扱うのも才能が問われるのだ。


不利な状況を克服とは何だったのか、結局駄目な奴は一生駄目という神からの鬼畜の所業なのではないかと非難したいものである。


では初期能力によってどういった差異が生まれるのか。




「そうね、聞いた話だけど鬼才〔初期能力13~15〕は敵の攻撃が4倍遅く見えるとか、空を飛んで戦えるようになるとか」


「なるほど、確かに空さえ飛べば飛行不可能な他種族なら倒せるかもしれないな」


「ええ、下級は……そうね…ごめんなさい、雑魚過ぎて聞いた事がないわね」


「お、おう……」




しょ、正直でよろしい……流石に傷つきはしたが素直な性格の持ち主だと捉えて置こう、そうしなければ俺の身が持たない。


彼女の話によれば、表では下級と呼ばれているが下等と差別する者もいるみたいだ。


差別が差別を生むという事は俺の世界でもよくある事だから、彼女が無意識にそうなってしまうもの何となくだが分かる。自分の初期能力はあまり言わないようにしよう。




「残酷な話を言うと下級が使う能力は全部駄目だわ、下級だから創造主を利用して鬼才に対抗できる職業を考える人もいるけどそれは自分の力を遥かに超えてるのは選べないわ、まあ工夫次第で使えない事も無い事はないと思うんだけど」


「うーん、じゃあこういうのはどうだ、戦う時に賭けた物が自分のbattle値に対価として反映されるってのは、もし初期能力が自分の才能と見合ってないなら、才能そのものの価値を物の価値に変換すればいいんじゃないか?」


「ええ、確かにその工夫の仕方なら下級でも物の価値によって才能がある人と同じ能力を使えるわね、でも大丈夫かしら? 見たところトモノリって貧乏人っていうか」


「そ、そこらへんは大丈夫だ……いずれお前みたいに剣とか金とか手に入れればいいだろ」


「ならいいけど、言っとくけど変更はできないわよ? 職業を決めるのも一回限りなんだから」


「ああ、そんでどこにいけば能力が手に入るんだ?」




彼女は腰に付けていた少し大きめのポーチから正方形のメモ用紙を一枚取り出した。




「その紙を額にくっつけてあなたが使いたい職業を強く念ずるの、その次に発動条件も細かく頭の中で細かく文字に書き起こすようにしてね」




彼女から紙を渡される。親指と人差し指で挟むその紙は離してしまえば風で吹き飛んでしまうような、それくらい薄っぺらい紙だ。


それを額につけ、強く念ずる。発動条件、それは賭けた物の価値をBWSHステータスに同等の値だけ戦闘時状態のみに振り分けられる事、そう念じた。


目を瞑っていたが、彼女が「終わったらその紙を見て頂戴」と言う言葉を発すると、額からその紙を離す。すると、先程まで空白だった用紙には文字が書き起こされていた。


日本語で念じたから、紙に書かれている文字は日本語だったが、ステータス自体は英語で書かれている。本当にこれで良かったのか、しかし英語を読めない以上彼女にそれを言うのは少し恥ずかしい。




「文字に間違いはないかしら?」


「え? あ、ああ……」


「じゃあその紙を空に向かって掲げて頂戴」




疑問は吹き飛ばし、彼女の言うとおり空に向かってその紙を翳す。


するとその紙は何かの力に引き寄せられていった、手元からは引っ張られるような感覚が伝わってくる。


その力は除除に高まっていき、破れるかと思った処で挟んでいた指を開いてしまった。


紙は空に向かって一直線に飛んでいき、上空まで吹き飛んだ辺りから見えない位置まで浮遊していた。

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