第2話 もう一人の使者

「あっ! 目が覚めたみたいだね!」




 意識が戻った、夢じゃなければ俺は化け物に槍で滅多刺しにされた筈だが……。


それにしてもとてもこの頭の下にある柔らかいものは一体なんなのだろうか。


それに人肌のような温かさも。


もしかしたら今度こそ本当の本当に天使のお迎えが来たんじゃないかと思えるが。




「あんっ! ちょ、ちょっと! そこ触らないでくれるかなっ!?」




それにしてもヤケにボーイッシュ属性が高い女の声だ。


それに手のひらにあるこの柔らかいものも気になるが……ん? 女に柔らかいものって……。




「もおおおおおおおおお! 僕のおっぱい触るなー!!!」


「だああああああああああああ!? すみません! ごめんなさいごめんなさい、えっ? ここどこ? 君誰?」




 正にパニックである。


何故天国にまで来てビンタされなきゃならないのか、まるで分からない。


それにこの目前にいる女の子は碧眼であり、純白のその肌と髪は思わずしばらく固まってしまうくらいに魅了させられた。




「何見てるの? 僕の胸触っといて無言で貫けば許されると思ってる訳?」


「無言ってさっき謝っただろ、それにお前の胸も大きすぎるのいけない……」




 女の胸は今まで生きてきた中で一番といっていい程豊満である。


こうして距離が近いのもじれったいくらいに胸が体のどこかに触れそうなくらいに迫っていた。


決して俺とこの女の距離が近いという訳じゃなかったが、これは実にけしから……。




「もおおお!!! 女の子の胸を触ったら声が枯れるまで謝るのが普通でしょ!!! ばかばかばかっ!」


「どんな普通だよ!? 喉潰す気かお前は!」


「ったく、君は少し謙虚さってものが足りないんだよ、それに僕がいなきゃ君はとっくに死んでたんだよ?」


「はあ? 死んでた?」




 そういえばずっと不思議なのだが、悪魔に三叉槍を刺されたのだった。


しかし今確認しても痛みなんてものはちっともなく目前にあるのは無垢な笑顔で微笑みかけている彼女だけである。


一体あの時の刺された痕はどこにいったのか、そもそも刺された痛みすら無かったのだから神経が麻痺でもしているのか。




「僕が直したんだ、君の傷はね」


「直した? お前がか?」


「命の恩人に対してお前って失礼だよ! 僕にはちゃんとマスティマっていう名前があるんだから」


「名前で呼ばれたいのか?」


「そうだよー! ぶー!」




 少女はいじけたようにそう言い、唇を丸めていた。


俺を助けたというにはなんとも子供らしい姿だ。


彼女がそういった治癒技術があるとはとてもじゃないが信じられない。


それにしても一番の驚きが包帯なんかがどこにも巻かれていない事だ。


それ処か傷口だと思っていた部分は無傷であり、どこにも痛みなんてものは無い。


彼女に生えている背中の天使の翼から思えばこれはひょっとして本当に天使なんじゃ。




「なあ、ひょっとしてお前があの悪魔共を倒したのか? お前一人で倒したのか?」




そう尋ねると、彼女は少し間を置いた後に笑いながら答える。




「ははは! 違うよ、僕じゃなくて誠君が全部やったんだ」


「へえ、そうなのか」




別に対して面白い風に言ったつもりは無かったが彼女は笑っていた。


それより気がかりなのは彼女の名前と比べても明らかに日本名である『まこと?』という人物である。




「ああ、そだよ、君の先輩なんだ誠くんは」


「お前!? 俺の心が読めるのか?」


「いや、そうじゃないけど君が少し戸惑ったような顔をしていたからひょっとしてそんな事考えてるんじゃないかと思ってね」


「先輩って事は俺と同じ日本人で死んだ人間って事なのか」


「そだね、誠君は確か人間で言えば70年くらい前にここにやって来たかな」


「80年!? 80年って世界戦争が起きてた時じゃないか!?」




 驚きに打たれているときだ、俺ではなくマスティマの背後に唐突に現れた男はマスティマの頬と頬を片手で挟み彼女は「ふにゅっ!」と驚いた様子でその男を見ていた。




「その辺にしろ、それよりまた悪魔が現れやがった、南門だ、怪我人も多数いるからお前も今すぐ向かえ」


「ひゃっ、ひゃい」




 彼女を手懐けた男は一体何者なのかと思ったが、彼のその顔を見てると自分と同じような見た目をしていた。


だがたくましさは明らかに自分と違っている。


これが誠という人物なのだろうか、俺より何十年も前に生まれ戦争経験をしてきた男の姿なのか。




「そういえば少し聞いたがお前が新人だったけか?」




 口を始めに開いたのは彼の方だった。


俺はここがどこか知りたいあまり半分口を開きかけだったが、言葉を変え彼の質問に返答する。




「ああそうみたいだな、時和ときわだ、柳瀬時和が俺の名前だ」


「ほう、そうか……いや失礼だったな、死後の世界じゃ言葉っていうもんは国が違えど共通言語になっちまうらしい、まあ顔つきからしてアジア人とは思ったがまさか同じ日本人がここにやってくるとはな」


「なあここは一体なんなんだ、天使がいるから勝手に天国だと思っていたが」


「天国か、まあ惜しいけどちょっと違うな」


「ちょっと?」


「天国ってのは死後に閻魔大王から生きている間に善良な行いをしたもののみが行けると決められた場所だ、ここはその国を守る天界って処か」


「って事は俺は天国に行けなかったってことなのか?」


「まあ厳密にいうとそうじゃない、お前は今からでも天国に行けない事はないが俺ら天使側としては是非ここに残ってほしいと思ってる」


「どういうことだ?」




「閻魔大王は善良な者を天国、悪に徹した者を地獄にへと送り込んだ、しかしこれは大きな間違いだったらしい。その中にはとんでもない悪が混じっているんだ、地獄をぶっ壊して天国に乗り込んでくるような極悪人がな、困り果てた閻魔だったが極悪人を天国に送り込む事も出来る筈がない、かと言って始め天使はまともに戦えるような天使もいなかったんだ、そこで神は考えた、悪魔に立ち向かえるような才能のある人間に閻魔の能力を与え悪魔と戦わせる事を、そこで俺とマスティマとお前のように才能ある奴がここに送り込まれたって訳だ」


「ま、待ってくれ……全然話が見えてこないぞ」




奴は閻魔の能力を与えと言ったがつまり俺にその能力が宿っているという事なのだろうか。




「深く考える必要はない、それも10年に一人単位で現れるが今回は珍しい事に二人も天界ここにやって来たようだな」


「二人?」


「ああ、お前のように何も知らない少女が一人南門で先に待っている筈だが、ってそうこうしてる内に着いちまったようだな」




 その南門とやらに着いた俺とマスティマと誠だったが、それは決して天使と思えぬような姿で天使達は血を口に流しながら倒れていた。


生きていたのは悪魔が数体と少女一人、ひょっとして彼女が俺と同時期に天界ここに来たと言われる閻魔に選ばれた者なのだろうか。


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