応援コメント

ジェンダー平等の最果て」への応援コメント


  • 編集済

    とても楽しく読ませていただきました。現実に起きている問題が、テンポ良く破滅へと向かう様はドクター・ストレンジラヴ的なギャグにも似ていて思わず笑ってしまいました。我々の在り方を経済的優位性や平等性で測り続けることの意味とは何なのだろうと、少し想いにふけています。彼ら彼女らは自己の幸福を目指して平等を叫んでいるのでしょうか。そもそも平等や経済力が我々を幸福にするのでしょうか。

    仮に平等性と経済力が幸福への手段なのだとして、その二つを用いて私たちは自己を何処へと導きたいのでしょうか。

    私は、自分が何者であったとしても、社会的平等性を認められ、かつ経済的に不足しないようにしろという欲求に、何か秘密があるように思います。

    資本主義と社会主義の両立ができないように、自由と責任の完全な両立が不可能なように、自己認識と社会的優位性の両立というのは、水と油なのかもしれませんね。

    作者からの返信

    お読みいただき、ありがとうございます。

    ドクター・ストレンジラヴ……すごい名作になぞらえていただき恐縮です。ざっくりとした内容は知っているんですが、実はきちんと見たことがないので、今度ぜひ見てみたいと思います。

    書いていただいたコメントの最後の文は、個人と社会の間に横たわる矛盾を実に端的に表現されていますね。
    自分の自己認識と社会的評価を比較すると、やっぱり自己認識の方が高い人が「自分が損をしてる!」と大声を上げはじめてしまうのかもしれません。

  • 完全平等社会!いいですね。実は私も考えたことがあります。必ずしもディストピアなんだろうか?とも思うのですよね。

    作者からの返信

    完全平等は理想なんですが、身体感覚の性差とか個人差を考えると、なかなか難しい問題だなぁ、と思っています。その部分に完全な平等を持ち込もうとすると「計測する」という手順が生じるので……その段階で「エロス」というものが吹き飛んでしまう。「エロ」って難しくて儚いなぁ、とつくづく思います。