第8話
昨日寝貯を決行したテイは予想通り魔力を使用した反動は起こらず、朝早く目覚める事ができた。
早々に日課を済ませた後、今日の配達の準備をし、町に向かって荷車を引き始める。
町の入り口で門番に「今日はスクロールを持ってないんだな」なんて声をかけられる以外なにもなく昼前に町に入ることができた。
とりあえず、酒場に向かって大通りを歩くテイにはいつもと違う光景が見えた。
中央の公園はいつもなら綺麗に整備された緑の芝が広がっているだけなのに、今日はその公園には大きな台が設置してあり、更に上には祭壇の様な物が置いてあった。
テイと同じように町の外から来たものは皆、これはなんだろう? なにに使うんだろう? と興味本位で見つめ、野次馬が集まり道が混んでいた。
少し込み合う道を抜け、路地を曲がると目的地の酒場に着いた。
「酒場のおっちゃんきたよー!」
そう店の裏から声をかけるとすぐ声が返ってきた。
「あー、テイか。今仕込みをしてて手が離せない。」
「気にしなくていいよ。アレックスさんの家に配達行ってくるから荷物だけ預かって。」
「わかった。おまえが帰ってくるまでには出れるように終わらせとく。」
そんなやり取りをすると、テイは言っていたアレックスの家に向かって木箱を1つ抱え歩き始めた。
アレックスは最近酒場のバルトから紹介された人物で町では肉屋を経営している。
その肉屋は、老舗でアレックスで6代目になるらしい。
現在アレックスはその店を一人で切り盛りをしているため忙しく、買い物にもいけない状態なのでテイに配達を頼む様になった。
といいうのが建前だ。
実際は、肉屋のアレックスと八百屋のトーマスなる人物が一人の女性を奪い合い、その結果アレックスはトーマスに敗れ、傷心で八百屋に近づきたくないというのが本当の理由だ。
そのためアレックスとの契約はあくまで傷心が癒えるまでという少し変わった限定的なものだが、テイは気にせず契約していた。
「アレックスさん野菜持ってきたよ!」
肉屋について店内に入ったテイは元気よく呼びかける。
「テイ君か....。 元気そうだね....。 はぁ.....、野菜か.....。 なんで人は野菜を食べないと生きれないんだろうね....。 まぁ、肉が高いからか。そうか俺の家が悪いんだ。俺が全部悪いんだ......。」
テイに呼ばれ、店のカウンターから少しやつれた真面目そうな男の店員が顔だした。
元気のない声で反応し、野菜を見るなり更に元気をなくしていくが、その直後アレックスはとある一点を見つめ硬直した。
「アレックス久しぶり。どうしたの? 顔色が悪そうだし病気?」
少しおっとりした赤髪の女性が店内に入ってきてアレックスに話かけたのである。
「いやぁ、れ....レベッカ。久しぶりだ....ね。 僕は元気だよ? 今日はどうしたんだい?」
しどろもどろになりながらも、なんとか受け答えをするアレックスだったが、すぐに視線はレベッカの腹部に向かった。
その視線にレベッカは気づき、はにかみながら答えた。
「やっぱりわかる? みんな私のお腹を見てくるの。 別に太ったわけじゃないのよ? 実は妊娠したの。 今日もね、トーマスが力をつけるために肉も食べたほうがいいから好きなのを買ってこいなんていって私を店から追い出したのよ。だから、アレックスの店で一番高い肉を買ってトーマスを困らせようと思ってきたの。」
とても幸せそうなレベッカを見て、一瞬魂が抜けそうになったアレックスはすぐさま満開の笑顔に変えた。
「それはめでたい! じゃあ、そうだな、これなんてどうだい? うち一番の肉さ! おすすめだ! 今日はお代はいいよ! 俺からの祝いの品だってトーマスにも言っといてくれ!」
「そんなの悪いわ」なんて言ってたレベッカに半ば無理やり肉を渡し、カウンターからでてレベッカが見えなくなるまで笑顔でアレックスは手を振っていた。
彼女が見えなくなると道端にアレックスは倒れる様に座り込む。
「テイ、僕はうまく道化を演じられたかな? おやじのいる田舎にいって数日、畜産の手伝いをしてこようと思うんだ。町になんていられないよ。でも、君との契約は当分続けるから安心してくれていいよ。これは今回の代金ね、それじゃあね。」
アレックスはふらふらと立ち上がり、代金をテイに渡しながらそういうと、ふらついた足取りで店を閉めた。
その場に残されたテイはなんともいえない顔で、ただその現場を見つめることしかできなかった。
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「お、テイどうした? アレックスんちでなんかあったか?」
アレックス家から酒場に戻ると心配そうにバルトが尋ねてくるが、バルトにアレックスの事情を全部語る気が起きないテイは話をそらした。
「アレックスさんは数日田舎に帰るんだって。それよりさ伝言で言ってた配達ってどこに持っていくの?」
「ああ、それはな、トーマスっていう奴がしてる八百屋だ。」
それを聞いたテイは心が少しだけもやっとした。
「そ...そうなんだ。」
「契約してる農家が水不足で商品が手薄になってて相談されたんだ。緊張してるのか? 安心しろ、顔繋ぎで俺もついていく。」
バルトは勘違いし、自分の胸を叩き俺にまかせろというポーズをした。
テイは少し困った顔しながら、アレックスの事はかわいそうだと思うが、せっかくの新しい客なんだから大事にしないとと気持ちを切り替える事にした。
「ここだな! ここがトーマスの八百屋だ!」
バルトが案内してくれたトーマスの八百屋は、アレックスの肉屋とは町の中央を挟んで反対側のような位置で今日みたいにレベッカがわざわざ寄ろうとしないとばったり出会わない場所でアレックスの事を思うとテイは少しほっとした。
「いらっしゃいませ。 あれ? バルトさんとアレックスの店であった子かな?」
「どうも。」
アレックスの肉屋で会ったレベッカは椅子に座りながら接客をしていた。
そして、バルトもレベッカの腹部をみて、なんとなくアレックスが町から消えた理由を察した。
「トーマス、おまえもう子ができたのか? もっと頑張って稼がないとな。」
店の奥からでてきた、無精ひげを生やした男にバルトは声をかけた。
「あれ? バルトさん俺言ってませんでしたっけ? そうなんすよ。それで稼ぎを減らすわけにはいかないんすよ。」
トーマスはちょっと軽そうな感じがする。
真面目ぽいアレックスとは正反対の性格をしてそうだ。
「トーマスこいつがテイだ。いい野菜を作る農民だ。で、テイこいつがトーマスでここの八百屋の主人だな。」
「どうも、テイです。よろしくお願いします。」
「よろしくー。」
バルトは双方を紹介した。
二人は軽い挨拶をかわすとさっそく商談に入った。
「えっと、今日はとりあえず試食品として持ってきたのを食べて味を確認してくれませんか?」
「いや、別に品があればうち気にしないんすけど?」
テイが思っていなかった返答がトーマスから返ってきた。
「えっと、じゃあこの木箱4つ分でいいですか?」
「OKっす、とりあえずそこに置いといててくれます? あとで確認すんで。」
(今確認しないの!)
テイはトーマスのあまりにも適当な返しに驚いた。
「レベッカー、このテイに野菜の代金渡しといてー。俺倉庫片付けてくるからー。」
そういうとトーマスはそそくさといなくなった。
「酒場のおっちゃん、これで商談終わり?」
「そうみたいだな。少し心配になるが.....。」
二人とも困惑しながら、レベッカがいる方に行き今のやり取りを話した。
「それなら、私が見ますよ。見せてくれる?」
「はい、これです! どうですか?」
レベッカはトーマスと違い野菜の傷や新鮮さなどをしっかり確認した。
「うん、いい野菜ですね。問題ありませんよ。これが今回の代金ですね。」
「ありがとうございます。俺が言う事じゃないんですが、トーマスさんあれで大丈夫なんですか?」
商品を木箱から出し、トーマスが指定した場所に野菜を置いたテイは、商売人としてあれで大丈夫なのかなとトーマスの事をレベッカに一言言った。
「そうですね。心配ですよね? だから私がいるんですよ。」
「そうかい、幸せにな。テイ行くぞ!」
「あ、はい! 今回はありがとうございました。」
レベッカの発言でバルトは付き合ってられないと、この場を離れた。
テイは少し抜けてて、悪っぽい人に女性は惹かれるのかな?なんて思いつつ、丁寧にお辞儀をし、荷車を引きながらバルトの後を追いかけた。
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