ホッパーホッパー 16

 「じゃ、またね」 

 「また会おう」

 「はい。次は、クロウルっすね」

 宿営地を囲む壁の外。

 レイベルトに見送られて、イチとレオは別れの言葉を口にする。が、イチは何とも言えない微妙な顔をしている。

 「どうかしたっすか?」

 「いやー、なんて言いますかね。貴族の人達に声を掛けなくても良いのかなぁって」

 レイベルトが居るのだから、当然荷運び隊と一緒に行動していたノイン達もこの宿営地に戻って来ている。

 レオが居なくなってしまうのに、レオに会いたくて此処まで来た少女達に黙っていても良いのかとイチは思った。

 「面倒だ」

 「声を掛けても、掛けなくても、面倒な事になるっす」

 「そっかぁ。でもさ、あの人等ぁって、レオ君目当てやん?私達が黙って帰ったら、レイベルト君がなんか言われたりしません?」

 「大丈夫っす。帰るの止めてくれとか、帰る前に報告してくれとか、言われてないっすから」

 言われて無い事はやらないっすぅ~。言われてもただ働きはしないっすぅ~。と、レイベルトはけたけたと笑う。

 そんな図太い事を言うレイベルトに、これは大丈夫だとイチは安心した。

 「そうですか?じゃあ、あの人達に私達が帰ったって、伝えてもらえませんか?」

 「お安いご用っす。任せてくださいっす」

 「報酬は、何が良い?」

 「え?」

 「あ、それえいね!」

 ただ働きはしないと言ったレイベルトだったが、イチとレオから何かを得るつもりは無かったので、報酬を出そうとする2人を止めようとする。

 「ちょ、待って欲しいっす。2人から金は取れねぇっす!」

 「じゃ、これをあげます」

 レイベルトの手に乗せられたのは、白い巾着袋。

 中身は、菓子の詰め合わせ。

 「要らない?」

 「要るっす!嬉しいっす!」

 レイベルトは、大喜びで袋を仕舞い込む。そんな嬉しそうな様子にほっと胸を撫で下ろす。

 レオが嫌がるからという理由で、レイベルトに色々な面倒を押し付けて逃げるように帰るので、イチは結構気にしていた。  

 「任せてください」

 レイベルトは胸を張り、にっこり笑って2人を見送った。

 

 「あーあ、帰っちゃったなぁ」

 最後に、楽しみにしててね? と意味深な言葉と笑顔を残したイチの、何とも気になる笑いを思い返す。

 ―あの人は、いったい何を作るつもりなんだ?それに、

 「レオさんは、つくづく狩り狂いなんだなぁ」

 イチを背負い、嬉々として魔の森に駆け戻るレオの小さくなっていく背中を見つめ、頼まれた用事を熟そうとノイン達の天幕を目指す。

 調査隊のメンバーの大半は虫駆除の為に迷宮へ向かっており、ノイン達を守る手が不足しているので、当初塀の外にあった天幕は簡易ギルドの横に設置し直されている。

 ―2人が帰った事をを伝えたら、俺もクロウルに帰ろかな

 レオの話しでは、此処の迷宮は16階層目までしかないようなので、拠点への荷運びの依頼ももう直ぐに無くなってしまうだろう。

 比較的安全で、かつ金を稼げる仕事なので、無くなってしまうのは残念だが、攻略が終われば拠点は撤去されるだろう。

 ―よし、帰ろう

 イチとレオが寝床を引き上げた時に、レイベルトも荷物を引き上げたので、いつでも此処を離れる事が出来る。

 「すいません、ちょっと良いっすか?」

 迷宮の中で行動を共にして、顔見知りになった護衛達に声をかけると、彼は親しげに手を上げ、聞く体勢をとった。

 「ああ」

 「イチさんとレオさんが帰っちゃったんで、お知らせに来たっす」

 「「何だと!?」」

 「「「何ですって!?」」」

 「ふぁっ」

 揃って発せられた大声と、同時に跳ね上げられた天幕の入口。

 「そんな、帰られたなんて!」

 「私達、少しもお話ししていませんのよ!」

 「ちょ、落ち着いて欲しいっす」

 飛び出して来たアンネマリーとクリスティナに掴みかかられ、振り払う訳にもいかず落ち着いて欲しいとただ促す。

 「「いったい、いつ帰られたのです!」」

 「ぐえっ」

 とは言え、興奮した少女がそう簡単に落ち着く訳も無く、首を締め上げられて呻く。

 「おやめなさい」

 「「きゃんっ」」

 首の大事な血管を絞められそろそろ不味いと思い始めたタイミングで、シルヴィアの拳骨がレイベルトを救った。

 「首を絞めては、何も答えられません」

 「「す、すいません」」

 「謝る相手が違います」

 「「はぁい。すみませんでした」」

 「お、お気になさいませんよう、お願いします」

 揃ってぺこりと頭を下げられ、思わぬ事に言葉が妙な事になってしまった。

 貴族の令嬢が平民の冒険者に対して頭を下げるなんて思っても居なかったので、思考が停止してしまう。

 「私の婚約者を、見つめ続けないで欲しいな?」

 「!」

 耳元でそっと囁かれ、びくりと肩を揺らして再起動。

 「す、すみません」

 相手のいる女性を許可無く見つめたのだから、これはレイベルトが悪い。

 脊髄反射で謝罪をし、シルヴィアから距離をとる。

 「レオ様とイチさんが帰ってしまったとは本当ですか?」

 シルヴィアは腕をアルマの腕に絡ませながら、確認するように問い掛ける。

 先程とはまったく違う、嘘だろう?と言いたそうなアルマの目がとても印象的だが、嘘は言えない。

 「ええ、まあ。帰りました」

 『ああ・・・・・』

 がっくりと肩を落とす少女2人と青年1人。

 「随分と、気難しい方なのですねぇ」

 顔を合わせた僅かな時間、常に嫌そうに、面倒くさそうにしていた年嵩の黒獅子を思い返す。

 困った様子で、居心地悪そうにしていた彼の連れも貴族が苦手そうだったが、彼女の方が幾分愛想があった。

 ―いえ、彼女も対応を間違えてしまうと危険ですね

 アンネマリーとクリスティナがハーレム発言をした時は酷かった。

 躙り寄ってくる、重苦しく攻撃的な負の気配。あれは中々に衝撃的で、出来ればもう2度と経験したくない。

 ―レオ様との間に入ろうとさえしなければ大丈夫なのでしょうが、次をどう手配するかが問題ですよねぇ

 次の約束は取り付けられていない。シルヴィア達は、あの2人と気軽い世間話が出来る程に親しくない。

 ―困りました 

 「レイベルト、君は何故教えに来てくれたんだい?」

 次の機会をどう作ろうかと考えるシルヴィアの横で、ノインが疑問をぶつける。

 ノインの中では黒獅子よりもレイベルトの方が比重が高かったので、イチとレオが帰ったと言われてもそれほど影響は無かった。

 「あー、レオさんは兎も角、イチさんが黙って帰る事を気にしていて、頼まれたので。流石に、俺まで黙って帰る訳には行きませんから」

 「えっ、」

 「迷宮も、そろそろ攻略が終わりそうなので、俺もクロウルに戻ろうと思いまして」

 「そ、そんな」

 レイベルトにもう帰ると言われて、ノインは動揺した。

 お金を稼ぎに帰ります。と、爽やかな笑顔を残してレイベルトはさっさと去って行った。

 「か、帰っちゃった・・・・・・」

 がっくりと、肩を落とす。

 正直な話し、今すぐ追い掛けたかった。だが、ノインは調査隊を率いる者であるので、調査隊が戻り報告書の作成が終わるまではクロウルには戻れない。 

 「なんという事だ」

 「あらあら」

 落ち込んでいない者はシルヴィア1人。とは言え彼女もアンネマリーとクリスティナを学園へ送り届ける必要があったので、男2人の尻を叩いて発破をかけ、数日後にはいそいそと馬車に乗り込んで行くのだった。

 「「あー」」

 残された男共が使い物になったかどうかは神のみぞ知る。




 今回の出来事で、私達は学んだ。

 迷宮内での決まり事、冒険者達の仕事、貴族の面倒さ。そして何より、新しい迷宮は楽しくないという事。

 ここにいた冒険者達は、皆嬉々として迷宮に入っていたが、何がそんなに彼等を引きつけたのか、私にはさっぱり分からない。

 なあ、イチ。

 雨季が始まって終わるまで、聖域で引き籠もらないか?

 え?

 レイベルトに報酬を渡さないといけないからダメ?

 そうか、残念だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る