ホッパーホッパー 15
「くさっ」
「えっ」
レオが居ないので、ニンニクマシマシモヤシ炒めを作り遅めの昼食として楽しんでいたイチは、居ないはずの人の声にぎょっとして振り返る。
「何でおるが!?」
レオが居ないから、遠慮なくたっぷりとニンニクを使ってモヤシ炒めを作ったというのに。
普段は匂いに敏感なレオに気を遣い、控え目にしかニンニクを使っていなかったのに、こんな匂いをさせていては普段の気遣いは何だったのかという気持ちになる。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってや」
匂いが外に出ないように結界を張ってはいたが、中の匂い対策はしていない。
「消臭!」
慌ててモヤシ炒めを皿ごとイベントリへ仕舞い込み、空気中と自分の体に付いた匂いを消す。
「どう? まだ臭い?」
「臭くはないが、そこまで気にする必要はないぞ?」
「え? そう?」
「ああ。少しは慣れたからな、耐えられる」
「それ、結局臭いって事やん」
ちょくちょくイチが料理にニンニクを使うので、出会う前よりレオは匂いに慣れている。だが、慣れたのだが臭いのか臭くないかで言えば、大量のニンニクは臭い。
イチとしては、ニンニクはマシマシで食べたいが、臭いのなら嫌な思いはさせたくない。
片付けたモヤシ炒めは、レオが居ない時に改めて食べれば良い。
「レオ君、お昼は食べた?」
「いや、まだだ」
「そっかぁ。じゃ、一緒に食べよう」
「ああ」
「じゃ、ちょっと待ってや」
ほうれん草を、ちょっと多めのベーコンと缶詰のトウモロコシと一緒に炒める。
出来上がるまでに、レオが迷宮で何をして、何でこんなに早く戻ったのかを知る。
肉狩りをするために迷宮に入ったのに、コアに頼まれて妙な虫を駆除して、さあ狩りだと思えばやめてくれと言われて仕方なく帰って来たとか、面白すぎる。
「あー、狩らんといてって言われたら、そりゃぁ狩れんねぇ」
「ああ。残念だ」
草の上に寝っ転がり、手慰みにマーを揉みまくるレオの姿についつい笑ってしまう。
「ここの迷宮は、いつまであるが?」
「さあ?それは、コア次第だ」
「そっかぁ」
大皿に、ほうれん草の炒め物を乗せる。
作り置きの卵焼きとレトルトの肉団子の皿を出して、味噌汁はレオが入れてくれた。
「ありがと」
「うむ」
ご飯の替わりに氷で締めた素麺を出して、準備完了。
「「いただきます」」
そしてレオが早々に迷宮から引き上げた日の2日後、レイベルトがやけに疲れた顔をして帰って来た。
「お帰りなさい。何だか疲れてるみたいですけど、大丈夫ですか?」
ちくちくと縫い物をていた手を止め、へろへろと戻ってきたレイベルトを迎える。
「随分と草臥れているな」
レオは相変わらず、草の上に寝転がってマーを好き放題握って伸ばして捏ねくり回している。
「大変だったんっす!聞いて欲しいっす」
「「?」」
始めは、良かった。
先輩達に見守られながら交互に魔物を狩り、肉を得た時は最高だった。が、何故か途中からリーヴェル家の三人娘がローテーションに加わり、なし崩しにアルマ、ノインまで加わる始末。
「気が付いたら、ほぼ最初から最後まで一緒に行動をしてて。結構楽が出来たっすけど、貴族の相手は疲れたっす。俺の仕事は荷運びで、貴族の相手じゃねぇっす。迷宮を実体験するのは良い事っすけど、出来れば俺には絡まないで欲しかったっすぅ」
お貴族様の一行と、護衛達はレイベルト達低級冒険者と共に戻ってきた。
「良く分からないけど、大変だったんですねぇ」
「大変だったっす!」
力強く主調し、イチがざらざらとイベントリから出した彼方の菓子に
「あぁ、甘さに癒されるぅ」
「うんうん、甘いもんってえいよね。沢山あるから、好きなだけ食べてくださいね。因みに、私のお薦めはこのクッキー」
「いただきます!」
「レオ君のお薦めは?」
「フィナンシェ」
「ふいな?」
「これだ」
「バターの香りがたまらんっす!」
菓子にはしゃぐレイベルトを、イチとレオはにこにこと上機嫌に見守る。
イチとレオにとって、レイベルトは唯一と言える友人なので、彼に元気がないと少々構いたくなる。
餌付けをしながら愚痴を聞き、レイベルトが落ち着きを取り戻すのを待つ。
レイベルトはひとしきり菓子を食べ、そう時を掛けずに落ち着きを取り戻した。
「あ、そう言えば」
少し恥ずかしそうにほんのりと頬を赤らめ、話を変える。
「何でも、とんでもない虫を駆除したみたいっすね。ニースさんが珍しくあわあわしてたんっすけど、そんなにアレな虫だったんっすか?」
「良く知っているな」
「この攻略はギルド主催なんで、攻略基地には遠話の玉があるんっす。それに、グラトニーホッパーが溢れる可能性があったんで、先頭も遠話の玉を持って行ってたんっす」
その玉通信でレオがグラトニーホッパーの異常変異体を倒したと小耳に挟み、何故かニースが慌てている現場をレイベルトは目撃していた。
「まあ、毒か呪いか良く分からん物を垂れ流す、奇妙な虫だったな」
「毒!?」
「呪い!?」
「どちらも、私には効かん」
「「おー!」」
「あのな。レイベルトは兎も角、お前が感心するんじゃない」
本人は忘れているようだが、イチも一応限界突破をしているので状態異常や呪いは効かない。
「え?ああ、そう言えばそうやったね。忘れちょったわ」
「イチさん、そんな大事な事忘れないで欲しいっす」
呆れたような、何かを聞きたそうな、何とも言えない顔をして、イチには何も聞かずにレオに顔を向ける。
「その、虫からは何がドロップしたんっすか?」
「小汚い色の魔石が出たな」
「「こきたな?」」
「ああ。あんまり小汚いから、ガイアスに投げ渡してきた」
「へー」
「勿体ないっす!」
「どす黒いドブ色でもか?」
「・・・・・・・」
お金の元を置いて来るなんて! と雰囲気で主張していたレイベルトだったが、レオの言うどす黒いドブ色の魔石を想像して嫌そうに眉を顰めた。
「すんません。流石に嫌っす」
お金に貪欲なレイベルトも、そんな魔石を持ち歩きたくはなかった。
「うっわ。ガイアスさん、そんな物を今持ち歩いてるんっすね」
かなり、本気でガイアスに同情した。
「ああ、そんな嫌な魔石があるから、ニースさんがあわあわしてたんっすねぇ。納得っす」
納得して、心置きなく並んだ菓子を片手に茶を飲む。
「美味いっす。あそういや、」
「「?」」
「リーヴェル家のご令嬢方と、アルマ様がレオさんに会いたがっていたっす」
「もう会っただろう」
レイベルトからの報告に、レオは嫌そうに眉を顰めた。
「ですよね~」
レオのこの反応は予想していたので、レイベルトはただ頷く。
「俺もそう思ったんで、会おうとしてもレオさんは嫌がるって言っておいたっす」
「そうか、良く言った」
レオは途端にご機嫌になり、そっとレオが今一番気に入っている醤油煎餅をレイベルトの前に置く。
「あ、いただくっす」
仲の良さそうな2人の様子にイチもにこにこ目を細め、裁縫を再開する。
「縫い物っすか?」
「そう。レイベルト君は何色が好き?」
「え」
脈絡のない問い掛けに戸惑うが、イチは気にせず何色が好きかと繰り返して問い掛けた。
「紺色とか、深緑が好きっす」
「随分と地味な色だな」
「そうやねぇ。レイベルト君は地味な色が好き、と」
―あー、でも紺は無いけど深緑はあるき、それで染めよう
「あの、その俺の好きな色を何で聞くんっすか?」
「えー? えいもんあげるって言ったやないですか」
「え? あ!」
レイベルトはすっかり忘れていた。
レイベルトが迷宮を案内するお礼に、何がか良い物をあげると、イチは確かに言っていた。
「え、あの、要らないっすよ?」
「まーまー。もう作りかけたがやき、諦めてください」
「え~」
レイベルトは知っている。イチがひょいひょいと魔石で作る魔道具は、表に出るとちょっとした騒ぎになりそうな物ばかり。
―いったい、何を作るつもりなんっすか!
暑さや寒さから体を守ってくれる魔石。
規格外の駆除を閉じ込めた魔石。
着火に浄化など、便利な生活魔法を込めた魔石。
イチの作った数々の魔石を思い浮かべ、いったい何を作っているのかと、レイベルトは戦々恐々としていた。
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