家と他所の迷宮 12

 「なんだかなぁ」

 レイベルトのぼやきが、虚しく流れる。

 己の身の丈に合わない階層ボスに挑む事になり、何が何でも生き残ってやろうと密かに意気込んでいたのだが、あっさりと終わってしまった。

 「はい、レイベルト君。これ、ドロップ品です」

 「え?」

 脱力してぼうっとしていると、イチから何かを押し付けられた。

 「これもだなぁ」

 「え?ちょ、」

 続けてレオからも押し付けられる。

 「私達要らないんで、悪いですけど処分をお願いします」

 「いや、ドロップ品を俺が全部貰っちゃだめでしょ!」

 「要らないです」

 「要らんな」

 「えぇー」

 レイベルトからすればとんでもない事を言うイチとレオに、ゴブリンライダー達のドロップ品を全て押し付けられ、何とも言えない微妙な顔をする。

 「肉以外が貯まってもな」

 「素材は魔の森の物がゴミのように貯まってますからね」

 「ゴミのようって、言い方ぁ」

 レイベルトの泣き言のような突っ込みは全く聞いてはもらえず、ドロップ品は彼に押し付けられた。

 「うぅ、借りが増えた」

 「魔法陣ないね」

 「地面以外の場所にある可能性があるな」

 女の子座りで嘆くレイベルトを横目に、イチとレオは広場にない転移魔法陣を探す。

 「スー、探してきてくれ」

 「クーちゃん、マーちゃん見て来て」

 「どちらからは、常に側に置け」

 「・・・・クーちゃん、探してきて」

 イチの肩の上でマーがぷるりと揺れ、クーがささっと森に突撃して行く。

 「レイベルト、お前も探せ」

 「・・・・・了解っすぅ」


 転移の魔法陣は、広場近くに生えた木の幹にあった。

 3人揃って魔法陣に手を置いて魔力を通し、転移したその先。

 「岩?」

 「砂漠か?」 

 「あっつい!」

 巨大な奇岩が立ちならび、岩山だらけのひび割れた乾いた大地に、まばらにトゲトゲとした低木と背の高いサボテンが生える。

 森から一変。灼熱の岩石砂漠だ。

 じりじりと肌を焼いてくる太陽の光が辛いようで、レイベルトは既にげんなりとしながら日除け用のマントを羽織り、フードを被って不思議そうに首を傾げる。

 「イチさんとレオさんは、暑くないんっすか?」

 「暑くないですよ?」

 「ああ」

 「凄いっす」

 当然だ。イチのポンチョとレオのベストには、体表を適温に保ってくれる付与がされているのだから。

 いつでも何処でも、2人の感じる気温は適温だ。 

 「まあ、種も仕掛けもありますから」

 「ああ魔道具っすか。俺も金に余裕が出来たら絶対に手に入れたいっす」

 火属性の魔石と、水属性の魔石を付け替えることで、寒冷地にも灼熱地にもある程度耐える事の出来る服の魔道具があり、いつか手に入れるのだと、レイベルトは気合いをいれる。

 「でも、倒れたら大変なんで、これを持っていてください」

 「これは?」

 イチは、魔石を1つレイベルトの手に乗せる。

 「あれ?何だか涼しいような」

 「体表の温度を、適温に保つ物です」

 暑そうなレイベルトが可哀想になり、イチが作ったばかりの物だ。

 「あれ?」

 イチは良かれと思って渡したのだが、レイベルトは魔石とイチを見比べ、何故かレオを見て情けない顔をして、きゅっと眉を下げた。

 「レイベルト君?」 

 「レオさん!これは、これは違うっす!俺が求めた訳じゃないっすぅ」

 随分慌てた様子で、レオに向かって言い訳めいた事を口にする。

 しかも、涙目だ。

 ―あれぇ?

 イチは何か知らずにやらかしたようだ。違う違うと繰り返すレイベルトに、レオが苦笑いを浮かべている。

 「イチは、私達獣人の習性を知ってはいても理解していない。確かに、余り良い気持ではないが」

 ふすん、と鼻から息を吐く。

 「仕方がないから受け取っておけ」

 「・・・・・はい」

 「イチ。獣人は装飾品やその材料となる物を、恋人や家族以外には贈らん」

 「え?」

 「この魔石は、俺がレオさんに叩きのめされてもおかしくない案件っす!」

 「あー、なるほど」

 納得した。

 だから、レイベルトは涙目でレオに言い訳をしたのだ。

 「近くにおっても平気やけど、プレゼントはいかんがやね」

 イチとしては魔石を無くさないよう、入れ物もあげようと思っていたのだが、少々嫌そうにしているレオの様子を見て断念する。

 「なくさんように、気を付けてください」

 「勿論っす」

 レイベルトは温度調節の為の魔石をジャケットの内ポケットに仕舞い、何故か申し訳無さそうな顔で2人に向かって頭を下げる。

 「すいません。俺、此処から先の地図は持っていないっす」

 低ランクの冒険者が無茶な迷宮攻略に挑まないように、ここの迷宮ではDランク以下のパーティーとソロの者に、10階層以降の地図は販売されていない。

 「それから、13階層目はスタンピートの影響で、たまに妙に強い魔物が出るそうっす」

 それもあって、この迷宮はなかなか攻略が進まない。

 安全地帯に拠点を構え、しず少しづつスタンピートの名残の魔物を退治して地図を作り、冒険者とギルドが力を合わせてやっと13階層目まで進んだのだ。

 「ほお」

 レイベルトの説明に対してレオがそれはそれは楽しそうに、にんまりと笑った。

 「えっ」

 「ちょ」

 その楽しそうな笑顔に、慌てたのはイチおレイベルト。

 「妙に強い魔物か。楽しみだな」

 「13階層目は辞めちょこうよ!」

 「何故だ?」

 「危ないっす!」

 「そうそう。危ないって!」

 「家の周りよりもか?」

 「!」

 「?」

 レオからの問い掛けに、イチははっと動きを止める。

 「え?ちょ、イチさん!?」

 考えこむイチに、レイベルトは嫌な予感を覚える。

 「あそこより危ない場所って、まず無いねぇ」

 「そうだろう」

 「どんな危ない場所に住んでるんっすか!」

 しみじみと頷き合うイチとレオに思わず突っ込んでしまったレイベルトは悪くない。

 「え?魔の森の奥」

 「魔の森の奥」

 イチとレオは、本当の事は言っていないが、嘘もついていない。と言うよりは、本当の事は言えない。

 「危なすぎっすぅ!」

 だが、レイベルトにとって、魔の森の奥地は危険過ぎる程危険な場所だ。勿論、イチにとってもだ。

 彼女1人だけで森にいるとなれば、秒で死ねる。

 「ですよねぇ。レオ君達に助けてもらって、何とか生活してます」

 しみじみ思う。

 本当に、レオがいて良かった。女王達が居てくれて良かった。お陰で、あんな危ない所で生きていられる。

 そもそも、魔の神様の頼みを聞き入れ、世界樹の聖域に行くと言わなければイチはこんな思いをする事は無かったのだが、聖域に行った事に対する後悔は、イチの中には無い。

 「私達にはレオ君が居ますし、クーちゃんもマーちゃんも居ます。何とかなりますよ、レイベルト君」

 「し、死なないように、頑張るっすぅ」

 「うむ、そのいきだ」

 レイベルトは少々しゅんっとなりながら、2人にドナドナされて行くのだった。

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