家と他所の迷宮 7

 「ニースとやらはいるか?」

 キャンプの中で最も立派な建物である冒険者ギルドにレオが踏み込むと、何とかの一つ覚えのようにざわめきが起こった。

 「ニースは席を外しております。呼んでまいりますので、此方へどうぞ」

 「ああ」

 どうせなら、この場でさっさと用事を終わらせたいレオであったが、この場にいないのなら、仕方がない。

 立ち上がった受付の女性の後を大人しく追う。

 さっと奥へ駆け込んで行った男性は、きっとニースを呼びに行ったのだろう。

 応接室に通され、薫り高い紅茶を出されたが、手を付ける前にドアがノックされた。

 「失礼いたします」

 入ってきたのは、エルフ族の女性。

 「よう、黒獅子殿」

 そして、エルフ族の女性が片手に持つ水晶のような玉に映る熊。

 「クロウルのギルドマスターだったか?」

 「ああ。こんな玉から悪いな」

 悪いと言いつつも、セルバンテスは少しも悪いとは思ってなさそうだ。

 ニースは背筋を真っ直ぐに伸ばしてレオの正面に座り、机の上に玉を置く。そのままでは転がってしまって収まりが悪いので、玉の下には植物で編んだ輪っかが敷かれている。

 この玉は、迷宮から出る魔道具の一種、対になった玉通しを繋ぐ遠話の玉。

 「用件はなんだ」

 こんな玉を持ち出して来たのだから、話しの相手はセルバンテスだと判断をし、前置きも無く問い掛ける。

 「少々、あんた達に頼みたいことがあってな」 

 勿体ぶった言葉に、ぐっとレオの眉間に皺が寄る。

 玉を挟んだ正面にいるニースが、居心地悪そうに身じろいだ。

 「リーヴェル家のお嬢様があんた達に会いたがっていてな」

 リーヴェル家のお嬢様が自分達に会いたがっている、とだけは知っている。だが、理由は分からない。

 「何故だ」

 「リーヴェル家での、無駄な争いを避ける為だそうだ」

 「は?」

 意味が分からない。

 最初から余り良くなかったレオの機嫌が、意味の分からなさのあまり下降する。

 「帰って良いか?」

 「お、お待ちください!」

 「ちょ、最後まで聞いてくれ!」

 ニースとセルバンテスに慌てて止められ、上げかけた腰をソファに下ろす。

 「リーヴェル家は、黒獅子のアルマ様を射止めた長女のシルヴィア様が継ぐ事になっている」

 獅子族は基本的に女系であり、家を継ぐ者は女性が多い。

 「リーヴェル家の女性は、シルヴィア様以外にもいます。その方々が、当主になりたいが為に、貴方方に無体を働く可能性があるのです」

 セルバンテスに続けるのは、ニース。

 「シルヴィア様は黒獅子である貴方の敵にならないように。また、血族の女性にご自身の立場を脅かされない為にも貴方と接触し注意を促すと共に、お2人の絆を確かめ他の女性に釘を刺す事が目的だそうです」

 「何とも、迷惑な話しだな」

 レオは、盛大舌打ちをする。

 滲み出る怒りとも、不機嫌とも言えない負の気配に怯えるニース。

 「あー、黒獅子殿。ニースが怖がるから、少しその気配を抑えてもらえないだろうか?」

 「その、リーヴェル家とやの面倒事は、その家の中で片付けられないものなのか?」

 セルバンテスの要求に答えて気配を抑え、嫌そうに問い掛ける。

 「リーヴェル家の黒獅子に対する拘りは病気の域にたっしているから、無理だ」

 「そうか」

 「だからこそ、シルヴィア様に1度会って欲しい。会って、きっぱりと自分の女以外に興味はないと言ってもらいたい」

 「それに対して否はないが、」

 ―そんな事で上手くいくものなのか

 「その辺りの事は、シルヴィア様が上手く盛る」

 「そうか」

 子蜘蛛達が知らせてくれたシルヴィアの様子を思い返す。レオは面倒臭がって接触を避けたが、彼女の家督とアルマに強い執着を見せていた。

 ―下手に避けた所で、追い掛けて来る。それに、別の者が来ても面倒か

 「私達は明日から、迷宮に潜るつもりなのだが?」

 「おっ、会ってくれる気になったか!」

 「そうした方が、面倒が少なそうだ」

 「おいおい。相手は貴族様だぞ?シルヴィア様の前では控えてくれよ」

 嗜めるセルバンテスに、レオは嫌そうに眉を顰める事で答えた。 

 「あんたの連れに期待するよ」

 セルバンテスが思い出すのは、初めて顔を合わせた時の2人。レオは今と全く変わらず嫌そうな顔をしていたが、イチはまだ社交的だった。

 ―問題は、あのフードか

 常にイチが被っている、中途半端に顔を隠すフード。被らせているのはレオだろうが、貴族の中には無礼だなんだと言う者はいる。

 「そうか」

 レオからすれば、自分とイチの面倒臭がりに大した違いは無いのだが、外から見れば分からないという事だろうか。

 首を傾げ、シルヴィア様とやらと対した時には、遣り取りはイチに任せようと決めた。いざとなれば、レオが後ろから威嚇をすれば良いだろう。

 イチにレオの威嚇は何故か効果が無いので、相手にだけ影響を与える事が出来るだろうから。

 「で?」

 「「?」」

 「会う事は、まあ、分かった」

 ―嫌だがな

 「それはいったい何時、何処でだ?」

 「「あ」」

 何時何処で顔合わせをするのかを、彼等はまだ言っていない。

 

 会うのは此処、簡易ギルドのこの応接室。

 時は、5日後の昼。

 という事になった。

 問題のシルヴィアは3日後、アルマと共に領主の息子ノイン率いる迷宮調査隊に混じってクロウルを出発する。

 レオとイチは明日から3日間迷宮に潜り、戻って来てからシルヴィアとの面会となる。

 ―まあ、なるようになるか

 対応はイチに任せるつもりなので、レオは呑気なものだ。

 簡易ギルドをあとにして、野営地へ戻る。

 「餌付けか?」

 野営地を囲むイチの結界。その周りで、幸せそうな顔をしてホットケーキを口にする冒険者の集団を見つけ、思わず呟く。

 「1人1枚。これで、お裾分けは終わりっす!」

 結界から出て、ホットケーキを配っているのはレイベルトなので、まあ良しとする。

 「あ、レオ君お帰りー」

 ホットケーキを焼きながら、レオに気付いたイチが笑顔で迎える。

 「ああ。これは、どういう状況だ?」

 冒険者を素通りし、結界に引っかかる事無くイチの向かいに胡坐をかいて座る。そのレオに、焼きたてのホットケーキが差し出される。

 受け取り、もぐりと齧る。

 甘くて、美味い。

 「臭いに釣られて寄ってきたき、1枚づつあげたが」

 「そうか」

 「うん。で?ギルドマスターの伝言って何やった?」

 「うん?ああ、貴族のお嬢様と5日後に会う事になった」

 「は?」 

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