家と他所の迷宮 8

 貴族のお嬢様との面会。

 レオが受けて来てしまったとんでもないイベントに、イチは目をまん丸に見開いた。

 「なんでえー!」

 そして、叫ぶ。

 レイベルトを始めとした冒険者達の注目を無闇に集めてしまい、イチの頬が赤くなる。

 「何でもないんで、気にしないでください。そして、食べ終わったら自分の野営地に戻ってください!」

 「散れ」

 『!?』

 結界の周りでホットケーキ片手にたむろしていた冒険者達は、レオの一言で追い散らされる。

 「お前まで散るな、レイベルト」

 ただし、釣られて散ろうとしたレイベルトは、首根っこを掴まれ連れ戻された。

 「いや、あの、俺は鉄板を渡して、伝言も伝えたっす。それに、俺は自分のテントを張らなきゃ、今日の寝床がないんっす」

 自分のテントを張る名目でこの場から逃げたいレイベルトだが、レオに掴まってたままで逃げられない。

 「レオ君。その、お嬢様の話しってレイベルト君も関わりがあるが?」

 「ないぞ」

 「ないがっ!?」

 関わりがあるから捕まえていると思っていたので、イチは必要以上に驚いてしまった。

 「何で、捕まえちゅうが?」

 「私達に、この迷宮の知識はないだろう?」

 「今日来たばっかりやきね」

 「冒険者も多い」

 「まあ、そうやね」

 まだ未攻略の新しい迷宮ということで、多くの冒険者が金とロマンを求めて集まってきている。

 「レイベルトがいれば知識が得られるし、トラブル除けになるかもしれん」

 迷宮内部で冒険者とのトラブルを避けるために、知識とレイベルトという緩衝材をレオは求めていた。

 クロウルでも、レイベルトは2人の緩衝材になってくれていたので、実績は十分だ。

 「ああ、なるほど」

 「なんか、俺の扱いが酷いっす!」

 「大丈夫だ。迷宮に入れるのは精々3日。3日ではそれほど潜れんし、ヤバいものは私が相手をする」

 「レイベルト君。冒険者のルールを知らない私達を放置するよりも、着いて来た方がトラブルが少ないですよ?」

 「お、俺のストレスはどうなるんっすか」

 「良い物あげるよ?」

 つまり、ストレスは貯まりっぱなしになるという無情な答えに、レイベルトはがっくりと肩を落とす。

 イチなら兎も角、レオにロックオンされた状況では、最早逃げる事は出来ないだろう。

 ―くっ。何で、俺なんっすか!

 理由は無い。ただの成り行きである。

 「分かったっす!分かりましたよ、行きます。迷宮に着いて行くっす」

 「本当ですか?ありがとうございます。ご飯は任せてくださいね」

 「期待してるっす」

 レイベルトは観念し、迷宮に着いて行く事になった。

 「イチさんも、頑張って欲しいっす」

 「私?」

 レイベルトの励ましに、イチは訳が分からず首を傾げる。

 「迷宮から戻ったら、イチさんは貴族のお嬢様と面会っすよ?」

 「あ!・・・・忘れちょったぁ~」

 レイベルトを説得する事に夢中で、自分に降り掛かる面倒を忘れていた。

 「レオ君、私も会わんといかん?」

 「いかんだろうな。奴等は私達に会いに来るのだからな」

 「そうかぁ、いかんかぁ」

 ホットケーキの種を鉄板に流すお玉を手に、よよと体勢を崩す。

 「お貴族様にとか、会いたくない」

 彼方の世界で貴族が存在せず、権力者に全く関わりのない人生を歩んできたイチにとって、此方の貴族は未知で、関わりたくない者の筆頭だった。

 もう会うしか無いのだが、会いたくない。

 「面倒避けるためだ。仕方が無い」

 「?」

 「貴族に、貴族除けをしてもらうのだよ」

 黒獅子に異常な拘りを持つ家の者を、その家の黒獅子を射止めた長女に牽制させる。

 イチとレオの繋がりの強さをアピールし、割り込む隙間が無い事と、レオを敵に回す愚かさを知らしめ、ちょっかいを出そうとする貴族を減らそうという計画だ。

 「上手くいく?」

 「やらんよりは良いだろうさ」 

 「そうかもしれんけどさぁ」

 イチは深々と溜息を吐き、ちらりとレイベルトを見る。

 明日の迷宮探索を思っているのか、レイベルトの耳は下がり、尻尾はへにょりと元気がない。

 ―レイベルト君を迷宮に連れて行って、私が貴族と会うがを嫌がるのはいかんかぁ

 「私も頑張るわぁ」

 「うむ、任せる」

 「丸投げっ!?」

 レオの仕打ちに、目を剥くイチ。

 「いや、うん、えいがやけどね」

 狩りや戦闘で守ってもらっているので、面倒な事を担当する事はやぶさかではない。

 後日の事は決まった。後は、夕食だ。

 「レイベルト君、お酒は飲めますか?」

 「え、あ、はい」

 「辛い物は?」

 「苦手っす」

 「レオ君も苦手やったね。じゃ、キムチ入りは2枚目以降にするね。あ、ウインナーいる?」

 レオとレイベルト、初めてのお好み焼き実食。ビールと共に好評で、此処を離れる前にまた作る事になった。ただ、レイベルトは外で酒は飲めないと、一杯しか飲んでくれなかったことが少々不満だった。



 目を覚ますと、目の前にはふわふわさらさらの素敵な鬣。

 「くぁあぁ」

 もぞもぞとレオの腕の中から這い出し、声を出しながら伸びをする。

 いつも自然と目が覚めるまで眠るので、目覚めは爽快だ。

 「おはようございます」

 「おはようございます」

 朝の挨拶をしてきたのは、レイベルト。

 彼はずっと早くに起きていたのだろう。身仕度をすっかり済ませ、少し暇そうにしている。

 「あー、待たせちゃいました?」

 善く善く耳を澄ませてみると、人の発する音も、昨夜と比べ随分小さい。

 冒険者達の大半は、既に迷宮へ入ってしまったのだろうか。

 「待ったすけど、俺はお2人に雇われた立場なんで、大丈夫っす」

 随分と、待たせてしまったようだ。

 「朝ご飯、すぐ用意するんで、ちょっと待ってくださいね?」

 とは言え、身仕度を整える方が先だ。

 イベントリから出した洗面器に水を溜めて顔を洗い、不可視の結界を自分の周りに張って着替え、着ていた服は浄化をかけてからイベントリに片付ける。

 「レイベルト君は、パンと米、どっちが良いですか?」

 「え?あ、パンが良いっす」

 「はいはい。じゃ、付け合わせは卵とウインナーとトマトにしよっと」

 パンのリクエストを受け、今朝のメニューを決める。

 「あの、」

 「はいはい?」

 フライパン2つで、炒り卵とウインナーを同時に焼く。

 「顔、丸見えっすけど、大丈夫っすか?」

 「へ?ああ、そう言えばそうでした」

 ポンチョ着ていてもフードをまだ被っていないので、イチの顔は丸見えだ。

 「私が減るってレオ君が嘆くので、隠し忘れていたのは秘密でお願いします」

 「了解っす」

 獣人の独占欲の強さは理解しているので、レイベルトにも否は無い。

 ―イチさんって、かなりの童顔?

 ただ、黙りはするが感想は止まらない。

 レイベルトが見たイチの顔は、彼の思っていた以上に若い見た目で正直驚いた。

 「まぁでも、レイベルト君には不思議と警戒心が緩いみたいなんで、大丈夫かもしれませんね」

 結界の中で共に眠る事を許容したのだから、イチがレイベルトの前で普通に顔を出しっ放しにしてもあっさり受け入れそうな気がする。

 「あー、それはたぶん俺がレオさんの恋敵になり得ないからっすね」

 「どういう意味ですか?」

 「俺、ガキの時に大病をしてから生殖機能がどっか行っちまったんっす」

 「生殖機能がないから、恋敵にならないと?」

 「そうっす」

 「はあ?」

 ―うん、意味分からん

 だが、突っ込んで聞くと逆セクハラになりそうで、聞く気にならない。

 そういうものだと単純に捉え、それ以上の思考を放棄した。

 「そうですか。あ、所で今暇ですか?」

 「暇っす」

 「じゃあ、トマトを切ってください」

 「了解っす」

 レイベルトがトマトを切っている間に食パンを取り出し、炒り卵とウインナーを乗せ、ケチャップとマヨネーズを適量かけもう一枚食パンを乗せる。サンドウィッチだ。

 「あ、切ったトマトはこの皿にでも入れてください」

 「あ、はいっす」

 レイベルトがトマトを切り終わっても、イチは同じサンドウィッチを作り続け、皿にサンドウィッチの小山を作る。

 レイベルトは小山をじぃっと見つめ、腹を鳴らしながら食事の時を待つ。

 「レオ君、ご飯やで!なんだか、レイベルト君が可哀想やき、早く起きたげて」

 「ん~?」 

 「ご飯!ほら、顔洗って」

 イチに起こされたレオは大人しく顔を洗い、乾かしてもらってその隣に並ぶ。

 「さあ、どうぞ召し上がれ」

 「「いただきます」」

 「はいはい」

 腹を空かした肉食系獣人2人の食欲は圧倒的で、イチがサンドウィッチ一つを食べている間に次々と平らげてゆく。

 「トマトも、ちゃんと食べてや」

 「むっ」

 「うっ」

 肉食の獣人は、野菜を食べようとしいから困る。

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