家と他所の迷宮

 「な、なにこれ」

 「ほう、これはなかなか」

 聖域に帰宅後、女王や番人達に挨拶をして地面に降りた2人は、それぞれ驚きを口にする。

 「せ、世界樹の根元に、穴ぁ!?」

 世界樹は、女王の住み家以外に穴らしい穴は開いていなかった。2人が聖域から出る時も、世界樹の根元に穴なんてなかった。

 なのにレオが余裕で入れる高さの大きな穴がぽっかりと口を開けていて、イチは呆然と立ち尽くす。

 世界樹に何か良くない事があったのではないかと、不安で仕方がない。

 「巣穴だな」

 対して、レオは外から中から念入りに穴を確認し、満足そうに頷く。

 「す、巣穴!?何の巣なが、コレ」

 「私達の為の巣穴だ」

 「は?」

 「世界樹が、私達の為に用意してくれた巣穴だ」

 ぽかんと目を丸くするイチに、レオは楽しそうに説明をする。

 この穴は、相愛になった2人の為に、世界樹が用意してくれた巣穴。つまり、2人の為の家だ。

 「私達、家?」

 「巣穴だ」

 「・・・・・巣穴か」

 イチの、今にも溢れ出しそうだった感動が、萎む。

 巣穴という言葉に、レオの文明生活から遠ざかっていた、野生的な生活を想像してしまう。

 ―くっ。私は、引き籠もりにはなっても、野生には返らんきね!

 イチは、既に自分が引き籠もりだという自覚があった。だがしかし、野生にだけは返らないと、巣穴とレオを見ながら密かに誓った。

 「イチ、中に来い。面白いぞ?」

 「はいはい。今行くよって、暗い!」

 獣人なレオの目に、巣穴の中はくっきりと見えていたが、イチの目には見えなかった。この巣穴の中には、光を放つ精霊虫がいないのだ。

 「灯り」

 光る魔力の玉を作り、天井付近に浮かばせる。

 「へえ」

 この穴は、本当に巣穴なのだろう。

 細長い穴は直ぐに行き止まりとなっており、寝床にしかなりそうにない。

 だが、壁と天井がすごい。

 豪快にうねる樹皮の天井、波打つ根の壁。この穴は、穴というより裂け目に近いかもしれない。

 確かにこれは、面白い。

 「すごいね」

 「ああ、そうだな」

 「でさ、君はいったい何をしゆうが?」

 「寝床を整えている」

 行き止まり。前以て番人達が運び込んだのだろう、イチとレオの寝床の簀の子と毛皮、毛布が置かれ、それをレオがウキウキと整えている。

 どうやら此処が、今日から2人の寝床になるようだ。

 「そっかぁ。一緒かぁ」

 「なんだ、嫌なのか?」

 「違う違う!」

 不安そうに表情を歪めるレオに、イチは慌てて否定する。

 「展開が早いなぁって、びっくりしただけやき!嫌じゃないって」

 「そうか」

 「そうそう」

 不安そうに歪んだ表情が元に戻り、ほっと一安心。

 「レオ君。私、自分のテント片付けてくるき」

 寝床が此処になるのなら、外のテントは片付ける必要がある。

 「ああ。私もすぐに手伝いに行く」

 「お願い」

 1人用の小さなテントでも、手伝いがあると無いとでは大違いなのだから。

 「今夜の飯は、味噌ラーメンが良いな」

 「任せといて!」

 ―今夜のご飯は〇王だよ!

 各種インスタントラーメンは、ばっちり持ち込んでいる。

 ライトノベルで良くあるような、日本の食品が恋しくなるという現象は、イチにはまず起きない。

 日本の食品が恋しくならないよう、思いつく限り片っ端から食品を持ってきたのだから。

 「みっそみそ、みっそラーアメン。みそみそ」

 珍妙な歌を歌いながら片付けていると、レオも寝床を整え終え、2人でささっと片付け終わった。

 レオの寝床も、イチのテントも無くなり、世界樹の前の生活感が少なくなった。なんとなく、すっきりだ。

 ―畑が醸し出す生活臭は変わらんけどね

 今、畑に植わって成長しているのは、茄子、トウモロコシ、人参、ニンニクだ。

 「この、トリイは此処で良いだろう」

 「へ?」

 畑からレオへ目を移すと、根っこにもたれさせていたイチ手製の鳥居を拾い上げ、手を伸ばして出入口の上にぺたり。

 「は?」 

 「よし、付いた付いた」

 「くっつくが!?」

 「付いたぞ?」

 レオが手を離しても、鳥居は世界樹の樹皮に張り付いたように、落ちる事無くそこにあった。

 「うっそお」

 自分の目で見ている事だというのに、信じられない。

 木に押し付けても、普通はくっつかない。だが、レオは釘で鳥居を世界樹に打ち付けた訳ではない。

 「こ、これも、ファンタジーってこと?確かに、私の常識外やけどさっ」

 頭を抱える。

 今まで、魔法だから、迷宮だから、などと自分を納得させていたが、木に木製の鳥居がくっつくとか、何となくファンタジーとして受け入れたくない。

 「イチ、この木は世界樹だ」

 ぽんっと、レオの黒い手が肩に乗る。

 「此処は、迷宮だ。常識外は、存在しないぞ?」

 「!」

 イチは、はっとした。

 「そういや、そうやね。私がどうかしちょったよ」

 迷宮では、何があってもおかしくない。レオのお陰で、イチはすんなりとこの不思議な現象を受け入れた。

 鳥居に向かって2度礼をし、2度柏手を打つ。

 ―八百万の神様。今日からは、そこから私達を見守っていてください

 最後に、1礼。

 「お前の祈り方は、独特だな」

 「私とレオ君じゃ、お里が違うやん。当たり前やって」

 レオの祈り方は、直立不動で目を閉じる、だ。

 「イチ、飯」

 「まだ、早いって」

 「残念だ」

 夕方、太陽が沈みかけてから2人は味噌ラーメンに舌鼓を打つのだった。


 「へ?」

 飯を食べ、風呂に入り、さあ寝ようかとなったイチは、レオに手渡された物に首を傾げる。

 「ブラシ?」

 レオが、買っていた2本のブラシの内の1本。もう1本は、レオが持っている。

 「私達獣人のペアは、ブラッシングが大切なコミュニケーションツールなのだよ」

 「猿の毛繕いみたいなもんやね!」

 確か、猿の毛繕いは群れの絆を深める為のものだったはずだ。

 「猿と一緒にされると、微妙な気分になるのだが」

 「そう?ごめんね?」

 「軽いな」

 「そう?まあ、兎に角ブラッシングして良いって事やね!」

 ばっちこい!とばかりに、イチはやる気満々。レオは少し引き気味だ。

 「お前、軽いな」

 「そう?まあ、兎に角上がって上がって。足はちゃんとキレイにしてよ?」

 レオは、いついかなる時も裸足の人である。

 浄化の魔結晶で片足づつキレイにしてもらい、イチはレオに先んじて便所下駄を脱いで毛皮の上に胡坐をかいて座る。

 穴の半分以上が、簀の子と毛皮で寝床として整えられている。毛皮を何枚か重ねているのだろう、硬くなく快適だ。

 「では、頼む」

 「任いてや」

 イチは立ち上がり、座ったレオの背後に回る。

 「実家じゃ、犬猫にようブラッシングしよったきね」

 「私は、犬や猫と同列か?」

 「そんな訳ないでしょ」

 右手でブラシを持ち、左手で持ち上げた毛をすいてゆく。

 「レオ君の毛ってさ、すっごい柔らかいよね」

 獅子族のレオは、猫っ毛だった。

 外見からは想像出来ないほど、細く柔らかな鬣に、気持ちの良い感触のものが好きなイチの琴線が刺激される。

 ―これは、イイ!

 今まで、こんな素敵なものにブラッシングが出来なかったなんて!いや、これからはこの素敵なものに触り放題だと思うと、イチのテンションは上がった。

 「私の髪の毛硬いき、羨ましいわ」

 「私は、お前の硬い髪が羨ましい」

 細く柔らかい鬣は、レオにとってはあまり良いものではないようだ。

 「腕もブラッシングしてえい?」

 「ああ、頼む」

 「はいはーい」

 「軽いな」

 「重くなる要素が、どこにあるがで」

 「ないな」

 「でしょ」 

 くだらない話しをしながら、レオの腕にゆっくり丁寧にブラシをかけてゆく。

 レオは、腕の毛皮も柔らかい。

 「そういえばさ、」

 「うん?」

 「ガイアスさん、やったけ?あの人等ぁ、どうなったがやろうね。無事森を出れたがやろうか」

 「ああ。そう言われてみれば、そうだな。クー?」 

 レオの呼びかけに、クーが2人の視界に入ってくる。

 「あの4人は、どうなった?」

 「無事、森を出て町に帰った?」

 ぴこぴこと脚と体を揺らしながら、レイベルトのその後を説明する。

 「森の中域で、番人を相手に闘いになって引き上げた?」

 「うっわ番人さん達大丈夫やろか」

 冒険者達よりも、まず番人の心配をする。イチは、彼等よりいつも世話になっている番人達の方が大切だった。

 「ああ。やられる前に、数で囲んだら逃げたそうだ」

 「そっか、良かった。レオ君、そっちの腕貸して」

 「ああ」

 「盗賊は?襲われんと済んだ?」

 「ああ、大丈夫だ」

 レオはイチには言わなかったが、盗賊と思った存在はどうやら盗賊ではなかったようで、引き上げる冒険者達と何故か合流し、共に町へ向かって行った。

 「イチ、交代だ。座れ」

 「はいはい」

 攻守交代。今度はレオがイチの髪をブラシで梳かす。

 「髪、伸びたな」

 「伸びたってゆうか、伸びっぱなし?レオ君が切るなって言うし」

 イチは短い方が楽で良いのだが、レオが反対するのでなかなか切れない。

 「あ、今度また前髪切って」

 「ああ」

 レオは、前髪だけは、切ってくれる。

 ゆっくり話しながら髪を梳かしてもらい、抱き枕になって眠った。

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