魔王の討たれた後の後

深屋敷

序章 始まりの知らない部屋

始まりの知らない部屋 

 事の起こりはいったいなんだったのか。

 あり得ない程大きな己の天敵、蜘蛛からじりじりと距離を取りながら考える。

 そう、あれは人生2度目の学生生活を終え、就職した3度目の職場、農業法人トマトクラブ2年目のある日。転換点はいくつもあったと思うが、最初のきっかけはアレだ。


 「地方農産業フェア、ですか?」

 農業法人トマトクラブ2年目、五百蔵千華いおろいちかにカラフルな農業関係のイベントパンフレットを渡したのは、千華とは別のトマトハウスを担当している先輩の明神文隆みょうじんふみたか。15年目のベテラン一歩手前の人だ。

 「ああ」

 「私が行ってもええんですか?」

 東京で行われる大きな農産物の振興イベント。

 千華のいる会社でも2年に一度の大イベントには毎回参加して、自社のトマトとトマト製品を都会にPRしている。

 それに今年、千華も行ってみないか、という希望調査。

 「行きます!」

 千華は即、主張した。

 「ちなみに、引率は俺。他のメンバーが、どうなるかは社長しだいやき。まあ、楽しみにしちょき」

 「了解です」

 イベント参加メンバーに選ばれた事。そして、その次がコレ。


 「んー?こんな時間に学生さん?」

 イベント最終日。参加者メンバーで、懇親会と称して会社の経費で酒を飲み、全員で気持ち良くホテルへ戻っていた帰り道。

 反対側の通りにコンビニを見つけた千華達は、高級なアイスを賭けてジャンケンをした。

 負けたのは千華。

 高級なアイスは高かったが、泣く泣く自分の分も含めて購入してコンビニを出ると、信号はタイミング悪く赤。横断歩道の向こうで酔っぱらった同僚達が、楽しそうにこちらに向けて手を振っている。

 財布にそれなりのダメージを負った千華は少しイラッとしたが、我慢して信号を待つ人の後ろに並ぶ。

 千華のすぐ前で、賑やかに話しているジャージ姿の学生達。

 高校生かと思い眉をしかめたが、高校生にしては老けた顔付きと背中の学校名に、しかめた眉を元に戻す。

 ―なんだ、大学生か

 大学生なら、夜の12時過ぎに出歩いていても、千華の許容範囲内だ。

 ―それにしても、やけに眩しい

 「は?」

 学生達を中心にして光る魔方陣のようなもの。

 ソレの範囲内にいた千華を含めた数人のスーツ姿の男女と学生達は、魔方陣が消えると共に姿を消した。

 「五百蔵!?」

 道路の反対側に、酔っぱらい達を残して。


 「は?」

 ふと気が付くと、千華は知らない部屋のソファに座っており、対面には羊に似た黒い巻角を頭に生やした美形がいた。

 意味がわからなかったが、膝に乗っていたアイスの入ったコンビニ袋をそっと隣へ置く。

 「あ、あの?」

 訳は分からないが、沈黙が気まずくて恐る恐る美形へ声を掛ける。

 ―コスプレ?ずいぶん本格的やけど、意味分からん

 「今回のことは、」

 美形は声まで美形だったが、力の入った本格的なコスプレが残念過ぎる。

 「魔王に喧嘩をふっかけた大馬鹿者が、己の尻を拭けなくなったが故の暴挙だ」

 「はあ?」

 ―え、何?この人、危ない人?

 千華は美形の正気を疑い、身の危険を感じてそっと尻を浮かせる。

 ―とりあえず、迫って来たら股間を蹴る

 と、決めた。

 「さすがに痛いので、股間を蹴るのは辞めてほしい」

 ―心を読まれた!

 「一応、神なのでね」

 「神っていうか、見た目魔王!」

 心を読まれるのならと、酔いにまかせて開き直り、声に出す。

 酒の力ってすごい。

 基本臆病で、初対面の人に悪口とも取れる突っ込みを入れるなんて、なかなか出来ないのに出来てしまった。

 「神は神でも魔を司る故にな。説明を続けても良いかな?」

 「ど、どうぞ」

 「うむ。ああ、酒気は抜いておくぞ。この場にはふさわしくない」

 「げ、」

 このまま酔っぱらっていたいのだが、自称神はさっと指を千華に向け、何事か呟いた。

 そのとたん、すっと酔いが覚めた。

 「説明をしても良いかな?」

 「ど、どうぞ」

 先程と、同じような会話。しかし、酔いの覚めた頭で、千華はとても混乱していた。

 横断歩道で信号待ちをしていて、何故気が付いたらこんな知らない部屋に、珍妙な美形と二人きりなのか。

 「ち、珍妙・・・」

 千華は、漫画も小説も読む。

 30歳を目前に、2度目の学生生活に突入した時には、一回り年の離れた同級生に、無料の小説サイトを教えてもらった事を切っ掛けに、ファンタジーの新ジャンル、異世界転移なるものを知り、それは楽しく読んだ。否、3度目の就職をした今も楽しんでいる。

 だがしかし、それはあくまで小説だからこそ。現実にファンタジー要素は求めていない。

 現実に起きたファンタジーはファンタジーではない。ノンフィクションだ。

 ジャンル違いは勘弁して欲しい。

 ファンタジーは漫画と小説で充分です。

 「混乱も、逃避も仕方の無い事だがな。今日より、このファンタジーが其方の現実だ」

 「・・・・・・・」

 宥めるような声に、頭を抱える。

 「い、家へは?」

 「残念だが、其方と元の世界との繋がりは切れておる」

 「のおぉぉ」

 千華はもう家に帰れないらしい。

 それから魔を司る神様は、頭を抱えたままの千華に事の次第を語って聞かせた。

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