魔王の討たれた後の後
深屋敷
序章 始まりの知らない部屋
始まりの知らない部屋
事の起こりはいったいなんだったのか。
あり得ない程大きな己の天敵、蜘蛛からじりじりと距離を取りながら考える。
そう、あれは人生2度目の学生生活を終え、就職した3度目の職場、農業法人トマトクラブ2年目のある日。転換点はいくつもあったと思うが、最初のきっかけはアレだ。
「地方農産業フェア、ですか?」
農業法人トマトクラブ2年目、
「ああ」
「私が行ってもええんですか?」
東京で行われる大きな農産物の振興イベント。
千華のいる会社でも2年に一度の大イベントには毎回参加して、自社のトマトとトマト製品を都会にPRしている。
それに今年、千華も行ってみないか、という希望調査。
「行きます!」
千華は即、主張した。
「ちなみに、引率は俺。他のメンバーが、どうなるかは社長しだいやき。まあ、楽しみにしちょき」
「了解です」
イベント参加メンバーに選ばれた事。そして、その次がコレ。
「んー?こんな時間に学生さん?」
イベント最終日。参加者メンバーで、懇親会と称して会社の経費で酒を飲み、全員で気持ち良くホテルへ戻っていた帰り道。
反対側の通りにコンビニを見つけた千華達は、高級なアイスを賭けてジャンケンをした。
負けたのは千華。
高級なアイスは高かったが、泣く泣く自分の分も含めて購入してコンビニを出ると、信号はタイミング悪く赤。横断歩道の向こうで酔っぱらった同僚達が、楽しそうにこちらに向けて手を振っている。
財布にそれなりのダメージを負った千華は少しイラッとしたが、我慢して信号を待つ人の後ろに並ぶ。
千華のすぐ前で、賑やかに話しているジャージ姿の学生達。
高校生かと思い眉をしかめたが、高校生にしては老けた顔付きと背中の学校名に、しかめた眉を元に戻す。
―なんだ、大学生か
大学生なら、夜の12時過ぎに出歩いていても、千華の許容範囲内だ。
―それにしても、やけに眩しい
「は?」
学生達を中心にして光る魔方陣のようなもの。
ソレの範囲内にいた千華を含めた数人のスーツ姿の男女と学生達は、魔方陣が消えると共に姿を消した。
「五百蔵!?」
道路の反対側に、酔っぱらい達を残して。
「は?」
ふと気が付くと、千華は知らない部屋のソファに座っており、対面には羊に似た黒い巻角を頭に生やした美形がいた。
意味がわからなかったが、膝に乗っていたアイスの入ったコンビニ袋をそっと隣へ置く。
「あ、あの?」
訳は分からないが、沈黙が気まずくて恐る恐る美形へ声を掛ける。
―コスプレ?ずいぶん本格的やけど、意味分からん
「今回のことは、」
美形は声まで美形だったが、力の入った本格的なコスプレが残念過ぎる。
「魔王に喧嘩をふっかけた大馬鹿者が、己の尻を拭けなくなったが故の暴挙だ」
「はあ?」
―え、何?この人、危ない人?
千華は美形の正気を疑い、身の危険を感じてそっと尻を浮かせる。
―とりあえず、迫って来たら股間を蹴る
と、決めた。
「さすがに痛いので、股間を蹴るのは辞めてほしい」
―心を読まれた!
「一応、神なのでね」
「神っていうか、見た目魔王!」
心を読まれるのならと、酔いにまかせて開き直り、声に出す。
酒の力ってすごい。
基本臆病で、初対面の人に悪口とも取れる突っ込みを入れるなんて、なかなか出来ないのに出来てしまった。
「神は神でも魔を司る故にな。説明を続けても良いかな?」
「ど、どうぞ」
「うむ。ああ、酒気は抜いておくぞ。この場にはふさわしくない」
「げ、」
このまま酔っぱらっていたいのだが、自称神はさっと指を千華に向け、何事か呟いた。
そのとたん、すっと酔いが覚めた。
「説明をしても良いかな?」
「ど、どうぞ」
先程と、同じような会話。しかし、酔いの覚めた頭で、千華はとても混乱していた。
横断歩道で信号待ちをしていて、何故気が付いたらこんな知らない部屋に、珍妙な美形と二人きりなのか。
「ち、珍妙・・・」
千華は、漫画も小説も読む。
30歳を目前に、2度目の学生生活に突入した時には、一回り年の離れた同級生に、無料の小説サイトを教えてもらった事を切っ掛けに、ファンタジーの新ジャンル、異世界転移なるものを知り、それは楽しく読んだ。否、3度目の就職をした今も楽しんでいる。
だがしかし、それはあくまで小説だからこそ。現実にファンタジー要素は求めていない。
現実に起きたファンタジーはファンタジーではない。ノンフィクションだ。
ジャンル違いは勘弁して欲しい。
ファンタジーは漫画と小説で充分です。
「混乱も、逃避も仕方の無い事だがな。今日より、このファンタジーが其方の現実だ」
「・・・・・・・」
宥めるような声に、頭を抱える。
「い、家へは?」
「残念だが、其方と元の世界との繋がりは切れておる」
「のおぉぉ」
千華はもう家に帰れないらしい。
それから魔を司る神様は、頭を抱えたままの千華に事の次第を語って聞かせた。
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