第35話

 羽衣は回り込んでメダカ達の逃げ道を塞ぐようにして近付いていった。


「怖がらないで。お話がしたいの」

「お話? 何の?」


 羽衣の問いかけに、1番大人に見える子が答えた。お友達になりたいと言っていた羽衣の気持ちが伝わったのかもしれない。


「私は、羽衣よ。貴女達の名前は?」

「……。名前、ない」

「……。どこから、来たの?」

「きれいな川」

「これからどうするの?」

「御礼がしたい」

「御礼って……。」

「あなたと、あの男の子に鯛焼きを貰った御礼」


 1番大人に見える子が、カバンの中からそれを取り出しながら言った。他のメダカ達も大量に持っていて一斉にそれを取り出す。『へまち』の鯛焼きだ。金魚達の大好物でもある。それを見た奈江は大喜びでその鯛焼きに飛びついた。


「わぁ、鯛焼きだー! すごーい!」


 しかし、奈江は鯛焼きにありつけないばかりか、勢い余ってズッコケてしまう。メダカが避けたのだ。


「これは、あなた達のものではない!」


 奈江を避けながら1番大人に見える子が言った。大きな目で俺を真っ直ぐに見つめている。かわいい。俺はパッと顔を赤らめた。


「マ、マスター! ちょうだい、鯛焼きちょうだい!」

「だから、これは貴女達のものではないのよ」


 奈江の目は完全にいってしまっている。口からは涎を垂れ流している。今の奈江には鯛焼きしか映っていないのだろう。それでメダカ達は警戒を強めた。かわいい女の子達に本能剥き出しで食べ物を巡って争わせるなんて、俺の趣味ではない。


「そんなこと、ないと思うよ」


 ヒートアップする奈江とメダカ達の双方をなだめようと思い、俺は言った。


「あの鯛焼きは、俺達みんなのものだったんだから」

「……。そう、ですか。だったら、皆さんでどうぞ」

「ソレデハ、鯛焼キパーティート致シマショウ!」


 いつも突然に現れるキャサリンだが、この日もまた突然だった。この日のキャサリンは、俺の目には女神に映った。皆で楽しめる方向に話を持って行ってくれたからだ。こうして、朝から『鯛焼きパーティー』が催された。いつのまにか俺がパーティーの主催者になっていた。

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