.14
「もちろんだ。抵抗する。どれだけの傷を負うことになろうと、俺はどうあがいても俺という定義しか当てはまらない。悪魔と揶揄され、獣だ、イタチだと呼称され、カラスや猫だとその悪名を轟かせることになろうと、俺は俺でしかない。たとえチュウカと呼ばれようが、それだけは変わらない」
チュウカがこのように応えると、女隊長の後方から戦車の音が聞こえ始めた。沈黙の中で鳴らし続けたその音は、彼女の側まで来ると途絶え、代わりにみすぼらしい男が喋りだした。
「――いやぁ、だいぶやられましたよ、姉さん。あのガキ割とやるものですな。もう三台しか走行できませぬ。見てくだせぇよ、ほら、この通り。走る度、動かす度に装甲がお釈迦に――」
装甲を置き土産としてきたと彼女に豪語するこの男は、残存兵と負傷兵を本部隊へと集結させ、この男が最低限の任務を行った旨を彼女に報告しようとしたが、それは彼女の背中で制止させられ、同時に彼女の向こう側にいる少年を見つけたことですぐに口を閉ざした。
この男を含む武力行使実行部隊はこの街に黒煙と暴力という炎、そしてこの街も大きな権力の傘下であったことを思いださせた。法律に守られてしまっていることを再認した。追い込み、追い込まれ、抵抗して、抑えられる。
ふと、またどこかで爆発が起こった。そしてかつてカラスやイタチと呼ばれていた男が、いよいよ目の前となった。
「少年。これはお前だけの問題ではないのだぞ。お前の愛する街は、貴様のせいでこのように破壊された。これまで行ってきた悪事、此度の騒動の罪を認め、大人しく投降しなさい」
彼女はそう言ったが、今度のチュウカはこれに応える答えを言わなかった。その代わりに最終通告を始めた。
「なぁ、お前はこの俺がここに、この街がここに、この世界に存在しているのがなぜか考えたことはあるのか」
敵部隊隊長は一泊空けさせられて言う。
「――なによ、それ」
二人の距離がゼロ距離に近くなったところで、チュウカは間髪入れずに低めに薄められた少年の声で言う。
「この街には世の中が嫌うモノがたくさん存在している。性の売買、大量の酒と薬と暴力組織、不倫、闇取引、孤児、浮浪者、失踪者、偏思考、天邪鬼、非行、詐欺、一級虞犯。……ちゃんと考えろ、そして答えて見ろ。なあ? どれもお前らの考える普通には、当てはまらないだろう?」
チュウカは続ける。
「あの頃はよかったと昔を懐かしむ古い人間、大人を信用できない子供、古い価値観から抜け出せない人間、大人に作られた世界で制限された子供、過去の習慣を現代にすり合わせることができない人間、心が成長しないままに成長してきた子供と人間……まともだと思っている人間がまともな人間じゃないと決めつけられた人間と子供。……なあ、彼らは生まれ落とされた瞬間にこの性格を持ち合わせていたのか? そう言う人間だったのか?」
チュウカの言葉は確かに本気を滲ませていたが、それでも静かであった。それこそ風の流れのようだった。だから、社会や環境のせいだっていうの? と、彼女が問うた時には、それがそよ風にも成りえないことは明白であった。
「おいおい、勘違いするなよ。俺は何もこの世界が悪いって言っているわけじゃないんだぜ? それと、悪質な犯罪を擁護するとか、正当化するとかしているわけでもない。俺だって例外に当たらず、該当者だしな。まあ、俺が咎めることもないんだろうが、お前らが俺たちを咎める理由にも同時になり得ないはずだってことぐらいは、賢しいだけのあんたらでも理解できるだろ?」
チュウカはここで背中から静かに偽中華包丁を抜いて、構えた。その切っ先は誇り高き女性の顔面をゼロ距離で捉えている。彼女の顔に突き付けられたこの偽物は、多くの鉄兵器を廃材にした痕、バカを卒倒させた痕、この街を守ってきた痕、傷だらけであったがどうみてもそれはただの鉄くずでしかなかった。刃がついているわけでも、銃でも、レーザーでもない。武器と呼ぶにはあまりにも粗末なおもちゃでしかなく、その特徴は頑丈さと刀身の長さだけである。それがここまでの威力と脅威となるのだ。その理由など、彼女には一生かかっても理解できないだろう。
「もう一度言う。この街から出て行け。血を見る覚悟がないなら、己の血でこの俺にそのレッテルを貼るつもりでないなら、意思無きあんたらにこの街は相応しくない。もっとましなホームタウンに帰ってそのスクラップを有効に使うんだな、軍人さん」
チュウカは偽中華包丁の焦点を変えずそのまま向け続ける。対して彼女はゆっくりと目を閉じた。息は吐いていない。無論、チュウカには彼女が何を考えているかなど分からない。正義について考えているのかもしれないし、チュウカを捕縛する手段、最終措置として殺すことまで考慮しているのかもしれない。チュウカが裏街を爆撃されれば、多少は態度を変えるかと思っていたのかもしれない。しかし、事実としては彼が好戦的であることに変化はない。だから今後の行動を考えているのかもしれないが、実は何も考えていないのかもしれない。言葉など最初から聞く気がないのかもしれない。本心はわからないが、彼女がなにかを諦めたことだけは分かった。
「撤退します」
「……へ?」
「聞こえなかったの? 総員に通達。これにて作戦は終了。全作戦行動を中止し、直ちに帰還準備に取り掛かれ。……返事は?」
「りょ、了解!」
「おい、どういう風の吹き回しだ?」
チュウカは彼女が部下に命令下し、次々と戦車が裏街から、そして表街から姿を消していく状況に対して普遍的な疑問を抱いた。無論、彼女がこれに答える道義はない。
「我々は破壊行為を命令されていたわけではない。現在俗称としてチュウカと呼ばれる一級愚犯……非行少年を逮捕することだ。警察も日々手を焼き、捕まえることは愚かその居場所を特定することさえ困難なのだとか。新機体の実践投入という裏の目的ももちろんあったが、そんなことは私には関係ない。任務外のことだ」
彼女は修理はまだかと、戦車内部の人間に呆れた同情の声で問う。残念ながら、反応は芳しくなかったようだ。
「彼も言っていたが……ほんと、よくやってくれたな。私の愛車もスクラップ寸前だ。やれやれ」
「……捕まえるべき犯罪者は目の前にいるぞ」
チュウカのきつい睨みに対して、彼女は既に、もう優しい目になっていた。高々と高く笑い飛ばす余裕なら確かに残っているだろうに。ただ、微笑みだけで済ませて言った。
「お前は本当に都市伝説みたいだよ、噂は真だった」
彼女はそれだけをチュウカの目線に合わせて言うと、目線を本来の方向へ戻した。
「報告。対象はロスト、生死不明、こちらの被害甚大。以上より任務続行不可と判断し、これより帰投する。詳細は追って報告する。以上」
こうして軍はチュウカの目の前から消えた。意外で拍子抜けな幕引きかもしれないが、それがすべてである。
ーーあまり悪さするなよ、またここに来るのは骨が折れる。
ーーそれはお互い様だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます