三崎先輩は俺のエロ奴隷になりたい

大塚零

プロローグ

「ねぇ、たちばなくん」


 夕焼けの赤が部室を赤く染める中、三崎みさき先輩はふいに俺こと橘裕貴たちばなゆうきに話しかけてきた。

 オセロの盤上から顔を上げるとそこにあるのは夕日に照らされた三崎みさき先輩の顔。いつもミステリアスなものであるのにこの時はより幻想的ものに映った。


「なんでしょうか、三崎みさき先輩」


 三崎みさき先輩は学年が違う俺のクラスにまでその話が届くほどの美人だ。この学校に通う男子生徒はみな三崎みさき先輩に対して憧れを抱いているだろう。

 もう大昔の表現になるが学園のマドンナやらアイドルといったものである。


 ならば現在、学校内とはいえそんな三崎みさき先輩と部室に二人きりであるという事実は俺に並々ならぬ緊張を与えている――ということはない。

 それは何故かって? それはこの後に続く三崎みさき先輩の言葉を聞けば分かるだろう。


たちばなくんはいつになったら私にエロい命令をするのかしら」

「しませんって」

「私はたちばなくんの専属エロ奴隷なのよ。それなのにしないの?」


 などと妄言を吐いてくるのだから、緊張もなにもあったものではない。


 いや、まぁ、そりゃ最初の方は俺専属のエロ奴隷!? あの三崎みさき先輩が!? みたいな事を思ったのは確かだったけど結局は未だにそれらしいことは一切していなかった。

 厳密に言えば多少なりともやったのだがなんというか先輩はアレだった。


「いや、無表情のままで淡々と処理するかのように奴隷ムーブしてもらっても嬉しくないので……」


 三崎みさき先輩は壊滅的にエロい雰囲気を作るのが下手くそだったのだ。

 なんというか一度だけメイド服でご奉仕、みたいなことをやってもらったのだが全くの無表情ですごく怖かった。

 あれから今に至るまでがこの調子だ。


「……難しいわね」

「いや、三崎みさき先輩そんなこと頑張んなくたっていいんですよ? 俺としては三崎みさき先輩と部室でオセロしているだけでもすごい楽しいんで」

「私は……もう少し、何というのかしら……」


 三崎みさき先輩は無表情のまま対面にある俺から視線を外して、中空にやる。

 口元に人差し指を当てて、それがまた様になっていた。まるで物語の探偵のようだろう。


「そう、アレよ」

「アレってなんですか」

「いちゃらぶ、よ。アレが足りないの」


 そんな演劇部ならば嫉妬せざるようなえないような様になった振る舞いを自分で破壊するような言葉を三崎みさき先輩は吐いた。


「はぁ」


 なので俺がこの様な反応をしてしまうのも仕方ないだろう。


「いちゃらぶですか、三崎みさき先輩」

「ええ、いちゃらぶ。恋人同士ってそういうものなのでしょう?」

「いや、まぁ、そりゃそういうことやるでしょうが。俺と三崎みさき先輩がですか?」

「他に誰がいるのかしら、たちばなくん」


 三崎みさき先輩にはそこそこ慣れてきたが流石に三崎みさき先輩の口から恋人という単語が出るとドキッとしてしまう。

 そう、俺と学校一美少女のである三崎みさき先輩は主と奴隷(※三崎みさき先輩の妄言)だけではなく恋人同士なのだ。

 とはいえこんなこと公になってしまったら俺が全校男子生徒からどんな目に遭わされるかわかったものではないので内緒にしてるのだが。


「じゃあ、手でも握ってみます? オセロの最中ですけど」

「ええ、やってみましょうたちばなくん」


 試しに三崎みさき先輩の手を握ってみる。先輩のひやりとした体温と柔らかな感触が伝わってくるのだが――先輩の目が怖かった。

 じっと無表情で繋いだ手を見ているのだから繋いでいる俺としては非常に居心地が悪い。

 なので少しでも俺は場の雰囲気を和らげようと話を振ってみた。


「えっと、どうです手を繋いでみて」

「そうね、たちばなくん。……いいかしら?」

「はい、どうぞ」

「右手を握られるとオセロがやりづらいわ」

「……あ、はい。すいません」


 こんな風に万事が万事こんな調子でちっともそういう雰囲気にならないままだ。

 これが俺と三崎みさき先輩――三崎静乃みさきしずのの恋人となった放課後の光景である。

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