第17話


「……………ん。お邪魔してる」


「お、今日はレイも来てたのか。…よりにもよってこんな日に」


 レイはこれまでにもちょくちょくミアと一緒にうちに来ていた。気が向いた時に来ているらしい。


「ん……。今日はやめとけばよかった…」


「ですねぇ。今にも雷落ちそうですし、今日はさっさと…」


 と、ソフィアが言いかけたとき、ピカッ!と空が光った。


 ドーン!!

 直後、派手な音がし、レイの体がビクンっと跳ねる。


「……お前今呼んだだろ」


「いやいやいやいや!言いがかりにも程がありますって!」


「………………うぅ。ソフィア、やめて」


「そうだよソフィアちゃん!レイがかわいそう!」


「酷くないですか!?」


 にしても、どうするかこの天気…。帰るにしても、ずぶ濡れになって風邪を引いたら嫌だし、なにより危険だしなぁ。


「とりあえず、両親が帰ってくるまで待つか」


「そうですねー。あの二人なら何とかしてくれそうです」


 とりあえずすることもないので、適当にソフィアをからかっとくか。

 …返り討ちにならないか心配だが。





「ただいま、帰ったぞー」


「あ、おかえり」


「おかえりなさい。エマさん、ヘンリーさん」


「あらあらソフィアちゃん、まだ居たの?……この雨で帰れるかしら」


「あー、お二人でも何とかならないですかね」


「うーん、なることにはなるけど…」


 よく見れば、エマは一切濡れた様子がない。恐らく風魔法でどうにかしたのだろう。

 …ヘンリーがずぶ濡れなのは、どうせ仕事先で女性を見ていてエマに魔法を使ってもらえなかったとかそんなところだ。


「そうね、やっぱり送っていくわ。ちょっと濡れちゃうかもだけど勘弁してね?」


「あー、それは大丈夫なんですが…」



「えっと、その、私たちも……」


「………………ん。お願い、できる?」


「あ、あらあら。うーん、おうちに送るくらいは普通に出来ると思うけど…」


「けど?」


 と、聞き返すと、エマはパンと手を叩いて


「賑やかだし、お泊まりしていったらどうかしら?部屋は空いているし、なんならランの部屋で寝てもいいわよ?」


 と、言った。


「え、えぇ!?本気ですか!?、」


 あー、正直めちゃくちゃ疲れそうだし、あまり気は乗らないが、まあ手段としてはありなのだろう。


「けど、連絡手段はどうするんだ?こんな天気じゃ鳩なんて飛ばせないだろ?」


「おっと、そこは私の出番かな。私のチィならこのくらい雨はなんとかなるだろう」


 ヘンリーが自慢げに鳩を手にのせる。どうやらヘンリーの鳩、チィは特別らしい。

 なるほど、いつもヘンリーの肩に乗ってるのを見てたが、そんなに優秀だったのかお前。


 俺は心なしか胸を張っているようにも見える鳩を見て、


「…大丈夫そうだな。じゃあ問題ないか」


 まあ、大丈夫だろうと判断した。

 だがその判断に反論する者一名。


「は、はぁ!?ほ、本気ですか?マジなんですか先輩!!」


「え、おう。まあ実際この中帰るのは危険だし、いいだろ」


「い、いや、確かにそれはそうですけど…」


「それに、あの二人も乗り気みたいだぜ?」


 そう言って後ろを指すと、



「お、お泊まりだって!楽しみだね!」


「…………ん。ランとソフィア一緒。賑やかになりそう」


 そんな声が聞こえてきた。


「ほらな?」


「う、うぅ……けど、けど…」


 そう言ってソフィアは少し俯きながらごにょごにょと意味の無い言葉を吐き出す。

 …………………………。


「あれれ?ソフィアさん?何がそんなに嫌なんですかね??たかが子供が、たかが7歳児がお泊まり会するだけなのに何考えてるんですか?」


「なっ!?」


 だれかさんのちょっと口調を真似てみたが、どうやら効果覿面だったようだ。


「何いってんですか!べ、別になにも思ってませんよ!というかなんですかその喋り方ムカつきますねぇ!」


「いやぁ?別になにも考えてなかったらいいんだ。ただ異常に顔赤くして嫌がってたから何を考えてるのか気になってだな??」


「………………」


「(*´ ∨`)」



「………………………んんっ」


 あ、やべ。やりすぎた。こいつ冷静になりやがった。



「ふふ、私はただ先輩が臭そうだから嫌がっただけですよ?」


「なっ…はあ!?」


「だってそうじゃないですかぁ。先輩いつもいつも汗かきながらトレーニング?してますしー、なんか体に汗臭さ染み付いてそうって言うかー、そんな人と寝るとかマジありえないというかー?」


 なっ、こいつ…!

 いや分かってはいるぞ。これは本心では無い…のだろう。所詮負けそうになったからなんとかひねり出した攻めの一手でしか無いはずだ!

 …いやけど男臭ってめっちゃ気になるって言うしな…。今は嘘でも実際にそんな状況になったら本当になってしまう可能性も……!


「あれあれ?先輩どうしたんですか?もしかして自覚ありなんですかー?今ならごめんなさいって言えば「なあ男部屋と女部屋で手を打たないか?さもなくばさっき顔が赤くなってた事の説明を」…それで行きましょう」


 お互いに3秒ほど睨み合う。



「じゃあミアちゃん、レイちゃん、借りる部屋に案内してもらいましょうか!エマさん空き部屋ってどこら辺にありますー?」


「じゃあ、俺は自分の部屋に戻るから」


「「「「え?あ、うん」」」」


 俺は真っ直ぐ部屋へ向かう。決して後ろを振り返ることはしない。

 …………今日のところは引き分けだな。






 その日の夜。俺は何故か寝つけず、外を眺めていた。

 ……今日はあれからもう一悶着あったし、賑やかすぎて脳がビックリしているのだろう。



 雨脚は未だに弱まる気配はなく、勢いよく水滴が窓を叩いている。

 雨は嫌いではない。むしろ好きだ。しとしとと降る雨の音も、激しい雨が窓を叩く音も、こころを穏やかにさせてくれる。


 …ただ、ただこの雨はなんだか不安をかき立てられるような………。




「…そろそろトイレ行って寝るか」


 俺は部屋のドアを開け、廊下に出る。すると、淡く光る人影が眼に止まった。


「……ミア?」


 ミアは突き当たりを左に曲がり、視界から消えていく。

 ………左?


 屋敷の構造を把握していない俺でもそっちの方向には何があるか分かる。

 ーーー毎朝走りに行く時に通る道だから。


 その先には玄関、そして未だ強い雨と雷が大きな音を鳴らす外しかない。

 そしてそのことはいつもうちに出入りしているミアも知っているはずだ。


 ……嫌な予感がする。



「先輩!」


 後を追おうと足を踏み出した瞬間、後ろからソフィアの声が聞こえた。

 そちらに目を向けると、ソフィアとレイが焦った様子で走ってくるところだった。



「っ!ソフィア!今ミアが」


「ミアちゃんを見たんですか!?どこへ!?」


「……そこの突き当たりを左に」


「はぁ!?左ですか!?見間違えじゃなくてですか!?」


「………………そっちは出入口しか」


「ああ、そうだ。俺は後を追う!2人はこの事をエマとヘンリーに!」



「っ!…私もついて行きます」



「ダメだ。待ってろ」


「嫌です」

「…………私も、ミアが心配」


 俺は2人と睨み合う。あの時のミアはどこか普通じゃなかった。それにこの雨だ、危険すぎる。




「……先輩はまたそうやって一人で行っちゃうんですか」


「っっ!!おい!今それを言うのは!」


「ええ分かってますよ!これがとてもずるいことだってことぐらい!!……けど、けどっ!もう嫌なんです。嫌なんですよっ……!」


 …………………………っ。


 そんなことを言ったら俺だって、俺だって…!



 お互い何も言えずに居ると、黙っていたレイが口を開いた。


「………んっ!ミアが心配!私には二人が言ってることは分からないけど、今時間をかけなきゃいけない?」


 レイが訴えかけるような、そして今にも泣き出していまいそうな目でこちらを見てくる。



 …………………だあっくそっ!


「来るなら来い!どうなっても知らんからな!」


「はい!」

「ん!」


 くそっ、つまらない葛藤に時間を使いすぎた!レイの言う通りだ…、今は早くミアを!


 俺達は急いでさっきミアが通った道を通り、玄関の戸を勢いよく開けた。





 ーーーーーーーー瞬間。



 ピィ、と何かが鳴くような音とともに、


 いつだかに味わったことのある浮遊感が俺たちを襲った。

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