行動研究部活動記
茅葺和尚
行動研究部 活動記①
「
そう言っていつものようにスマホの画面を見せてくるのは1年の
「どうした、また面白そうなの見つけた?」
「はい、また晒しなんですけど……。」
どうしたことか、今日の花恋にはいつものような元気がない。
「どれどれ」
俺は花恋が差し出してきたスマホの画面を見る。
「花恋、もしかしてこれ、晒されてるのって」
「はい。おそらく
俺と花恋はネットや現実での人間の行動にたいして、首を突っ込んでみたらどうなるのかなどを日々実験して楽しんでいる行動研究部に所属している。普段活動しているのは2人だけだが、うちの高校では4人以上の部員がいなければ部活動としては認められないから一年前から幽霊部員と化した2年生3人を除名せずにいる。さっきの悠貴はそのうちの1人だ。花恋とは1度だけ顔を合わせたことがあったはずだ。
晒し内容を見ると、対人競技で悠貴が不正をして審判によって負けを言い渡されたみたいだ。
「なるほどね、というか俺この時会場にいたわ。急に会場がざわついて何事かと思ったけどこれだったのかな。」
俺はあくまでも勝敗時の相手の反応を見るために悠貴と同じ競技をやっている。お互い負けたら終わりの状況だと勝っても負けても相手の反応が面白いからやめられない。おっと、話がそれた。
「とりあえず悠貴に連絡してみるか。どう反応するかはそのあとだね」
「はい。悠貴先輩、少ししかお会いしたことないですけど、すごくいい人そうに見えたので、少し心配です……」
花恋の同意も得られたので、俺は悠貴に連絡を取る。するとすぐに返事が来た。
「なるほど、たしかに悪いのは俺で反則負けになった、だって。」
「そんな……」
俺が送られてきた文章を読み上げると、花恋は哀しそうな表情を浮かべる。
「あ、でも、俺はミスをしただけで不正は故意じゃないって。」
「なら少しだけ安心しました。」
そしてその後の返信で急に騒がしくなったのはそれまで終始無言だった相手が審判を大声で呼んで大声で状況説明をしたからだとわかった。そして、大声での説明のせいで悠貴の説明が審判に通らなかったこともわかった。そして、俺が何より気になったのが、
「悠貴のやったミス、厳重注意とペナルティはあるけど、これだけで負けになるミスじゃないな」
ルールブックで確認したけど、やはり負けになるようなものではなかった。
「でもまあ、今回悠貴がミスをしちゃったという事実はあるわけだから、普段より控えめにやるけど、大丈夫?花恋」
「はい、先輩がそういうなら、それでいきましょう」
行動研究部(首突っ込み部)始動である。
「俺は悠貴やほかのこの競技をやってる人にフォローされてるから今回は俺のアカウントを使おう」
「はい」
俺は少し文章を考え、晒した側の文章のリンクを貼り付け(引用ってやつ)、文章を投稿した。
「先輩、どんな文章を投稿したんですか?」
「相手から反応があるか、部活が終わる時間になったら教えるよ。」
こんなやりとりをしながら少し待つと、相手の反応を確認することが出来た。俺の投稿のスクショと『 なんの反論にもなってないクソ引用。知り合いならなんでも擁護するんだな』という言葉がセットで投稿されていた。
「これだからバカは困るんだよな……」
俺が呆れたため息を漏らすと、花恋が
「先輩、クソ引用だなんて、一体どんな投稿したんですか?控えめにやるんじゃなかったんですか?」
と聞いてくる。
「じゃあ、はい、これが俺の投稿。」
俺が投稿した文章の内容は、悠貴の相手が大声をあげたこと、それによりジャッジを萎縮させたり悠貴の声が通らなかったりでミスジャッジを誘発させたこと、ミスジャッジなのに晒すのはやばいなという個人的感想、本来のルールはこうだから敗北にはならないという事実とルールブックのスクショ、これだけだ。
「先輩、これ、悠貴先輩の対戦相手の文言、おかしくないですか?」
「よかった。花恋は気づいてくれたか。」
俺が花恋が気づいてくれた喜びと安心を噛み締めていると、
「おはよーございます。すみません、遅くなりました」
部室の入口から、のんびりとした声が聞こえてきた。
「ちょっと
花恋に注意され、ぺこりと頭を下げる茉衣。茉衣は花恋と同じ1年で、数日前から体験入部中である。
「まあまあ花恋、うちはゆるくやってるしそんなに怒らなくていいよ。茉衣、ちょうどよかった、これみてどう思う?」
「由貴さん責められちゃってるじゃないですかー。部長なんだから、しっかりしてください」
俺はさっきのやり取りを茉衣にも説明するが、茉衣はピンと来てないようだ。
「茉衣は、この人が言ってること少しおかしいって、わからない?」
「うーん、微妙なところです」
「じゃあ説明するね。この投稿にある擁護、という言葉の意味は『侵害、危害からかばい守ること』と辞書には載っている。でも俺の投稿にあるのは、うるさかったという事実、これは悠貴側の意見が含まれているけど、俺も会場にいてうるさかったと感じたから客観的事実ととることも出来る。あとは俺自身の感想。ミスジャッジなのに堂々と投稿するのやばくないかという個人的意見。そして正しいルールの紹介。さてここで花恋に問題です。この俺の投稿の中に悠貴を擁護する文面はあるでしょうか?」
「ありません!」
「正解。もし俺がこの投稿に、悠貴はミスしちゃっただけだから悪くない、と書いちゃうとそれは擁護になってしまう。でも俺はもちろんそんなことは書いてない。ミスとはいえ本人も対戦相手には悪いことをしたと言ってるわけだから、俺が悪くないなんて言うのはおかしいだろう。なのになんで擁護なんて書いちゃってるんだろうね、この人。どんな晒し方してくるのか楽しみにしてたのに、幼稚すぎて楽しみが半減したよ。」
「おおー、由貴さん、名探偵みたい」
茉衣が感嘆の声をあげる。
「ちなみに、相手はなんの反論にもなってないとも言ってるけどこれは当たり前の話で、俺は元々反論なんてしてないからね。ここでなんの反論にもなってないって言うことで、『確かにそうだ』と思う頭の悪い人は何人もいると思うけど、そもそも反論を投稿した訳では無いという事実に気づける賢い人間になることが大事だから、2人にはそういう人になってほしいと思う。」
「はい!」
2人の元気の良い声が部室に響き渡る。
「でも先輩、先輩が言う『頭が悪い人』は、先輩のことを悪者だと思ってるんですよね。このあと対応どうしますか?」
「そこが問題なんだよね。反応されたくて投稿したし、反応することは読めてたけどまさか相手がここまで的外れな意見しか投稿しないとは思わなかったからね。さっきの説明そのまましてやってもいいんだけど…」
ちなみに反応されたい場合は相手に通知が行くように相手の投稿を引用する。反応されたくない場合は相手がやったようにスクショを撮って投稿する。これは基本だから覚えておいた方が良い。
「なにか問題でもあるの、由貴さん」
「うん。俺は俺の意見が変な解釈をされたことについての意見を言いたいだけなんだ。だからここから先は完全に俺と相手との議論になる。怖いのがその1対1の議論に全く関係ない、」
「悠貴先輩が巻き込まれること、ですか?」
「そうなんだよね。日本語すら理解出来ていないのはさっき証明済みだからね。これからもどんな行動を起こすかわからないから慎重にことを進めないとね。今度こそ『反論』したあとの相手の反応は気になるけど」
「先輩、それは少し言い過ぎでは…」
「おっと失礼、まあ慎重に行動するに越したことはないね」
「うーーん。難しい。」
茉衣が悩む。俺も花恋も悩む。気がつくと結構な時間になっていた。
「2人とも、そろそろ下校時間だし今日はもう帰ろう。」
「先輩、このあとどうするか決まりました?」
「うん、だいたいね。ただ、まだこれが正解なのかわからないからとりあえず保留かな」
「しょーちしました」
茉衣が返事する。
「茉衣、ごめんね。普段はこんな重い活動なんてしない気楽な部なんだ。今日みたいに引用して、『ブロックしてきた!都合が悪かったのかな』とか、『伸びた!みんな共感してるんだな』とか反応伺って楽しんでる部活だから、気が向いたら入部してくれると嬉しいな」
「らじゃー、です」
「先輩、私という女がいながら、別の女の子を誘い入れようと…私じゃダメなんですか…」
俯いた花恋が、俺のワイシャツの裾を引っ張る。
「いや別にそういうつもりじゃ、かれ……」
「なんて、冗談ですよ、先輩。私の演技すら見破れないなんて、行動研究部長失格ですよっ」
花恋の満面の笑みを見て、さっきまでの悩みはどこかへ消えてしまった。それと同時に、俺が部活を引退した後、この部室をこの笑顔しかない空間にしてはいけないと強く思った。
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