カウント 8
わたしは一体何について怒っていたのか分からなかった。
初めてできたともだちの命がないがしろにされて怒っていた――なんてほどわたしはいい人間じゃない。
きっと、自分が同じような目に合うのが怖くて、そんな世界が許せなくて、その世界を作り出している元凶さえ無くしてしまえば怖いものがなくなるとそう信じていただけで。
でも――
やっぱりわたしにも守りたいものがあったみたいだった。
「……なんなの……これは……」
背筋が凍る、なんて程ではありませんでした。身の毛がよだつ、というよりも、体中に恐怖が駆け巡って、体が少しも言うことをきかなくなって、自分のものではなくなるような――
(いけない!)
私は我に返りました。思わず幽体離脱しそうなほどの恐怖というか、絶望のようなものをそれから感じました。
「コトちゃん。あれは――」
「そう――ね。とうとう、現れてしまったみたいね」
赤黒いシルエットが空に空いた穴から姿を現しました。
それは人の形をしていましたが、存在そのものがあやふやで、シルエットが動いているようなそんな印象を受けます。
「『
「魔法天使!うしろうしろ!」
「分かっている!」
「本当にボケキャラになり果てちゃいましたね」
こんな状況でもボケられるセラちゃんに私は呆れてしまいます。
「あれが世界を滅ぼす存在か。思ったよりもしょぼいものだ」
振り向いて
幹の顔は凍り付いていました。言葉ほど殊勝な状況ではなさそうです。
そして――全ては一瞬でした。
瞬間移動というよりもまるで空間をそこだけ切り取ってしまったかのように
ぐちゃり。
ぷしゅう。
冗談のように湿った音が響き渡りました。辺りはまだワームとの戦闘が続いていて騒がしいというのに、不気味な音だけはやけにはっきり耳に聞こえてきます。
そう――それは生命の散るときの音――
「大丈夫ザウルスか?」
幹をかばい、まだ見ぬ絶望ロストの腕に体を貫かれた雷が首を後ろに傾け、幹に尋ねていました。
「一体――どうして――」
幹の開いた口から呼吸をするように自然と言葉が漏れていました。
「どうしてパフか!どうしてパフィーを助けるパフ!ライはパフィーを貶めようとしていたんじゃないパフか!なのに、なんで!なんで!パフィーをかばって――!」
「そんなの――当たり前ザウルス。ライはパフィーの――」
ぐちゃぐちゃぐちゃ。
ぷしゃぁ。
肉の抉られる音と、血液が体から噴き出す音が聞こえます。
『心臓ですか』
「というか、しゃべった……」
「どうかしたの?フキちゃん」
凍り付いた表情で、ピクリとも
「いえ。さっきまだ見ぬ絶望ロストがしゃべったような――」
「……」
少しの間の沈黙の後、コトちゃんは言いました。
「私たちには聞こえなかったわ」
「!?」
でも、その傷口は人間が切られてけがをしたというものよりも紙をハサミで切ったような感じでした。
血の一滴も滴り落ちてはいません。
『ふーん。なかなかに面白いことをしているようですね』
そこには一対の剣を持った少女が一人立っていました。
「わたくしは未だ答えが出せませんわ」
ホームラン宣言をするように魔法少女リナは
「でも――」
リナさんは
「リナさん!ダメです!」
どうしても私はリナさんが勝てるような気がしなかったのです。
リナさんの周りに陽炎のようなものが現れます。そして、肩のパーツが少し開きます。
セラちゃんの時と同じ、戦鬼を発動するのでしょう。
そして、世界は凍りつきました。
時間が止まり、この世界で動けるのはリナさんと私と、そしてもう一人――
「理屈なんてもう、どうでもいいのですわ!自分がどう思っていたとかなんて、そんなちっぽけなこと!」
リナさんは真っ直ぐにまだ見ぬ絶望ロストへ剣を突き立てます。そして――
「どうして動けますの!時は止まっているはずなのに!」
『どうやら、根本的な間違いをしているようですね』
『この能力はその他の全てを凍り付かせるわけではありませんよ。むしろその逆で、あなたの周囲に結界を張り、その世界とこの世界を断絶しているだけなのです。つまりは――あなたが高速で動いているだけであって、こちらも同じ原理で光の速さで動けばいいという、それだけ』
突如として遠くから轟音が響きます。音が聞こえるということは時間が元に戻ったということでしょう。
そして、気がついたときにはもう、
『蹴り飛ばした時に首にクリティカルヒットしましたからねぇ。生きているかどうか』
雷の心臓は主の体から離れてもなお、まだ不気味に艶めかしく動いていました。
口なんてなかったシルエットから突如、円形の穴が開きます。あの穴の周りには牙のようなものがびっしりと生えていました。
じゅちゅ。ぐちゅぐちゅ。
まるでみずみずしい果物を味わうかのように
『やっぱり、模造品は質が悪いです。はっきり言ってマズいですよ、これ。やっぱり養殖よりも天然ものですよね。あぁ、さっきの子を蹴り飛ばしたのは間違いでしたね。首を蹴り飛ばしたんだから、首の骨が折れているでしょうし、下手をすれば体と頭が離れてどこかに転がっているかもしれません』
私はただただ純粋に恐怖を感じました。
人を殺すことを何にも思わないなどと思っている人はその実、凄く気にしていたりするというのが現実です。
けれども、目の前の怪物はそういうものではありませんでした。
人間を自分と同列であるとさえ思っていない。
まるで食事だと考えている。
『ところであなた』
目のない顔と私との視線がぶつかります。
『私の声が聞こえていますね。そのくせ、何もしていない。時間を止めることだってできる。それほどまでのはざーどれべるを有しているにも関わらず、あなたは何もしなかった』
『気に入らない』
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