12th contact こたえ
「コトちゃん!どうすれば!」
テレビ一面に映し出されたキワムさんの姿を見て、私はいてもたってもいられなくなります。テレビの中のキワムさんはボロボロで、ぼろ雑巾のようでした。そして、テレビの向こうのあの子――コロネちゃんに似た子と黒い髪の子はキワムさんを処刑すると言いました。
「まず、落ち着きましょう?フキちゃん」
コトちゃんはどこから作ってきたのか、私に昆布茶を渡します。
「あったかいものどうぞ。フキちゃん」
「あったかいものどうも。コトちゃん」
私はコトちゃんから昆布茶を受け取りました。外は雪が降るほど寒いというのと、私がもとより猫舌というのがあって、昆布茶はより一層熱く思えました。猫舌なので十分に冷ましてから飲みます。
「私が子どもの頃はもっとひどく雪が降ったものだけれど、最近は温暖化なのか少ないわね」
「そうですね……」
混線していた頭が少しずつ落ち着いてくる気がしました。
「これからどうしましょうか。コトちゃん」
「どうもしなくていいんじゃない?フキちゃん」
「どういうことですか?」
私はコトちゃんの顔を覗きます。にこりと笑うでもない、けれども怒っている風でない、普通の顔をコトちゃんはしていました。
「フキちゃんがどうするかってこと。私はどうだっていいの」
「それは――どういうことなの?」
眉の方に自然と力が入ります。私は眉をしかめていることでしょう。
「コトちゃんはキワムさんを助けに行きたくないの?本当に殺されちゃうかもしれないんだよ?」
殺される、という言葉を自分で言って、その言葉の重さに体が震えてしまいました。誰かが消えてしまったり、心を失ってしまったりという状況は体験しましたが、本当に亡くなってしまうというのは初めてのことで、どんなことなのかも分からなくて。だから、いいえ、そうでもなくてもきっと恐ろしいものなのでしょう。
「アイツが来るなって言ってるんだから、行かなくてもいいんでしょう。それよりも、私たちにはやることがあるわ。エボルワームを探し出して、世界の危機を救わないと」
そうです。その通りです。でも――
「でも、私はキワムさんを助けたいです!見殺しになんかできない!」
「あのバカを助けている間にロストが誕生してしまっても?」
そう言われてしまって、私は悩みます。どうすればいいのか――
「両方、何とかしたいです。キワムさんも救って、世界も救いたい」
「でもね、フキちゃん。世界はそんなに甘くない。片方を救えば片方が救われなくなる。そんなルールなの。それでも、あのバカを助ける?」
一人の命とその他多くの人々の命。どちらをとればいいかなんて簡単な話――なのでしょうか。世界を救うためなら、たった一人の命を犠牲にしてもいいのでしょうか。一人の命を助けるためなら、その他の命をないがしろにしていいのでしょうか。
「私は――」
答えなんてでませんでした。どちらも大事で、どちらも大切。だから、世界を守りたいと思うし、誰かを守りたいと思うんです。
「意地悪なことをいってごめんなさいね」
コトちゃんは私を抱きしめます。厚手のジャケットの感触が柔らかくて気持ちがいいです。
「きっとフキちゃんはどちらも選べないって分かってた。それに、きっとどちらかだけを選ばなくてもいいんだって私は思う。私はずっとどちらかしか選べないと思っていたもの。でも、それはきっと違う。どちらかしか選べないなら、どちらも選ばなくてもいいし、両方とも選んでしまってもいいの。ルールなんて守る必要はないわ。必要なのは、世界の敵になる勇気。どちらも選ぶのなら、それが必要」
コトちゃんは私の耳元でささやきます。温かい息が耳にかかり、私は蕩けてしまいそうでした。
「なるほど。これなら、男性でも女性でもイチコロなわけですね……」
「大丈夫?フキちゃん?」
私はしばらくした後、我に返りました。
コトちゃんが悪いことを考えていたら簡単に騙されてしまうだろうと思いました。
「ありがとう。コトちゃん。私は、キワムさんを助けに行く。そして、世界の危機も回避してみせる。具体的にどうすればいいのかはわからないけど、キワムさんを犠牲にしてまで私は世界を救いたくないから。キワムさんもコトちゃんも笑っていられる世界が私は欲しいから!」
そう、とコトちゃんは寂し気に笑って見せます。
「でも、フキちゃん。自分の幸せも考えてね。今のフキちゃんは――そう。とっても危ういの。手を離してしまったら、すぐにどこかに行ってしまいそうで――」
私はコトちゃんの手を握ります。そして、笑顔で言いました。
「大丈夫!私は絶対にコトちゃんのもとに帰ってくるから!コトちゃんを悲しませたりはしないから!」
コトちゃんの抱いている不安は私が抱いていた漠然とした不安と一緒なのだと思いました。ソラさんが私をかばってしまう前のあの不安ななにかなのでしょう。
私はコトちゃんにそんな気持ちを抱いて欲しくありませんでした。だから、コトちゃんを安心させるように笑顔でいようと思いました。
「でも、今は休みましょう?私も疲れたし、フキちゃんは大分コテンパンにされたようだから」
「でも、時間が――」
2日後にはキワムさんが処刑されてしまいます。
「焦っても仕方がないわ。あれほど大々的に宣言したんだから、時刻の前までに処刑を実行することなんてあり得ないわ」
その言葉を聞いて私はふと疑問を持ちます。
「そう言えば、あんな大々的に処刑をするって言っていいものなのかな?なんだか新本ってそのあたり、いろいろとあるのに」
そうね、とコトちゃんは眉をしかめて言います。
「それほどまでに新本の内部は腐ってしまったということだと思うわ。妖精という機械どもが侵食していったのね。今や新本は――いいえ、この世界中が妖精の手の内にあると言っていいでしょう」
なんだか恐ろしいことになっているのだと私は思いました。妖精さんは確かに、色々と問題もあったり、みんなから嫌われていましたけど、私は、きっと必死なんだと思っていました。ただ、真面目過ぎるだけなんだと――
「万全を尽くしてキワムを助けないといけないから休みましょう。向こうも、あの戦姫とやらは確実に出てくると思うから。それに、多くの魔法少女も出てくるでしょうから、その作戦を立てましょう?」
「そうだね」
ただ、この先どうしていけばいいのでしょうか。帰るための道場にはもう帰れません。
「どこに泊まろうか」
「私は休憩もできるホテルでいいわよ」
「意味は分からないですが、とても貞操の危機を感じるね!」
私に愛情を向けてくれるのはありがたいのですが、時々コトちゃんの愛が恐ろしく感じます。
「なら、フキちゃんの家に行きましょう?私、フキちゃんの家に泊まりたいわ。それに、私はフキちゃんにお話しないといけないことがあるから」
帰るとすればあの場所しかありませんでした。ここから少し遠いので、辿り着くころには外は真っ暗でしょう。
「分かりました。コトちゃん。行きましょう!」
今はもう誰もいないことが分かっていて、その寂しさが恐ろしくて、私は自然と自分の家を避けていました。けれど、きっと、向き合わなければならないのです。
コトちゃんもまた、問題と向き合うことを決めたようでしたから。
冬はあっという間に外が暗くなります。所々、まだクリスマスのイルミネーションが外されていないお宅があるので、私の目を楽しませてくれました。
「ただいま」
家には誰もいませんでした。
2年前から両親と住んでいた家。最近は色んな人が住んでとっても賑やかになった家です。けれど、帰ってきたのは私だけでした。
「静かですね。自分の家じゃないみたい」
「……そうね……」
私は靴を脱いで家を上がった後、もしかしたら伏兵がいるかもしれないと思ったのですが、コトちゃんはいないと言いました。
「今はいないみたいね。多分、家の中は隅々まで調べられているだろうし、盗聴器なんかもあるかもしれないわ。でも、魔法少女たちはここには来ないでしょう」
「どうしてですか?」
私は床に圧しピンでも落ちていないか気をつけながら進みます。あれ、足の裏に突き刺さるととても痛いです。
「あいつらの目的がはっきりしたもの。あいつらは結局のところ、世界の危機に関して重要視していないわ」
「そんな……」
コトちゃんの言うあいつらというのは妖精のことでしょう。
「でも、妖精さんも世界が滅びれば大変なことになるんじゃないですか?」
リビングまで辿り着いて灯をつけます。部屋の中に押し入られたようなことを言っていたのでとてもひどいことになっているのだろうと思っていたのですが、リビングはとても綺麗でした。散り一つなく、そして、コロネちゃんの誕生パーティの名残も綺麗に片づけられていました。
つまり――
「出た時よりも綺麗になってますよ!生ごみもきちんと捨ててあります!」
冷蔵庫を見ると、賞味期限切れになっているものが一つもありませんでした。
「なんたる丁寧さ――」
「妖精の仕業、でしょうね。台所を綺麗にする妖精とか小人の昔話もあるくらいだし。綺麗好きにも困ったものね」
「一家に一匹欲しいです」
「やめておきなさい。あんなの、飼うだけで神経が磨り減るわ」
コトちゃんはソファに腰かけます。私もコトちゃんの隣に座りました。
「妖精というのはね」
コトちゃんは重い口調で言います。
「人の願いの塊なの。魔法があったらいい、魔法少女になりたいとかそういう願いが固まってできた存在。今となっては検証しようがないけれど、きっとサギノミヤもそんな存在だと思うわ。そして、そんな存在だからこそ、殺すことなんてできない。消滅してしまっても、生き返る意思があればすぐにコンティニューしてくるもの。妖精がそのまま死を望むっていうチャンスにもかけようと思ったけれど、妖精を確実に殺すには、世界中の人々を殺すしかなかった。私がロストに手を出したのはそんな理由なの」
妖精を、運命を憎みたい気持ちは私にもよく分かりました。けれど、今のコトちゃんはもうそんなことを考えていないのも分かっていました。
「そして、ここからが本題。この話を聞いて、これからどうすればいいのか決めて欲しいの」
私はコトちゃんの瞳を見つめます。コトちゃんの目の光は揺れていました。涙をこらえているのだと私には分かりました。
「クリスマスの晩、フキちゃんの両親を襲わせたのは私なの。私がワームに心を食べさせた」
私は目を逸らしたい気持ちでいっぱいでした。けれど、コトちゃんは頑張って私を見つめています。なので、私もコトちゃんの期待に応えるようにコトちゃんの瞳を見続けました。
「フキちゃんを魔法少女になんかしたくなかった。けれど、失敗してしまった。そして、フキちゃんの両親は――」
「ありがとう。コトちゃん」
私はコトちゃんの頭を抱きます。
コトちゃんは声を上げて泣き出しました。ぽとりぽとりと温かい涙が私のズボンに落ちてきます。
「私はひどいことをした!フキちゃんから大切なものを奪った!幸せも何もかも!だから、フキちゃんは――」
「ううん。大丈夫だから。私はコトちゃんを恨んだりしないもん。こんなに悲しんでくれるんだから、許すよ。コトちゃんには私がついているから。ずっとずっと一緒だから」
辛かったよね。
私はコトちゃんにそう言いました。
ごめんなさい。
コトちゃんはしばらくの間私の胸の中で泣き続けていました。
「むふふふふふふふ。フキちゃんとお風呂だなんて夢みたいね」
「あはは。(どうにかして早く出ないと)」
コトちゃんと一緒にお風呂に入ることにしたわけなのですが、今日はいつも以上に貞操の危機です。
「やっぱり、二人だとお風呂も小さく感じるね」
「大丈夫よ。フキちゃん。私の愛は海より大きいから」
湯船の中で這いよる蛇のようにコトちゃんは私の肌を触ります。スベスベで気持ちがいいのですが、なんだか変な気分になってしまいそうでした。
「女の子のお風呂って長いわよね」
「えへへへへ」
私は苦笑いすることしかできません。
私はコトちゃんの慎ましやかな胸の間に存在する傷を見ていました。コルトやキワムさんの胸にもあった傷です。ワームに心を食べられた後の、癒えない傷――
「また、広がっちゃったね」
コトちゃんの傷は魔法を使うごとに広がっていきました。そして、最後にはその傷が魔女の全てを食らいつくしてしまいます。
「そうね。私に残された時間は少ししかない」
「私はもっとずっとコトちゃんと一緒にいたいの」
それ以上は言わないで、という風にコトちゃんは私の唇に人差し指を――突っ込みました。
「むぎゅっ。むぎゅぎゅぎゅ!?」
「魔女を元に戻す方法なんてないわ。だからこそ、今を全力で楽しみたいって。そう思えるから」
コトちゃんはとても楽しそうな顔をしていました。
私の口に指を突っ込むのがそんなに楽しいのでしょうか!?
「あら。糸を引いてる」
「恥ずかしいので言わないでください!」
「こんなにねとねとで――」
「破廉恥です!」
コトちゃんが傷のことを誤魔化そうとして、私の口に指を入れたのは分かっていました。
私がコトちゃんの分まで頑張らないといけないとそう思いました。
そして、次の日――
コトちゃんは私の目の前から姿を消しました。
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