9th contact でゅえる

 当初の作戦通り、それぞれ戦力を分断することに成功した。訳なのだが――


「私の相手がお前だとはな」


「鼻で笑うとは失礼です」


 いつの間にか私は鼻で笑っていたようだった。


「お前ごときでは私には勝てないということだ」


 いかように見たところで、そいつは弱そうだった。しゃっきりと立っておらず、私のことを濡れた子犬のような目で見ている。


(こんなヤツが全世界の魔法少女を敵としているとはな)


 もしくはまだそのことを詳しく理解していないのか――


「なあ、お前は自分が何をしでかしたのか分かっているのか」


 なるべく優しく言ったつもりだった。でも、口から出る言葉は芯が通っていて、聞く人が聞けば怒っているように思えるかもしれない。


「お前は全世界の魔法少女を敵に回したんだ。もし、魔女に脅迫されているのなら、今正直に言えばいい。この場に魔女は現れない」


 マリから魔女と戦闘に入ったという連絡を受けていた。


 私が魔女と戦いたかったのだが、先を越されてしまったので仕方がない。


「今なら、多少の罰はあるだろうが、普通の少女に戻れるかもしれない」


 私にしては優しい言葉だと思った。


 私は意気地がないのだろうか。目の前の少女を傷付けてしまうかもしれないと思った途端に私は少女と戦闘を回避しようとしている。


「残念ですが、私は自分の意思で逃げています。守りたいもののために」


 少女は先ほどまでとは打って変わった、鋭い眼差しで私を見た。


 その視線だけは、私と相対するに値するものだと私は思った。


「何事も命ありきだろうに」


 私は薙刀を構える。魔女の加勢のない魔法少女のみであったならば勝てると私は思っていた。


「お前は何を望む。それは自分自身を犠牲にしてまで手に入れたいものか」


「はい」


 魔法少女フキは静かに頷いた。


「私はみんなの笑顔を守りたいです。悲しいのはもう嫌だから!」


 フキはタイプ・ソーサラーに変化する。


「そう――か」


 私は薙刀を強く握りしめる。迷いを振り切るために。


「私はお前を全力で倒さなければならない。私が間違っていないことを証明するために!」


 私とフキは同時に動き出す。真正面に現れたフキを薙ぐ。フキは自分の腕で薙刀の柄を受け止める。そして、私の腹部に向かって魔砲を叩きつけようとした。


「ド素人が!」


 フキが私に対し接近戦を挑もうとしたことに驚きはしたものの、武道の経験者とそうでないものには技術面で大きな差が開く。例え装備が違えど、技術の穴を埋められるものではない。


 薙刀の柄の尻で魔砲を跳ね返す。そして、そのままフキに薙刀の柄を叩き込んだ。


 フキは簡単に吹き飛び、体を木の幹にぶつける。私は木にぶつかって動けなくなっているフキに向かって攻撃を加えようと薙刀を前に突き出し、大地を翔ける。フキの体に薙刀の刃が突き刺さる瞬間、目の前に壁が現れ、攻撃は阻まれる。


「くそっ」


 壁に突き刺さった刃を横になぎ、壁を切り裂く。そこにはもうフキの姿はない。


 私は上を向く。そこには一人の少女の姿と、無数の魔方陣が浮かんでいた。


「えいっ」


 フキが腕を振るう。その動きに呼応して、魔方陣から無数の魔砲が私のもとに降り注いだ。


「ちぃっ」


 私は急いで回避するが間に合わない。多少の魔法を無効化するコーティングがされているので身体の方にはほとんどダメージはない。


 私は後ろに急速後退し、魔砲の雨から逃げきる。


「無傷で済んでいるとはいえ、何度も食らえば装甲がやられる」


 連続攻撃で逃げ場を失うことを恐れ、無理矢理魔砲の壁を突き破ったせいで思った以上に装甲のダメージは大きそうだった。だが、機能不全となるほどまでには痛手ではない。


「まだまだです!」


 私の周囲に新たな魔方陣が浮かぶ。魔方陣から岩が飛び出してき、私を襲う。


「こいつ――」


 私は全ての岩を断ち切る。全ての岩を断ち切った後に私を襲う魔砲も真っ二つに切り伏せた。


「お前、すでに私たちの能力の特徴を把握したのか」


 フキは距離をとりつつ、具現化系を中心に私を攻撃してきていた。放出系による魔砲を使えない私たちにとっては一番厄介な系統であった。


 そして、マニュアルタイプであるタイプ・ソーサラーと私たちの戦姫は相性が悪そうだった。展開に時間はかかるものの、空間をある程度無視して攻撃が可能かつ多系統との複合による攻撃のアレンジが容易であることから、繰り出せる手数を少なくした分、戦闘力を高めた私たちとは相性が悪い。


(フキがここまでタイプ・ソーサラーを使いこなしていることも予想外だった)


 戦姫の中でも中距離型かつ武器が近接型であるという微妙な性能を持つ一式は今のフキに勝てないと私に思わせるには十分だった。


「そうだろうな。なにせ、戦姫のまま戦うことを考慮されていない装備なのだろうから」


 私は自分の胸に問いかける。


「私の守りたいものはなにか」


 私の脳裏には様々な人々の姿が映る。


 私を優しさで包んでくれた灯お姉ちゃん。


 私を必死で守ってくれた家族。


 災害に飲み込まれ、絶望する人々。


 私に力を授けてくれた師範。


 いつの間にか私の中で大きな存在になっていた、仲間たち。


 そして――自分の命を代償に世界を救った夜空お姉ちゃん――


「私だって!みんなの笑顔を守りたいんだ!」


 だから、私は目の前の魔法少女を、魔法少女フキを許すわけにはいかなかった。


「私の全てを食い尽くし、目覚めよ戦鬼!『三千槍』」


 肩のパーツが開き、世界を私の結界が侵食する。


 私の結界に閉じ込めることができるのは私とあと一人だけ。


 故に、確実に相手を葬り去ることができる。


「必ずお前を打ち負かす!逃亡者、フキ!」




 その世界を見るのは初めてだった。


 そこは私の世界。私だけの世界だったはずの場所。


「だが、異物混入を受け入れられるようになるとはな」


 夜空の帳に星の灯が煌めいている。明けぬ夜の世界。私の心の世界。


「ここは一体――」


 私の世界に迷い込んだ少女は夜空を見上げる。満点の星空を。


「気をつけろ――」


 私は親切にも敵に情けをかけてやる。


「災いが降ってくるぞ」


 星より来るは災いにして、純粋なる力。


「え?」


 寝ぼけたような表情をしていたフキと私のもとに無数の槍が降り注ぐ。


「うわぁ!」


 フキは急ぎその場から退避する。フキが今しがた立っていた場所には薙刀が刺さっていた。薙刀は平等に降り注ぐ。私のもとにも襲いかかってきた。しかし、私はその場を動かない。


 私の体を避けるように薙刀は地面に突き刺さる。


「一つだけ教えておいてやろう」


 ここは私の心の中。故に、その性質は心得ていた。


「ここでは一切魔法は使えない。そして、先ほどのように、無情に平等に薙刀が降り注ぐ」


 私は地面に突き刺さった薙刀を引き抜く。競技用の代物ではなく、きちんと刀身のついた正真正銘の薙刀だった。


 人を傷付け、殺すための道具。


 それが際限なく降り注ぐ世界。


 今さらながら、自分の心の殺伐さ加減に嫌気がさしてしまう。


「どちらかが倒れるまで戦いは続く。相手を倒さない限り、この世界から抜け出す方法はない」


 あと一つ。時間切れになるまで逃げ続けるという手段もあるのだろうが、戦鬼に私が耐えられなくなるまでに地面いっぱいに薙刀が突き刺さり、それまでに勝負がつかない場合は互いに命を落とすだろう。


「お前はもう、決して戦いから逃げられない」


 それはまるで自分自身に言っているようにも感じられた。


 この結界内では私も死ぬ気で戦わざるを得ない。


 決意が試される世界だった。


「叶えたい願いがあるのなら!この私を倒していけ!」


 再び夜空から薙刀が降り注ぐ。


 私はその場から去る。フキもまた、回避行動をとった。私がいた場所、フキがいた場所に薙刀が降り注ぐ。最初の数よりも多くなっているようだった。


 時間はそれほど長くはないということだろう。


「どうして――」


 フキは薙刀を手に取らない。魔法も使えないとなると、身を守る武器は地面に突き刺さった薙刀のみだ。それを使うことを理解させるためにわざわざわかりやすく薙刀を地面から抜いてみせたというのに。


「どうして私たちは戦わないといけないんですか!あなたたちは正義のために戦っている。それが私にはよく分かります!そして、私も、世界の終わりを阻止するために戦っている!なのに――」


 私は深く息を吸い、大きく吐く。


「私はお前の在り方を許してはいけないんだ。きっと、私かお前、この世にあるべき姿なのはそのどちらかだ。だから、私は戦う。自分の正義のために。願いのために」


 私はフキのもとに向かって走り出す。


 早く薙刀を抜け。


 そう祈りながら。


「待って――」


 フキの目の前まで到達した私は薙刀を振るう。まだフキは薙刀を持たない。故に、フキの肩には薄く切り傷ができた。


 私はフキから間合いを取る。フキは私の行動を見て、慌ててその場から離れる。


 空から薙刀が降り注いだ。


「早く、薙刀を抜け」


 私はしかりつけるようにフキに言った。


「貴様の覚悟はそんなものなのか!こんなところで諦められる願いなのか!」


「私は――」


 フキは私を睨む。決意に満ちた眼差しで見つめられ、私は一瞬体をこわばらせる。


「あなたの笑顔も守りたい。あなたの願いもかなえてあげたい」


 胸糞悪かった。


 甘えだった。


 とても甘くて、気持ちが悪い。


 どうしてこの女はそんなことが言える。


 残酷な現実を十分なほど目の当たりにしたはずなのに。


「だから――あなたの願いを叶えるためにも私は戦います!」


 急に自信が芽生えたようなので、私はなんだか呆れてしまう。どちらかしか生き残れない世界であるというのに、フキは本気で私を救うつもりでいるらしかった。


 フキは近くの薙刀を地面から引っこ抜く。


「よろしくお願いします!」


 ばたばたと地面を踏みつけながらフキは私に向かって行く。隙が多い、素人の挙動だった。


 だが、私は――


「全身全霊を持って、お前を倒す!」


 フキの胴体めがけて薙刀を突き刺す。フキはギリギリで体をひねらせ攻撃を避けるが、その隙に私は切っ先を使い、フキの持っている薙刀を弾き飛ばす。薙刀はくるくると宙を舞った。フキは宙を待っている薙刀が地面に落ちるより前に新たな薙刀を手にとった。


「私だって!負けられません!」


「戦闘中にしゃべるなど、舌を噛むぞ!」


 フキの一閃を難なく避け、フキの胸に一閃を入れる。フキは避けようとしたが、完全には避けきれず、衣装に切り込みが入った。赤い傷が見える。


「というか、私がライバル心燃やされる理由がよく分からないんですけど!」


 フキが間合いを取る。私もまた、その場から離れた。


 薙刀の雨が降り注ぐ。


「貴様の在り方が気に食わない。ただ、それだけだ!」


 私は近くの薙刀を両手に取り、薙刀をフキめがけて投げつける。フキは少し虚を突かれたようだったが、薙刀を避けきった。私はその隙にフキとの間合いを詰める。


「お前のように――自分を大事にしないやつは大嫌いなんだ!」


 誰かの犠牲の上に成り立つ未来なんて、私はもう見たくはない。だから、私はコイツを許してはいけないんだ。


 フキは私の薙刀を柄で受ける。私は力を入れてフキを押し込めようとする。


「お前は分かっているのか!取り残された人間の寂しさが!情けなさが!悲しさが!悔しさが!苦しみが!」


 力に圧されてフキの体が沈む。けれど、フキは力いっぱい圧し返してきた。


「分かります!分かってるからこそ、なんです!」


「分かっているなら、何故その道を行こうとする。お前は自分自身のような奴を生み出してもいいというのか!」


 私はフキを思い切り押し返す。フキは後ろに飛び、間合いをとった。


「そんなの、嫌に決まってます!けれど、これで終わりにするために!悲しいことがなくなるように私は頑張るんです!例え――」


「それ以上は――言うな!」


 俊足。


 一瞬で間合いを詰め、私はフキの懐に潜り込む。そして、薙刀を下から上に振るい、フキの持っていた薙刀を宙に弾き飛ばした。そして、私はフキのがら空きの胴に、柄の尻で思い切り突く。フキの体は遠くに飛ばさる。


 先ほどまでフキのいた場所に薙刀が降り注いだ。


「夜空お姉ちゃんのような人間を私は二度と出さないと誓ったんだ!そのために強くなるって、そう決めたんだ!」


 頭の上で薙刀を振るう。降り注ぐ薙刀を全て捌ききる。


「だから、私はお前の存在を認めない!」


 私は薙刀の切っ先をフキの目の前に突き付ける。


 勝負は決まったも同然だった。後は私がフキにとどめを刺すだけ。


 だが――


「ちっ」


 私は舌打ちをする。そして、薙刀を引っ込める。


「どうして――」


 結界は崩れ落ち、元の世界の昼間の光が降り注いでいた。


「私には人を殺せるほどの強さがないということだろう」


 確かにその通りだ。


 けれど、フキにとどめをさせなかったのはきっと別の理由だった。


 夜空お姉ちゃんとフキの姿が被ってしまったから。二人はよく似ていたのだろう。


 私はフキに背中を見せる。そして、言った。


「私が心変わりしないうちに立ち去れ。だが、今度は容赦しない。必ずお前をぶっ潰す」


 そうは言ったものの、私の中の判断力はひどく衰えてしまっていた。フキは世界を滅ぼすつもりはない。あの瞳を見れば分かる。だとすると、魔女に誑かされているのか。けれど、あの魔女も悪い奴には見えなかった。となると、私たちは何のために戦っているのか――


「ありがとう」


 私はいたたまれなくなって、逃げ出すようにその場から駆けだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る