第4歌 コロネちゃん、パワーアップ!


 第4歌 コロネちゃん、パワーアップ!



「コロネは流石だわ」


 収録の休憩中にゆずはそう言った。


「才能ってやつなのかな?」


「どうなんだろうな」


 少しコロネちゃんらしくない返答だと思い至って、ワタシはどうリカバーすべきか迷う。


「ああやって、キャラになりきるのはまだわたしには難しいかな」


「褒めるのはそこだけか?」


「まあ、演技力とかベテラン顔負けの息遣いとかすごいところはあるけどわたしも負けてないと思うし?」


「なんだと?天才のコロネちゃんに何を言うか!」


 ワタシはやっといつもの調子を取り戻して、大袈裟に言う。


「なんならキスの音とかやってもいいぞ!」


「ダメだから!幼女がそんなことやったらダメ!」


「いや、小学六年生って幼女に入るのか?」


 とはいえ、ワタシはそれほど背が高くない。

 ゆずは成長期とかでぐんぐんと伸びて行っている。

 もう抜かされてしまった。


「そうか!魔法で成長させればいいのか!」


「外伝でもうやったから!」


 確かに、あの肉体であればだれにも負けないだろう。

 うん。

 調子が戻ってきた。


「最近思いつめているみたいだけど、大丈夫?」


「大丈夫だ!このコロネちゃんだぞ!向かうところ敵なしだ!」


 コロネだから心配なの、と小声でゆずが呟いたのをワタシは聞き取っていた。

 けれど、聞かなかったことにする。


「今度はわたしとコロネとで掛け合いをするシーンだから、頑張りましょう!」


「足を引っ張るなよ!」


「あんたもね」


 ゆずが椅子から立ち上がったので、ワタシもその後から立ち上がる。

 少し、眩暈がした。


 しばらくして、収録が再開した。

 ワタシとゆずはマイクの前に立ち、画面を睨む。

 そこに描かれるラフに合わせてセリフを吹き込む。


 始まった瞬間、ワタシはキャラクターそのものになる。


 これは才能によるものではないとワタシは思っている。



 ####



 身寄りのない子どもは孤児院か里親のもとで暮らすか、養子に貰われるかの三択だった。

 ワタシは魔法少女になるまではずっと孤児院で暮らしていた。


 この目立つ容姿だから、里親になろうという人は昔からいた。


 けれど、どの里親もすぐにワタシを手放した。

 きっとワタシは孤児院帰りの記録保持者だろう。


 ワタシは里親が養子にしてくれるように里親の望むキャラクターになろうと頑張った。

 大人しい子が好きなのだと思えば大人しく振舞い、騒がしく無邪気な子どもが好きなのだと感じればそのように振舞った。

 けれど、皆がワタシを孤児院へと戻した。


 理由は簡単だ。


 ワタシが怪物だからだ。


 天才と呼ばれる人間は確かに存在する。

 一つを知れば100以上理解できるし、一度覚えたことは忘れない。

 あらゆる知識を吸収し、新たな理論を作り出す。


 けれども、それは子どもには必要のない能力だった。


 何でもできるワタシを見て、里親たちはワタシを気味悪がった。

 生まれのことも相まって、より一層人間ではないように、怪物であるように感じたのだろう。


 ワタシは平凡な人間になることを心から望んだ。

 けれども、それは叶わない夢だった。

 どうやっても頭が悪くはなれない。


 そんなワタシをずっと励ましてくれていたのはゆずだけだった。

 子どもの頃からずっと一緒のゆずはワタシそのものだった。


 でも、ある日、少しの間だけ、ゆず以外の友だちができた時があった。


 2年前、隣町で事件があって親を亡くした子どもが多く孤児院にやってきた。

 その中で一人、ワタシよりも2才下の男の子がやってきた。


 その男の子はよくできた子だった。

 親兄弟を亡くしたというのに、明るく振舞い、そして、先生たちの手伝いもこなしていた。


「綺麗な髪だね」


「ナンパか?」


「え!?」


 普段はしゃべらなかったワタシが突然しゃべったものだから、その子は驚いてしまったようだ。


「いや、そういうことじゃなくて……」


「言われ慣れているから構わない」


 そして、嫌らしい目を向けられるのにも慣れてしまった。


「僕はハチミツって言うんだ。君は?」


「6才のガキが一猪口前の日本語を使いやがる」


「え?僕のこと知ってるの?」


「知らん。ただ、入院の時、自己紹介をしていただろう。別にお前だけ覚えているのではなくてみんな覚えている。というか、忘れることができない」


「そうなんだ。綺麗な目だね」


「ワタシをナンパしてもいいことはないぞ。なにせ、だからな」


「そんな!君は怪物なんかじゃないよ!」


「ナンパしたことは否定しないんだな」


「いや、してないよ。ただ、本当にそう思っただけだから」


 コイツは将来女に刺されるな、とワタシは予想した。まあ、このマセガキがどうなろうとワタシには関係がない。


「僕はね、ハチミツって言うんだ」


「聞いたぞ、プーさん」


「なんで!?」


「偉大なコロネリアからの綽名だ。よかったな。黄色い熊」


「いやあ、なんだか照れるな」


「急にコロコロ態度を変えるな、気持ち悪い」


 なんだかこのマセガキに対しては口数が多くなっていた。

 それだけプーさんのことが気に入らなかったのだろう。


「お姉ちゃんが好きだったから」


 好きだった、という言葉で全てを悟る。


 大変だったな、と声をかけようとして、それはワタシのするべきことではないと悟る。


「ちょっと荒っぽくて、乱暴な所があったけど、病気だったお母さんに代わって、僕を育ててくれたんだ」


「そうか」


「君はコロネリアって言うんでしょう?君の話を聞きたいな」


 でも、ワタシは話さなかった。

 ワタシにとってプーさんは眩しすぎた。

 ワタシにはそんな輝くような黄金の記憶など存在しない。


「お前はどうして平気なんだ?」


「え?」


「家族を殺されたのだろう?どうして何も憎まない」


「それは、お姉ちゃんのおかげかな。お姉ちゃんはいつも正しいことをしていた。だから、僕も正しいことをしようと思う」


「今のお前がしていることは正しいことなのか?」


「うん。可愛いお姉さんに話しかけるのはとても正しいことだよ」


 ワタシの顔は熱くなった。


 というか、あまり健全ではないぞ。


「僕が悲しんでるとみんなが悲しむと思うから。悲しいのは僕だけで十分!」


「それでお前は本当にいいのか」


 それは辛い生き方だ。

 誰かの幸せのために自分を犠牲にする。


「誰かの笑顔が僕の夢だから」


 その後、プーさんは別れの挨拶をして去っていった。


 そして、二度とワタシはプーさんと出会うことはなかった。



 ####



 それからだろう。

 ワタシは少しずつ変わっていった。

 あのマセガキに負けないように明るく元気に過ごした。

 辛かったときもあったけど、あのガキに声をかけられないほどに明るく元気でありたいと思った。


 そして、いつかばったりと道端で出会ったときに胸を張って、対等に、並んで歩ければいい、なんて乙女チックな妄想をしたりしていた。

 ワタシはずっとプーさんの後を追っていたのだろう。

 天才のワタシが初めて負けていると自覚した人間だった。



 ####



「昔取った杵柄というやつだな」


「え?」


「何でもないぞ!ゆず!」


 収録が終わって、ワタシはスタジオを出た。

 スタジオの前には黒塗りの車が止まっていて、中からサングラスをかけた男が姿を現す。

 ワタシは車に乗り込んだ。


「いかにもといった感じだな、妖精」


「コロネちゃんにそう言ってもらえるなら光栄ザウルス」


 最近姿を見せなくなっていた妖精がキワムに代わり、送り迎えをしている。


「最近は忙しくないのか?」


「そうザウルス。彼は死んだザウルス」


「妖精が死ぬのか」


「消えることはあるザウルス。それにライたちはもう生まれた時のそのままではないザウルスから」


 特に興味はなかった。


「今日のことについては聞かないのか?」


「聞いてどうするザウルス」


 キワムなら、無表情で聞いていた。

 確かに何が面白いのかと感じることはあったが、あの無表情の大男はあれでも楽しんでいたのだろう。


「キワムはもうワタシたちの前には姿を現さないのか?」


「それは彼次第ザウルス。そして、ライたちの前には魔女が姿を現すザウルス」


 うまいことを言った。

 妖精のくせに。


 ワタシは走っている車から飛び降りる。

 その時に変身を終え、強化された体で難なく着地した。


 車は炎を上げて燃え上がった。


 たくあんみたいな姿が眼の端に映ったので、妖精は逃げたのだろう。

 まあ、あのくらいでは死ぬまいが。


「蝶が一匹飛んでいた。強い風の中、風に逆らい飛んでいた。だがボクはその風に逆らうことなく、また、流されることもなかった」


「吟遊詩人にでもクラスチェンジしたのか?アオ」


 アオは宙に浮いていた。

 腕に琴を抱え、ワタシを見下ろしている。


 その衣装は黒い。


「ボクの名はグロック。もう、その名ではない」


 パラリ、とアオだったものは琴を鳴らす。

 すると風が巻き起こり、ワタシはその場から逃れる。


「甘いよ」


 風は逃げるワタシを追ってくる。

 ワタシのいた場所は刃物で切られたようにバラバラになっていた。


 ワタシは風を捻じ曲げる。

 すると、破裂音がしてワタシは後方へ飛ばされてしまった。


「なるほど……変化系なわけか」


 同系統の魔法を重ね掛けした状態になったので、魔法は干渉しあったようだった。

 ワタシは体勢を立て直す。


「何故魔女になったのかは聞かない。だがな、アオ。そこのワームと一緒にいるのだけは気に食わないな!」


 アオもあの惨劇を目の当たりにしたはずだ。

 それでも、誰かの心を食うワームを行動を共にしている。


「心を蝕まれることは救いだ。辛いことも悲しいことも、全て無くなる」


 なるほどな。それはとてもいいことだ。


「ったく、非行少女の世話は大変だな!」


 ワタシは変化系に対抗する手段を考える。

 風を自在に操るグロックはとても手ごわい。


「だが、どうしてワタシを最初に選んだんだ?もっとお姉ちゃんにかまって欲しかったか?」


「お前は!お姉ちゃんじゃない!ボクにとってのお姉さまは!」


 今度は強く琴を鳴らした。風が暴風となってワタシに襲いかかる。


「特訓の成果を見せる時か」


 全く、コロネちゃんにはシリアスが似合わないのだ、これが。

 ワタシは常にトラブルメイカーとして振舞っていればいいというのに。


 ワタシは鉄拳を突き出した。


 風は静かに止んだ。


「なんだ、それは――」


「ま、コロネちゃんは何でもできる天才ということだ」


 ワタシの腕には鋼鉄の鉄拳が現れていた。

 ニチアサのロボットから構想を得た、新たな力――


「ビッグオー?」


 まあ、そんなところだな!


 ワタシは回る視界を振り切るように頭を振る。

 そして、グロックを睨んだ。


「なあ、アオ。時に人は逃げたしたくなる時があるよな」


 ワームはエサを求めて頭をくねくねと揺らしていた。

 魔法少女となる可能性のある少女を狙っているのだ。


「お説教はごめんだ」


「ワタシは――逃げ出したいときは逃げ出せばいいと思っている」


 ワタシの声が届くかは分からない。

 でも、これはワタシへのメッセージでもあるのだ。


「でも、そんな風に夢の中ばかりにいてはいけないとお姉ちゃんは思うぞ! 辛いのはお前だけじゃない」


 ワタシだって、フキだって、ミワだって、辛かったはずだ。

 ワタシは平静を装っていても、未だせり上がってくる恐怖が残っている。


 けど、ひきこもっていた少女は立ち直った。


 正義の味方のように、あの時のプーさんのように。


「人間はそんなに強くないから、だから、一緒に頑張ろうじゃないか。そのためにワタシたちがいるのだろう?」


 ワタシはフキたちと出会って、多くの思い出を手に入れた。

 この思い出は決して手放せない。

 もう風化し始めた過去であっても。


 天才で何もかも手に入れたはずのワタシが手に入れられなかったものがあの時ワタシの手には確かにあった。


「ワタシは、みんなとの思い出を、あの温もりを忘れたくない!だから、戦う!戦ってお前をアオに戻してやる!だから――」


 ワタシは腕の動力炉を起動させる。

 鉄拳には魔砲を増幅させる仕掛けがしてあった。


「ワタシの愛、受け取れぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇ!」


 両手の平に集まった魔砲をワームに向かってぶつけた。

 球体となった魔砲は音を立ててワームに襲いかかる。

 そして、ワームは爆発した。


 ワタシはその場で嘔吐した。

 夢酔いという奴なのだろう。

 現実と幻想との境目が曖昧になり始めていた。


「どうして逃げないの?どうして戦うの?どうして、どうして!」


 襲いかかる風の魔法をワタシは鉄拳で振り払った。


「逃げるのは簡単だからな。でも、お前はそれさえしなかったんじゃないか?立ち向かうことも逃げることもできずに、ただその場で佇んでいるだけなんじゃないか?」


 逃げることにも、全てを捨てることにも勇気がいる。

 でも、アオはそれさえできずに風に吹かれるままだったのだろう。


「夢は、前に進むために必要なものだ!手放してはいけない。お前だって夢を捨てきれなかったはずだ。だから、魔女になった。そうだろう?」


「あ、あ、あぁ」


 グロックは頭を抱えて苦しみだした。

 今なら助けることができるかもしれない。


「だが、そうは問屋が卸さねえってな!」


 突如として別の魔女が現れ、グロックを連れ去っていく。


「まだ調整不足みたい……」


 ワタシは魔女を追おうとしたが、体が言うことを聞かなかった。


 宙に浮いているようにふわふわとして、命令を通さない。


「時間切れ、か」


 ワタシは変身を解いた。


 そして、意識を失った。

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