第2歌 明かされる真実

 第2歌 明かされる真実



 私はミワちゃんに連れられて町を歩いていました。

 とはいえ、そのルートは私の家へと帰る道です。


「ここね」


 ミワちゃんはいつにもなく真剣な顔で電柱を見ています。


「電柱って電信柱の略なんでしょうね」


「なんでどうでもい会話を?」


「そーいうのが、男のダメな所なの!何気ない会話をしているってだけで女は嬉しいの!分かる?」


「私、女だよ。ミワちゃん」


 ミワちゃんは不良チックに唾を吐き捨てます。


「幼女の吐いた唾だったらめるかりで高値がつきそうね」


「幼女ってどこまでが幼女なの?」


「そうね。ナボコフの『ロリータ』だと、12歳前後がにんふぇっとだって言ってたけど」


 ミワちゃんは難しいことをよく知っています。


「どうしてそんな本を読んだの?」


「それはおにいちゃんがロリコンだった時のために――ってなにを言わせるの?」


 勝手に言っただけです。


「まあ、いいわ。今からあなたは夢から醒めないといけない。それからでも、魔法少女に戻るかどうか決めるのは遅くない」


 ミワちゃんはパチンと指を鳴らしました。


 すると、電柱の影に一人の男の子がいます。


「尊くん?」


 分からない人は第一唱の第三羽を参照してください。

 あのラッキーを引き取った同級生の男の子です。

 尊くんは泣いているようでした。嗚咽がここまで聞こえてきています。


「どうしたの?尊くん」


 私は尊くんに尋ねました。


 尊くんは涙で湿った顔をこちらに向けて言いました。


「ラッキーが、死んだんだ」


「え――」


 尊くんの影で見えなくなっていた段ボールの中を覗きます。


 そこには、ピクリとも動かないきつね色の犬の死骸が横たわっていました。


「どうして――」


 私は訳が分からなくなります。


「ラッキーは私が魔法で助けたのに!尊くんと一緒に暮らせるようにしたのに!」


「なにを――言ってるんだ?」


 尊くんは不思議そうな、それでいて少し怒った顔をしています。

 それは私の言ったことが間違っているということを事細かに示していました。


「どういう――ことなの――」


「この世界に魔法なんて存在しないの」


 私は恐る恐るミワちゃんの方に首を傾けます。


「魔法なんて万能なもの、ありはしない。魔法は本来この現実に作用するものではないの」


「何を言ってるの?ねえ、ミワちゃん」


 私は頭の中が真っ白になりました。


 魔法が存在しない?


 それだったら、私たちの今までの戦いはなんだったの――


「魔法はね、夢と現実のはざまにしか存在しない。私たちは夢の中で戦っているようなものなの。夢でいくら傷を負っても現実には何も起こらない。そういうこと」


「でも、私たちは怪我をする!それって、おかしいんじゃ――」


「いいえ。魔法少女の見る世界はそれが魔法少女にとっての現実となる。つまり、私たちは現実から離れた、少し現実に似た場所で戦っているようなものなの」


 ミワちゃんはその後も事細かに私に説明してくれている様子でした。


 でも、私の頭には何も入ってきません。


 ただ、目の前の現実の大きさに、自分の無力さに押しつぶされてしまっていました。


 いくら魔法が使えるからって、私には現実では何もできない。私は一体なにをしてきたのでしょう。


「魔法はこの世界にはない。私の見ている世界は夢でしかない」


 そう認識した瞬間、頭に激痛が走りました。


「う……うぅ……うあぁあぁあぁあぁ!!」


 そして、私の中の改ざんされた記憶のリボンが解かれて行きました。


「そんな……お父さん、お母さん……」


 絶望を前に私は涙を流すほかありませんでした。


「キワムさん……」



 ####



 俺は病室を後にしようとしていた。


「君には覚悟があるのかい?」


「なんだ。妖精か」


 ぬいぐるみと間違えそうになったが、一人の少女が宙を仰いでいる病室にポツンとたくあんのような妖精が佇んでいた。


「たくあんとはひどいザウルス」


「何か用か?」


「もうすぐフキがくるはずザウルス。会っていかないザウルスか?」


「俺はお前たちほど厚かましくなくてな」


 どのような顔をしてフキに会えばいいのか俺には分からなかった。


 どうして俺はフキのことなど心配しているのか。

 もう感情など食われてしまって残っていないというのに。


「フキにはあのことは言わないザウルスか?」


「自分の口で言わず俺に言わせるのか」


 すると妖精はうつむいてしまった。

 妖精のくせに一猪口前に感情を持っているようだった。


「そう。全てはあの時すでに始まって終わっていた――」


 ####




 クリスマスの夜、妖精を捕まえたあの日、あの時。


「おっさんが魔法少女になるというのは前代未聞パフ。お前を簡単に魔法少女にしてしまうと妖精仲間からバカにされるパフ。だから、魔法少女見習いということにするパフ。そうパフね。そこの女の子のお世話をするパフ」


 少女は何が起こったのか理解できていない様子で俺と網に捕まった妖精を見ている。


「え、え?あの、なんですか?」


 少女の声を聞いた瞬間、胸の古傷が微かに疼いた。


「まずは魔法少女として契約させるパフ。話はそれからパフ。いいパフね」

「ああ。良かろう」


 面倒なことになるとは思いつつも悲願が達成されると歓喜に打ち震えていた時だった。



 きぃいぃいぃいぃん!!



「まさか、これは――」


「そうパフ。ワームパフね」


 俺は急いで階下に急ぐ。


 そこで俺が見たものは、すでに心を食い殺されていた少女の両親と思われる二人だった。


「どうして――」


 いや、どうしてということはない。

 それは当たり前のことなのだ。


 一度魔法少女を産んだ両親は魔法少女の次に標的になる存在だった。

 次の魔法少女を生み出す可能性を持つからである。


「お母さん、お父さん……」


 少女は俺の背後から惨状を目の当たりにした。

 だが、ぱっと見は何が起こったのか理解できまい。

 外傷は何一つ存在しないのだから。


「この頭痛はなんなの?お父さんとお母さんはどうなったの?」


 この少女は何かを感じているのか、と俺は驚く。

 ワームの存在を明確に感じられるのは鷺宮の一族だけだからだ。

 鷺宮の血は正確に管理されており、俺がこの両親の存在を知らない以上、鷺宮である可能性は極めて低い。


「さあ、魔法少女に変身するパフ」


「いや――いやぁあぁあぁあぁあぁ!!」


 少女の悲痛な叫び声が胸に染み渡った。

 少女は錯乱していて、戦うどころではない。


「さあ、早く――」


「バカか、お前は!」


 ワームは俺たちに気がつき、醜い口をこちらに向けた。

 狙いは背後の少女だ。


「仕方ないパフね」


 妖精は肩をすくめるようにして言う。


「デク人形。お前の出番パフ。一時的にコンパクトを使うことを許可するパフ。でも、少女でもないお前がコンパクトを使うということはどういうことなのか分かってるパフか?」


「ああ」


 俺はコンパクトを妖精から分捕る。


「俺はそのために魔法少女になると決めたのだから!」


 俺はコンパクトを用い、変身する。


 コンパクトから出る帯は禍々しい黒色だった。


 俺は魔法少女に変身した。


 いや、その姿は魔法少女というよりも魔女そのものだった。


「さあ、終わりを始めよう」


 俺は右手の先にエネルギーの流れを意識する。

 それだけで魔力は手のひらに集中する。


「おざなりな戦闘シーンで済まないが――」


 俺の手から魔砲が放たれた。

 魔砲は建物に食い込んでいるワームに突き刺さり、ワームは灰となって消え去った。


「まさか、あなたがその姿になるなんてね」


 様子をうかがっていた魔女が俺に声をかける。


「そうだな。俺はこのためにずっと生きてきた。死にながらに、な」


 俺は黒い衣装に身を包んだ、時が止まったままの少女の名を呼ぶ。


「琴音」


「あら。そっちの名で呼んでくれるのね。じゃあ、私も呼んであげようかしら」


 琴音はあの時のように言った。


「研磨。鷺宮研磨」


 この世で互いの本当の名を覚えているのは、俺と琴音だけ。


「俺は全ての魔法少女から魔法少女を奪ってやる。そして、二度と悲劇の起こらないように、お前のような魔女を生み出さないようにする。だから――」


 だから、何だというのだろうか。


 俺には、もう鷺宮琴音でも、魔法少女ミヤでもなくなった少女に語る言葉など持ってはいない。


「私の新しい名前はピースメイカー。いい名前でしょう?」


 昔のように微笑みながら、ミヤは、いや、ピースメイカーは虚空へと姿を消した。


 ####



「お父さん、お母さん――」


「キワム。早く魔法少女の力を返すパフ。お前みたいなやつが使うと穢れてしまうパフ」


 そんな話は聞いたことがないので精神的なものだろう。

 妖精が好き嫌いをするなど驚きだった。


「その前に――」


 俺は絶望にひしがれている少女の頭に手を載せる。


「いつか、現実を受け入れられるその日まで、俺の命を削り続けて、叶えろ」


 それはきっと呪いになるだろう。

 俺にとっても、少女にとっても。夢を見させ続けるという行為は害にしかならない。

 けれども、だけど、ミヤの面影を持った少女を放っては置けなかった。


 心を食われた俺にそのような感情が残っているとは――


「全ては悪い夢。悪いのは俺だ。だから、現実を憎むな。立ち向かえるようになるその時まで、俺を憎み続けろ」


 人が生きて行くためには敵が必要だ。


 だが、世界を敵とするにはまだ少女は幼く思えた。


 だから、俺が少女の敵となろう。


 俺にできることはそんなことしかない。



 ####


 少女は夢でも見ているように目をつぶり眠り始めた。途端、俺の変身は強制解除される。


「変身するたびに寿命が縮んでいくというのに、よくそんな魔法をかけたパフね」


「どうせ俺はすでに死んでいるようなものだ」


 胸の傷が深くなり、体の全てを蝕んでしまうまで、それまで俺は夢をかなえ続けたい。


 俺は少女を抱いてベッドに寝かせた。


 どうか、いい夢を見られますように、と。



 ####



「ライにはお前の考えていることが分からないザウルス。どうして妖精の傀儡となってまで魔法少女になろうとするザウルス。決して魔法少女にはなれないと知りながら。そして、どうして、どうして、彼女たちを魔法少女にしてしまったザウルス!」


 それをお前が言うか、と言いたくなった。


「魔法少女が害悪の根源ではない。全ての害悪はお前たち妖精だろう」


「いずれにせよ、魔法少女になった以上は、破滅しかないザウルス」


「そうでもないさ」


 やはり俺はいつも甘いのかもしれない。


「いつかは魔法少女を卒業する時が来る。そして、大人になる。それまでのわずかな瞬間を華やかに過ごせればいいだろう」


 魔法少女や魔法が悪いわけではない。

 夢の世界に入り込むことは悪いことではなく、少女たちにとって必要なことなのだ。


「どうせ現実は無情にも襲いかかってくるのだから」


 それでも、夢を持って現実に抗ってもらいたい。



 俺はフキのコンパクトとソラのコンパクトとを取り替え、病室から去っていった。


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