第二十四羽 ユメノカケラ

第二十四羽 ユメノカケラ


「おい、ザウエル。一体どういうつもりだ!」

 コルトはザウエルに向かって怒鳴り散らす。いつも余裕に満ちていたコルトの姿はそこにはない。

「なんで俺に黙ってハザードワームを使った!」

「それはお前がダラダラしてるからだろうが」

「なんだと?」

 コルトはウェッソンを睨む。

「ウェッソン。そんないい方しなくても……」

「スミスは黙ってろ!」

 ウェッソンに怒鳴られ、スミスは肩を落とす。

「お前ら、俺に黙って何をしようとしている」

「私たちの目的はただ一つでなくって?コルト」

「ピース」

 ピースメイカーに見下ろされ、コルトの顎から汗が落ちる。

「俺たちは魔法少女と妖精に復讐する」

「そう。だから、そのためにエボルワームを使うわ」

「なんだと!?」

 コルトは額に皺をよせ、ピースメイカーをひどく睨む。

「あんなのが世に解き放たれでもしたら――」

「そうね。とっても大変なことになってしまうわね」

 ピースメイカーはおチャラけたように言う。

「だ、か、ら。あなたが何をするべきなのか、もう分かってるんでしょう?」

 コルトはようやくのことで目を離す。

「ザウエル。魔弾シードを渡せ」

「しくじるなよ?」

 けひゃひゃひゃひゃ!

 ザウエルの奇妙な笑いだけが響き渡った。


「本当にこの数週間でいろいろありましたね」

 まだ一か月も経っていないのが驚きです。

 クリスマスのあの日から全ては始まりました――

「一唱、この一羽しかないんだから、回想はなしね」

「ソラさん!」

 私はソラさんに用があって探していたのでした。

「ソラさん!これ、見てください!」

 私は取ってきた新聞をソラさんに見せます。

「どうしたの?スポーツ紙のエロい記事を見せたいの?」

「どんな趣味ですか」

「そんなおじさんもこの世の中にはいるの」

「それよりもこれです」

 私は記事を指さします。

「フキもマメね。新聞なんか読むなんて。将来おばさん扱いされても知らないわよ?」

「作者が読まなさすぎるだけなんです」

「たしかに、就活生なんだから読まないといけないけど」

「って、そうじゃなくて、どうしてそんなに冷静なんですか?」

「なにが?」

「だって……」

 ソラさんが喜ぶと思って急いで探していたというのに。

「もしかして別人でしたか?」

 新聞にはソラさんの絵が大賞に選ばれたと書かれてあります。

「いいや、多分、それ、わたしだけど」

「じゃあ、どうして喜ばないんですか?ソラさんの夢だったんですよね」

「あー、そういえばそんな設定もあったような」

 その時、玄関のベルが鳴り響きました。


「どうでしたか?」

「帰ってもらったけど?」

「どうして……」

「まあ、色々あるからね。それに、今のわたしはみんなと一緒に居られて満足というか」

「それは嘘です」

 別に根拠もないけれど、今のソラさんはどこか寂しげに見えて本当のことを言っているようには見えませんでした。

「あんた、あの魔女にも押しつけがましいとか言われてなかった?あんたのその図々しいところ、嫌われるよ」

 冷たい声でソラさんは言い放ちます。

「嫌われても構いません」

 だって、それがソラさんのためになるのなら。

「そういうの、重荷なの」

 ソラさんは怒ったように去っていきました。


 私は公園でコトちゃんに出会いました。

「どうしたの?こんなところで」

「コトちゃんこそ、外、寒いのに」

「フキちゃんが来ると思ったから」

「そうなの?」

「嘘。ちょうどお散歩してたら、フキちゃんに捕まっただけだから」

「ごめん、コトちゃん」

「ほんと、まだ小学生なのにナンパなんてして、フキちゃんは悪い子ね」

 そう言ってコトちゃんは私を背中から抱きしめてくれます。

「コトちゃん……」

「フキちゃん、なにか悩み事があるんでしょう?なんでも私に相談してくれていいのに」

 私はコトちゃんにソラさんのことを話します。

「なるほど。それでソラさんと喧嘩しちゃったんだ」

「多分、喧嘩なんだと思う」

「そっか……」

 まだコトちゃんは私を抱きしめたままでした。

「それで、ミワちゃんとかコロネちゃんはどうしてるの?」

「二人は仲良くテレビゲームしてると思う。アオちゃんは多分、ソラさんをストーキング」

「ごめんなさい。聞かなかったことにしておくから」

「うん。その方がいいと思うよ」

 コトちゃんの吐息が首筋にかかります。ちょっとくすぐったいです。

「コトちゃんはどうすればいいと思う?」

「そんなの、簡単だよ。フキちゃんの好きにすればいいの」

「どうして?」

 私はコトちゃんに尋ねます。

「だって、フキちゃんはフキちゃんのやりたいようにしたいんでしょう?だったら、きっとそんなふうにしかできないもの。やるべきかどうか、よりもやりたいかどうかが重要だと私は思うから」

 そうなのかもしれません。ソラさんの思うようにすればいいと私は思いますが、自分に嘘を吐いてまで夢をあきらめるべきじゃないと私は思っています。

「きちんとソラさんと話して、解決したらいいと思う。きっとソラさんなりの理由があると思うから」

「ありがとう、コトちゃん」

 コトちゃんはいつも私が困っている時に助け船を出してくれます。

「コトちゃん、いつまでぎゅーっとしてるの?」

「もうちょっとだけいいかな?」

 コトちゃんはさらに私を抱きしめます。少し膨らんでいるコトちゃんの胸が背中に当たります。

「人はいつ別れてしまうか分からないから。だから、もうちょっとだけ、お願い。フキちゃん」

 私はとても気持ちが良かったので、少しの間なすがままになっていました。


 私はソラさんを座って話をしていました。

「ソラさん。絵描きになることを諦めるんですか?」

「フキには関係ないことでしょ?」

 ソラさんは私の手札を一枚とります。

 やりっ、と手札から二枚場に出します。

「二人だけのババ抜きですから、ジョーカー以外は当たるはずです」

 今、ババを持っているのは私でした。

「私はソラさんの未来なんですから、好きにしたらいいと思っています」

 私はソラさんの手札から一枚抜きます。ババを持っているのが私である以上はどれも同じなのです。

「だったら、何も言わないでよ」

 ソラさんは迷いなくカードを抜きます。私はババの位置がバレているのではないかと思いました。しかし、ここで変なことをするとより見透かされてしまいそうな気になります。

「でも、ソラさんはそれでいいんですか?」

 私は勢いよくソラさんの手札を引き抜きます。二枚を場に捨てて、私の手札は二枚。一方のソラさんの手札は一枚です。つまり、次に引く手札がジョーカーかそうでないかで勝負がつきます。

「悪いも何もないわよ。それとも、フキ。アンタ、先生を独り占めしようと思ってない?」

「おにいちゃんはミワのものなんだけど?」

「懲りないわね、ブラコン野郎っ」

 ソラさんは手札を引きます。

「ちっ。ババか」

 BBAだけに。

「とんでもなく失礼なこと考えたわよね!?分かるんだからね、そういうの!」

 ソラさんは背中で手札を回して分からないようにします。

「そんなことありますよ?」

 私はゆっくりと手を伸ばす。

「でも、今のソラさんは無理をしてます。出会ったころ、画家が夢だって言ってた時の顔は世界で一番若々しいソラさんの顔でした!でも、今はどこか諦めてしまっているような、そんな顔です!私はソラさんに後悔して欲しくない!だから――」

 私は勢いよく手札を引きました――


「まあ、フキだから仕方ないわよね」

「うぅ……」

 今回はいけると思ったのですが、やはりダメでした。

「ソラさん。何か夢をあきらめなければならない理由があるんですか?」

「別に――」

 ソラさんは立ち眩みを起こしたようにテーブルに片手をつき、もう一方の手で頭を押さえます。

「どうしたんですか?」

「きっと産気づいたのよ」

「誰の子ですか!?」


 そして、ここから、血の気も引くような魔法少女たちの殺し合いが始まりました――


「ソラさん!?勝手に成りすまさないでください!」

「いや、最終回なら好きにしてもいいかなって」

「むしろカオスのまま二クール目も終わってしまいます!」

「ただの貧血だから」

 でも、私は心配です。

「そうね。また今度話すかしら」

 ソラさんは何故だか憑物がとれたかのように笑っていました。

「う、うぅ――」

「ふ、フキ?」

 今度は私が頭痛に見舞われます。

「フキ。まさかアンタも――」

「こんなの、初めて――」

 ワームが出てきた時の雰囲気に似た何かが痛みとなって私の中に入ってこようとします。

『来いよ、魔法少女』

『俺が相手になってやる』

 痛みが波のように押し寄せ、その波が言葉を発しているように感じ取れました。

「コルト?」

「フキ?」

「ワームが出たみたいです。それと、コルトもそこにいる!」

「アンタ、それは一体――」

「それよりも、早く行きましょう!」

 自分の体に対する不安は自分が最も不安に思っています。けれども、今はワームをどうにかする方が先です。


「よぉ。久しぶりだな」

「つい昨日会ったと思いますけれど?」

「そういうのは雰囲気が大切なんだよ」

 コルトは鼻で笑う。その背後にはプロトサイバードラゴンのようなハザードワームが身を燻らせています。

「あんたさ、わたしたちには勝てないって分かってるんだから、そろそろ諦めたら?」

 ソラさんが挑発するように言います。

「テメェにだけは色々言われたくねえんだが――今日は負けねえ」

 コルトのいつも以上の自身に私たちは警戒します。

「行くぞ、ハザードワーム!もう、遠慮はいらねえ!」

 コルトとハザードワームは私たちに飛び込んできます。

「フキ!あんたはみんなと協力してワームを止めて!」

「そうはいかねえ!」

 コルトは私に向かって杖で攻撃してきます。それをソラさんが受け止めます。

「テメェらは俺がこの手で殺す――!エボルワームに全てを奪われる前に!」

「まさか、エボルワームが復活したって言うの?」

「そういうことだっての!」

 コルトは力任せにソラさんのバトンを押しやります。ソラさんの脇を通り抜け、私に向かってきます。

「コルト!」

「舌を噛んじまうから、叫びながら戦うんじゃねえぜ!」

 なんでしょう。戦闘中であるのにこの面倒見の良さは。

「どうして私とあなたが戦わないといけないの?コルトに何があったのかは分からない。でも、コルトが怖がっていることは私たちで協力すれば何とかなるんじゃないの?」

「お前はエボルワームの恐ろしさを知らねえんだ!」

 コルトは私のバトンを弾きます。バトンは宙を舞い、地面に落下する前にコルトの杖が私の体を捉えて――

 瞬間、ソラさんの放った散弾がコルトに襲いかかります。

「小賢しいな、中古品!」

「アンタにだけは言われたくないっての!」

 コルトは杖をくるくると回し、ソラさんの散弾を防ぎます。

「コルト!」

 私はコルトと戦いたくありません。だって、今日のコルトは私たちのために戦っているからです。それが分かるから、尚更のこと、コルトを止めないわけにはいかないのです。

「間違ってると思うから――!」

 私はコルトに向かって魔法を放ちます。それは魔砲ではなく、コルトの動きを止める、トリモチです。

「くっそ――」

「ソラさん。後はよろしくお願いします」

 私はみんなとハザードワームのもとに向かいました。


「あんた、降参したらどう?」

 わたしはコルトにそう伝える。でも、その瞳は狂気に取り憑かれて、揺るぎはしない。

「ねえ、あんた、昔の名前覚えてる?」

「それはどっちの名前だ?妖精に押し付けられた名前か?それとも、親に貰ったレッテルか?」

「そうね。わたしも忘れかけてた」

 そして、とうとう見つけてしまったんだ。忘れてしまってもいいと思える存在に。

「テメェも俺と同じか。時間が残されてねえ」

「どういうことよ」

「卵の殻を破らねば、雛鳥は生まれず死んで行く」

「なにを言ってるの?」

「我らが雛で、卵が世界だ」

 コルトはうつむきがちに呟く。この世を恨む呪詛のような言葉を。

「世界の殻を破らねば、我らは生まれず死んで行く」

 コルトは自由になっている手に拳銃を作り出す。わたしは身構える。でも、すぐにそれは無意味なことなのだと思い知らされる。

「世界の殻を破壊せよ」

 コルトは拳銃を自分のこめかみにピタリとつける。

「世界を革命するために――!」

 魔弾は放たれ、そして魔女は真の力を発揮する――!


「みんな、大丈夫?」

「大丈夫とは言えないね」

 肩で息をしながらアオちゃんは言いました。

「コロネちゃんでも少しきついぞ」

「前よりも力が上がってる。これは本当にいろいろとマズいわね」

「早く終わらせましょう!」

「そうはさせるか!」

 何かが頬を掠めます。

 物凄く熱くて、この世の全てを溶かしてしまいそうな、そんな温風――

 背後に何かがぶつかる音が聞こえました。私は振り返って確認します。

「ソラ――さん?」

 頭から血を流して倒れているのはソラさんでした。

「どうしてソラさんが――」

「そりゃあ、俺様が殺っちまったからだろうなァ」

 ゲヒャヒャヒャ、という心の底から冷えてしまいそうな笑い声。その声の主は宙に浮いていました。

「その姿は一体――」

 コルトの姿は一変していました。

 魔女の衣装は胸元が大きく開かれ、傷が見えています。コルトの胸の傷は胸だけでなく、お腹や肩にも広がっていて――

(今も広がり続けている!?)

 心臓の鼓動に合わせるようにコルトの傷は深くなっています。そしてなにより変わってしまっているのが赤くなってしまった目と、憎しみに満ちた表情でした。背中から生えている蝶のような黒い羽根は少しも気にならないほどでした。

「なに、ちーとばかし、全てを賭けてみただけだ!」

 コルトは杖を振るいます。それだけで黒い風が舞い上がり、私たちは空高くに投げ出されます。

 力が段違いです。

「そうやってビビってる暇なんてねえだろうがぁ!」

 コルトは宙を舞っている私のお腹に踵落としを加えます。

「かはっ」

 痛みよりもお腹にかかる衝撃が先に来て、そして、思いっきり地面に叩きつけられます。体中が揺さぶられて、痛みも戻ってきて、もう、自分がどこにいるのかはっきりしませんでした。

「この――魔女め!」

 ミワちゃんはなんとか着地し、バトンを振ってコルトを攻撃します。

 コルトはミワちゃんの攻撃を片手で受け止めました。

「雑魚が」

「そうかしら」

 途端、コルトの片腕から炎が噴き出します。

「なるほど。変質系か」

 でも、すぐにコルトの腕から炎は消えていきました。

「やるなら本気でやれ。鷺宮の巫女!こんな風にな」

 コルトはニヤリ、と笑いました。途端、振るわれた杖から極大の魔砲が放たれます。それは私たちが全員で放つことができるものを遥かに凌駕していました。

 私は全てが終わったと思いました。

「コロネちゃんを忘れてもらったら困るな!」

 コロネちゃんは私たちの前に出て、魔砲を魔砲で押し返そうとしています。私はコロネちゃんを助けようと肩に触れようとして――

「ダメだ!」

 アオちゃんが私の手を掴んで止めます。

「どうして――」

 私が言う間もなく、全てが光に包まれました。


 それは想像を超えた現実の姿でした。

 みんな衣装がボロボロになって地面に倒れています。私以外はもう誰も動いてはいません。

「うぅ――うあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁ――!」

 突如としてコルトが叫びだしました。それは身を裂くほどの痛みに耐えきれず叫びをあげているように見えます。

「どうしたの!?コルト!」

「テメェは……仲間が倒れてんのに敵に心配か……」

 コルトはその場に座り込み、両手で胸のあたりを押さえます。

「痛いの?」

「テメェは自分の心配をしろよな」

 コルトの傷はどんどん広くなっていっていました。一拍一拍、心臓の鼓動に合わせるようにコルトの体を蝕んでいきました。

「その力がコルトを苦しめているんでしょう?もう、止めて!コルト!これ以上誰も傷つけないで」

 コルトは私を見ました。その瞳からは真っ赤な血が流れ、そして、私にすがるような目をしていました。

「一度この姿になったからにはもう、戻れねえ。だが、どっちにしろ、俺は今日中に消える運命だった」

「どういうことなの?もう、何も分からないよ!」

「何も知らないまま死ねるたァ、幸せじゃねぇか!」

 コルトは私に向かって魔砲を放ちます。先ほどの魔砲よりは小さく、私たちの放つ魔砲ほどのものです。それだけコルトの残された時間がないということでした。

「だったら、なんで……」

 私はコルトの魔砲を受け止めます。魔砲のぶつかった衝撃で、私の目から涙がこぼれました。

「こんなの、もう、嫌だ……」

 私は魔砲に飲み込まれました。


『ありがとう。私の友達を助けようとしてくれて』

 どこからかそんな声が聞こえます。

『あなたはだぁれ?』

 私は何もない虚空に向かって話しかけます。

『もう私は何者でもなくなってしまった。そんな中に残された記憶の一つ。ただ、あなたにお礼を言いたかったの』

『でも、私はまだ、誰も助けることができていません』

『もう、いいのよ。もうこれ以上頑張らなくても――』

『そんなの、嫌です!』

 私は叫びました。

『私もみんなも笑顔にして見せるから!それが私の願いだから――!』


「ぜぇ、ハァ。まだ立てるとはな」

 私はまだ負けるわけにはいかないから。

「コルトを助けるまでは負けないから」

「もう、無理だって……言ってるだろ……」

「コルト!?」

 コルトの体の周りからは黒い煤が立ち込めています。それとともにどんどんとコルトの力がなくなってきているようでした。

 私はコルトのもとに向かおうと力を振り絞ります。けれど、体が動かなくて……

「やれ!ハザードワーム!こんな雑魚に用はねえ!心の花を全て食い尽くせ!」

 ハザードワームは私に向かって体を延ばします。

 黒々とした体。そこから伸びてくる、人間の腕そのもののような触手たち。

 今、大きな口を開けて私の胸に食いついてきます。

「え……?」

 私は無事でした。

 ですが、私の代わりにソラさんが……ソラさんが!

「ソラさん!」

 ぐちゅり、グチュリ。

「う、うぅあぁあぁあぁあぁ!」

 ソラさんが力のない叫びを上げます。ソラさんの胸にはワームが食いついていてみずみずしい音を立て、ソラさんの胸に食いついています。

「あぁあぁあぁあぁあぁあぁ!」

 ソラさんの叫びに合わせるように胸から閃光が飛び出してきていました。


 どうして、こうなったのだろうか。

 今でもよく分からない。

 昔のわたしは、自分のことしか考えていなくて、他人のことを考えられる人が羨ましくて、ずっと妬んでいた。

 でも、それが何もかもを壊してしまった。

 何もかも壊れてしまって空っぽになったわたしは自分のことなんてどうでもよくなっていた。

 ある日、あの子に似た女の子と出会うまでは。

 その女の子もまた、誰かのことしか考えていなかった。昔のわたしみたいに自信がいつもないっていうのに、誰かのためになると必死で、自分がダメダメだっていうことを忘れて。

 そして、その子の好きな人と同じ人を好きになった。

 いつも不愛想だけど、みんなのことをよく見ていて、優しくて。そして、どこかわたしと同じ匂いがした。この人もまた、何かを自分の手で壊してしまったんだと、わたしはそう思った。

 ずっとずっとその人にわたしだけを見ておいて欲しかった。

 でも、今のわたしは、恋敵をかばって、命を散らそうとしている。

 わたしはかつての友に問いかける。

『ねぇ、わたしを許してくれる?』

 友はかつてと変わらぬ意地の悪い笑みでこう言う。

『テメェのために一生許してやらねえ。そう決めたんだ』

 相変わらず素直じゃなかった。

 ああ、夢が叶いそうだったのに……

 多くの夢があった。

 その夢は叶えられる前にどこかに消えて行って。でも、その夢は見えなくなっただけでどこかに集まっていって。

 そんな存在がわたしたち魔法少女なのだろう。

『満足だった?魔女さん?』

 わたしは名前さえ失ってしまった友に語りかける。

『魔女に望みなんてねえよ。生まれながらにして夢の抜け殻なんだからよ。お前は未練たらたらって顔だな』

 そうなのかな?

『そうね。せめて最後くらい“先生”じゃなくて名前で呼びたかったな』

 ねえ、先生――


「いやぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁ!!」

 全てが壊れていくのを感じました。今までの楽しかった時間も、悲しかったときも。全てが絶望に塗り替えられて行きます。

 ばたり、とソラさんは倒れました。その目に光はなく、命を失ったお人形のようになってしまっていました。

「私が、全部、私が悪いんだ……」

 ゆらり、とコルトの影が揺れます。

「これが現実……」

 そう最後に呟いてコルトの体は地面に落ちる前に全てが塵となって消えました。

「もう、もう、嫌……」

 絶望の中で、私の変身は解けてしまっていました。コンパクトが地面を転がります。

「誰も幸せになれない。誰も彼もが傷付いて、そして、絶望して」

 そのどれもが私のせい――

 私が夢なんかを追い求めたせいでみんなが傷付いて、死んでしまって――

「もう。全てが終わってしまえばいい」

 ソラさんを犯したハザードワームは雄叫びを上げます。それは勝利への陶酔か、それとも、満たされぬ復讐への欲求か――

 私もソラさんと同じところへ行くのでしょう。私が償いきれぬ罪を少しでも軽くするためにはそうしないといけません。

「全てを終わらせて……」

 私は両手を広げてハザードワームを招き入れました。

「絶望と歓喜は一重」

 カタリ、と甲高い靴音が響きます。

「だが、絶望するにはまだ早すぎるのではないか?」

 私とハザードワームとの間にスーツ姿の男性が割って入ります。

「キワムさん!危ないです!逃げて!」

 でも、キワムさんは何も聞こえていないといった風に、何もないところに声をかけます。

「妖精。時は満ちた。契約を」

「仕方ないパフね」

 何もないと思っていたところにパフィーが現れました。

「キワム。キミを魔法少女代行と認めるパフ」

 キワムさんはコンパクトを掲げます。あれは、私の落としたコンパクトでした。

「俺は魔法少女になる」

 キワムさんは黒い光に包まれました。

 そして、禍々しいマントに身を包みました。顔にはカラスのような面が被せられています。

「その姿は――」

 魔法少女というよりも魔女の衣装にそっくりでした。

 ハザードワームはキワムさんを敵と認め、襲いかかります。

 キワムさんは突進してくるワームを片手一本で受け止めます。

「目障りだ。消えろ」

 キワムさんの腕から黒い稲妻が発せられます。その稲妻に当てられたハザードワームは一瞬で灰と化しました。

 キワムさんは何事もなかったように私に向かって振り返ります。

 その胸には傷がありました。コルトと同じような、深い、傷。よく見るとそれは徐々に広くなってきています。

「キワムさん……その傷は……」

「俺は魔法少女になる。だから、ここでお別れだ」

 魔女のように何かに囚われた、そんな呪詛を呟いてキワムさんは虚空の彼方に姿を消しました。


「そう、これは普通の少女が絶望の中に沈んでいく物語――」



endless grief goes on forever …… to be continued



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