第十六羽 負け犬たちのサーカス
第十六羽 負け犬たちのサーカス
最近、おかしいのだ。
「コロネが遅刻しない……」
先だっても遅刻せずにスタジオにやってきた。
あのコロネが時間にゆとりをもって現場に到着しているのだ。
「キャラが被るのこと」
そう。
コロネがわたしのように早くスタジオについてしまったら――
「って、花子。変なこと吹き込まないで」
「私の名前は――」
「みなのもの!苦しゅうないゾイ!」
花子の言葉を遮るようにコロネがスタジオに入ってくる。
他の声優さんたちもコロネに挨拶する。
「相変わらず、コロネは人気ね」
ズルい、とわたしは思う。
懇意にされようと頑張って一人一人に挨拶しているのに、コロネはそんな努力もせずにわたしの欲しいものを手に入れてしまう。
「それはコロネに嫉妬してるのこと?それともヤキモチをやいてるのこと?」
「余計なこと言わなくていいの。というか、花子、あんたどうしてこんなところに?」
アイドル化計画は結局形骸化してしまっている。
事実無根?
ちょっと意味が違うか。
「私はアニメに出演しないのこと。だから、暇なのこと」
「で、ガヤとして呼ばれていると」
見た目もそうだけど、実に座敷童のような女の子だった。
時々気がつくと声優さんのおひざ元、じゃなくて膝の上に乗っていたりする。
立派なマスコットキャラクターである。
じゃあ、わたしは?
わたしは一体世界にとってどのような存在なのだろうか。
コロネに続いて古畑さんと見覚えのある無表情な大男が入ってくる。
確か、隣のクラスの先生だ。
「キワムが見ていてくれるなら、ワタシは百人力だ!」
コロネはキワムと呼ばれた先生の太い腕に抱きつく。
何故だかぞわぞわとした。
嬉しそうにキワムの目を見ているコロネを見ると、体の底から得も言われぬ何かが沸き起こってくるのだ。
「恋しているのだな」
「えっ」
ぼそり、と花子は言った。
わたしはまじまじとキワムとコロネの顔を見る。
コロネの顔はいつも以上に楽しそうで、そして、少し恥じらっているようにも見える。
またもぞわぞわする。
「これは――不埒ね」
成人男性と小学生との恋などあってはならない。
そんなの、色々と認められるわけがない。
「調査をする必要があるわ」
わたしは親友のコロネのためにキワムを見張ることにした。
**********
休憩中、キワムは古畑さんと話しているようだった。
(二人はどういった関係なのかしら……)
それだけがひどく気になった。
当のコロネは声優さんたちと歓談している。
わたしだけが険しい顔でキワムと古畑さんを見ていた。
「こう見ると、ふたりはプリキュアって感じのこと」
「なんのこと?」
花子の言葉で一気に妄想が広がる。
ふたりはボタンの花、もしくは菊の花に埋もれて、ふたりだけの時間を――
「向かいのホテルで夜が明けるまでじっくりと話しあおうか」
「なにアフレコしてるのよ」
「待ってくれ。こんなところでは――」
「だからホテルに――」
「まさか、キワムは受けなの!?古畑さんが攻め!?」
ベストマッチ!
ヤベーイ!チョウヤベーイ!
わたしは火照った顔を収めようと冷たい掌で頬を冷ます。
だけど、興奮は収まらない。
「そう、よね。逆だとありきたりだし」
「こういうものもあるのこと」
花子は一枚のCDを取り出す。
「なになに?受け責め両刀CD?」
VAは古畑島根となっていた。
「今ならおやすくしときやすぜ」
買った。
「古畑さんが声優になりたての頃のCDね」
帰ってから聞くのが楽しみだ。
「でも、ますますコロネをあんな環境に置いておくのは心配だわ」
わたしはCDを懐にしまう。
「だから、作戦その2よ」
「作戦1はどうしたのこと」
***********
収録中もあまり集中できなかった。
何故なら、ひどく作戦の進捗が気になるからだ。
「……」
キワムの横にはちょこんと花子が座っている。
敵を知るにはまず懐に忍び込まなければならない。
故に、近くに花子を置いたのだが――
「……」
二人とも石像のように無表情で一言もしゃべらない。
瞬き一つしない。
「シュールだ……」
ベンチに座っている石像を眺めているみたいでとてもシュールだった。
前衛芸術とはこういうのを言うのだろう。
「うん?」
わたしは花子の異変に気付く。
なんだか歯を食いしばって、体を震わせている。
なにかに必死で耐えているような……
「まさか、トイレに行きたいんじゃ……」
恐らく花子は傍に無表情の大人がいることに緊張してトイレに行けなくなったのだ。
花子の震えはさらに激しくなる。
「花子!早くトイレに行きなさい!」
その言葉とともに花子の隣の人影が動いた。
俊敏に花子を抱えたかと思うとそのまま女子トイレに入って行く。
「……」
トイレから女性の悲鳴が立ち込めたのは言うまでもない。
***********
「作戦成功のこと」
「一体どの口が言うのよ」
わたしたちはキワムとコロネがスタジオから出た後、追跡をする。
ふたりは仲良く手を繋いで町を歩いていく。
「このままどこに――」
と考えたところで、この近くにそこそこアレな町があることを思い出す。
「まさか、ホテルに――」
そんな時、声をかけられる。
「お前ら、面白い事やってるな」
「え?」
わたしたちの前に姿を現したのは一人の少女だった。
こんな寒い時期なのにゴスロリ調の黒い服を着ている。
頭には魔女のような帽子。
その帽子から垂れ下がる髪は炎のように赤い。
「あのふたりをつけてるのか」
ちょっと不思議な子に声をかけられたけれど、ふたりがゲームセンターに入って行くのを見て、そっちに目を戻す。
「ゲーセンで一体なにを――」
プリクラ。狭い個室。ふたりきり――
「お前、ピンク髪よりも脳内ピンクだな。一応小学生設定なんだぜ?」
「あんたこそ何者よ」
「よくぞ聞いてくれた。俺様はバッシュ将軍だ」
「ろれつが回ってなくて聞き取れないやつね。ちなみに彼の声優は皆さまお馴染みのあのライダー俳優よ」
「オイオイオー」
少女は軽く咳をする。
「冗談はさておき、俺は魔女コルトだ」
「そう」
「今、こいつ魔女を自称して痛い奴だと思っただろう!」
「ゼンゼンソンナコトオモッテナイワヨ」
「嘘が下手か」
コルトのことはどうでもいい。
とにかく今はコロネのことだ。
「この大魔女コルト様がお前たちに手を貸してやってもいいんだぜ?」
「……」
「む、無視はやめろよな」
「……」
「わ、分かったよ。謝るから」
「……」
「どうかお力になりたく思いますので協力させてください」
「ふぅ」
仕方なくコルトの力を借りることにする。
コルトはどこからか長い杖を取り出すとフリフリする。
すると、とても昭和なテレビが現れる。
「リモコンがない頃のテレビのこと」
「え?テレビって初めからリモコンがあったんじゃないの?」
「そんなわけないのこと。ここのつまみで操作するのこと」
花子は昭和人らしく慣れた手つきでテレビをいじる。
少し乱れた後、テレビが画像を映す。
緑と白の横縞が画面いっぱいに広がる。
「ほぉ。これまたそそるパンツを――」
わたしはコルトを殴る。
「じょ、冗談だって。ちょっとあいつと俺とで名前が似てるから悪戯したくなっただけだっての」
コルトはキワムとコロネを映す。
「不埒なことはしてないみたいだけど……」
コロネはゲームで高得点を出し、キワムはそれを眺めている。
だけど、心なしかコロネはあまり楽しそうには見えない。
キワムと手を繋いで歩いている方が楽しそうに見えた。
「はぁ。なんつーか、お前ら色々面倒というか、じれったいってーか。欲しいもんがあるなら力づくで奪えばいいだろうに。ほら、UFOキャッチャーで無理矢理筐体を揺らして落とすみたいによ」
***********
ゲームセンターを出たふたりは港に来ていた。
倉庫の並ぶコンクリートの上で橙色の夕陽を見つめている。
「雰囲気あるじゃないの」
このままキスでもしそうな勢いだった。
もし、この場でコロネがキスしているところを見てしまったら、わたしは一体どうなってしまうんだろう。
「ったく、しゃーねーな。俺が恋のキューピッドになってやるか」
「ちょっと」
飛び出そうとするコルトをわたしは止める。
「お前、あのデク人形が欲しいんだろう?なら、力づくで奪っちまえよ」
ニタリ、と笑ってコルトはふたりのもとへと向かっていく。
「そっちじゃないんだけど」
わたしが気になっていたのはキワムではなくコロネだった。
「仲良くデートしてる中、すまないねぇ。お二人さん」
コルトはふたりに友達のように接する。
「魔女――」
「ピンポーン!あんたらと会うのは初めてかな。あのどんくさい女の相手はつまらなかったぜ」
キワムとコロネが深刻な表情をしているのに気がついて、コルトは二人の敵だったのだということにわたしは気がついた。
「俺の名はコルト。魔法少女の敵だ」
「キワム。離れていろ」
コロネは魔法少女に変身した。
コルトはコロネに向かって杖を叩きつける。
「わたしのせいだ。わたしのせいでコロネが――」
**********
以下、第十五羽参照
「かえろっか」
「うんのこと」
あっけなく終わった戦いを後に、無駄に自分を責めてしまったことを馬鹿々々しく思う。
「この後、外伝の方にも出演しなきゃ」
**********
「コルト。どこに行っていた」
「別にどこでもいいじゃねえか」
コルトはめんどくさそうに言う。
「ザウエル。テメェは魔女っ娘の休日も管理しようってのか?」
「魔女っ娘か。聞いてあきれるな」
「んだと?」
「不用意に出歩くなと言っている。何があった」
「別に、ちょっとした恋のキューピッドになってやっただけだよ」
「……」
コルトはにやりと笑った。
「その割には……その……満身創痍なようだが?」
「無駄に気を使ってんじゃねえ!余計に悲しくなるだろうが!」
「どうかしたのか?」
ザウエルは笑いをこらえながらさも心配そうに言う。
「笑ってんのバレバレだ!ちょっと油断して魔法少女にやられただけだよ!」
「所詮お前は四天王最弱――」
「魔女なのに四天王ってどうかと思うゼェ。ギャハハハハ」
「最弱なのは認めるが、まだ倒されてもねえのに言われるのは釈然としねえ。それより、次からハザードワームを使う」
「私達に残された時間は少ない。それだけは忘れてはいけない」
王座の一番上に坐するピースメイカーは静かにコルトに告げた。
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