第十五羽 終わりをゼロから始めよう

 第十五羽 終わりをゼロから始めよう


「どうも読者を惹きつけるには第一羽から興味を引く内容でないといけないらしいな。ということで、コロネちゃんを主役としてこの物語をゼロから始めるぞ」

「何を言ってるんだ」


 俺はコロネちゃんを連れてスタジオに向かっている。

 町の小さな音響スタジオで、少し奥まったところにある。

 このような所でアニメの吹き替えをやっているのかと俺は少し驚く。


「最近、キワムが思いつめたような目をしているからな。だから、一羽からやり直すべきだと思うんだ」


 そう言われて俺は目を丸くする。

 お前は何を考えているのか相変わらず分からないと先日友人に言われたばかりだからである。


「それと一羽からやり直すのとはどんな関係があるんだ?」

「うーん、関係ないな!」


 コロネちゃんは元気に言った。

 時々元気が良過ぎて運転中の俺のところまで手足が飛んでくるので注意しなければならない。


「だが、作者は危惧しておるのだ。先日とある番組でプリズマ☆イリヤのイリヤちゃんが出てしまった。同じ魔法少女ととして、プリズマ☆イリヤにだけは確実に負けるからな」

「張り合う必要があるのか?」

「コロネちゃんだって、ゴールデンに出たいんだ!それと、早くイラスト化してくれ。上手下手はこの際問わないから。読者さんのコロネちゃんを愛する心でとってもきれいに見えるはずだから!」

「それはそれで怖いな」

「うむ?さっき笑ったか?」

「いや、笑ってない」


 運転中では自分が笑ったのか笑ってないのかよく分からない。

 俺は笑うことが少ないのでそう答えた。


「いや、絶対笑ったぞ!そんなことより、キワム、運転できたんだな」

「今さらか」


 何度かコロネちゃんを送り迎えした気がするが。


「あれだろ?危険がせまったらこの車、ロボットに変形するんだろ?」

「しない」

「じゃあ、魔法で改造して――」

「大丈夫だ。危機になったらタイヤが跳ね上がって車の上を飛び越える」

「なるほど!コロネちゃんは原作主義なのだ!なら、そのままにしないと!でも、ワタナベシンイチは好きだぞ!」


 ナベシンと面識はないが、どうも世界を救ったようである。

 流石だ。

 ナベシン。


「今日の収録はどんな感じなんだ?」

「もう一クールの半分は終わってしまったな。アニメは毎週ちょっとずつの収録だから面倒だ。本編だけでなくCDやらCMの収録もあるしな」

「頑張れよ」

「当たり前だ!」


 俺は車をコインパーキングに止める。

 そして、コロネちゃんの荷物を持っていく。


「すまないな、キワム」

「なに。俺はコロネちゃんのマネージャーだからな」


 そう言って、自分がタダ働きだったことを思い出し、泣きたい気分になった。


「大丈夫だ、キワム。コロネちゃんが嫁にしてやるから」

「せめて婿にしてくれ」

「でも、コロネちゃんはみんなの嫁だからな!夜のオカズにはあまり使うなよ」


 トートバッグには水筒と昼食、それに台本が入っている。

 台本にはいくつか付箋が張られていた。


「緊張するか?コロネちゃん」

「緊張しない時はないさ」


 俺とコロネちゃんはスタジオへと向かって歩いていく。


「ワタシは何でもできると思っているだろうが、天才のワタシでも不安はあるし、自信がない時もある」


 コロネちゃんは常に気丈に振舞い、何でもハイテンションでやってのける。

 だが、この時、俺はコロネちゃんも同じ人間であることに気がついた。


「ま、コロネちゃんは神だがな」

「神を名乗って碌な目に遭った奴はいないがな」

「魔王もそうだよな」


 俺はコロネちゃんなら神にでも魔王にでもなれそうな気がした。


 **********


 スタジオにたどり着く。

 入り口から入ってすぐに一人の男に出くわす。


「最近、コロネちゃん、遅刻しないね。やっぱり、そこのおにいさんの影響かな?」


 この男は古畑島根。

 幼女性愛者であり、男色である。


「キワムくん。僕の紹介ひどくない?確かに幼女は白ご飯のおかずにするくらい好きだけど、ペドフィリアってほどでもないから。それと、僕は幼女が好きであって、男は嫌いだから」

「女性が好きと言わず幼女が好きというところがさすがしまやんだな」

「そうだよ!僕が幼女大好きしまやんだよ!」


 俺はコロネちゃんに飛びつく古畑の顔を鷲掴みにする。


「ゴッドフィンガー?リアルゴッドフィンガーだよね、これ!」

「アイアンクロ―だ」

「ちなみに頭部破壊はシャイニングの時だな」

「地の果て照らし奇跡を呼ぶspell!」


 俺はうるさい古畑を置いて帰ろうとした。


「キワムくん。見て行かないのかい?今日、忙しい?」

「誘ってるのか?」

「向かいのホテルで夜が明けるまでじっくりと話しあおうか」

「ホテルおじさんだな!」


 暇ではあるが、俺がいたところでどうにかなるというものでもない。


「コロネちゃんもキワムくんがいると精が出るよね。あ、下ネタじゃないから。でも、保護者がきちんと付き添ってないと、どうなることやら……」

「コロネちゃんは愛され系だな!モテかわというやつか!」


 そこまで言われると心配になってくるので、俺は仕方なくコロネちゃんの仕事を見学することにした。


 ************


 大人ばかりがいる中で少女が二人、仕事をしているというのは中々に不思議な光景であった。

 コロネちゃんとその友人のゆずが声を当てているのを見ながら、俺にとって仕事とはどういう存在であったのか、どういう位置づけであったのかを考えないわけにはいかなかった。


 魔法少女になるということは結局は社会に出る不安を紛らわすための余興でしかなかったのかもしれない。

 俺は社会に出るという度胸などなくて、それで夢を追いかけるという大名儀文を得て満足しているのではないか、と。

 目の前で少女が大人に負けず演技をしているというのに俺はなんとちっぽけな存在であろうかと思わずにはいられなかった。


「なにか悩み事かい?」


 古畑が俺に飲み物を差し出す。

 おしるこだった。


「俺はマネージャーなのに、そんなものは――」

「これは僕からの感謝の気持ちだと思ってよ」

「どうして感謝されなければならない?」


 受け取らなければ話さないぞという執念を感じたので俺は汁粉を受け取る。

 かちゃり、と音を立てて、汁粉のタブを開けた。


「とてもいじらしいことだけどね、コロネちゃん、君たちと暮し始めてから楽しそうだから。コロネちゃん、事情が事情だけに、ちょっと同情するというかそういうのがあったから、僕らも気を遣わずにはいられなくてね」

「なるほど」


 俺は魔法少女たちのマネージャーをするにあたり、それぞれの事情を聞かされている。

 もしかしたら、この古畑という男も俺と同じような使命を与えられているのかもしれない。


「きみが何に悩んでいるのかは僕には分からないし、分かりたくもない。自分の問題だけで僕は精一杯だから、誰かの問題まで抱え込むことはできないよ。でも、きみの問題はそれほど悩まなくてもいいんじゃないかな。僕から見れば、きみの周りには笑顔があふれている。それが世界で一番大切なことなんじゃないかって僕はとっても思うから」


 昔、似たようなことを言っていた少女がいた。

 その少女もまた、誰かの笑顔を守りたかっただけだった。

 ただ、誰かよりも大切なたった一人のことを選んだだけだ。


 そして、今、俺のそばには再び同じような理想を胸に持った少女がいる。

 俺がするべきことはなんだ。

 何を俺はしたいんだ。


 俺はお汁粉を勢いよく喉に押し流す。


「おお。豪快だね」

「どうしてお前はお茶なんだ?」

「だって、甘いものとか乳製品は喉に膜が張って良くないんだ。炭酸も喉がおかしくなるからね」

「じゃあ、どうして俺はお汁粉なんだ?」

「面白いから」


 いいことを言ったのがこれで全て台無しになった。


 ***********


「どうだった!?ワタシの活躍は!もうヒロイン昇格でいいだろう」

「コロネちゃんはもうすでにヒロインだ」

「最高だな!」


 収録が終わり、コロネちゃんは戻ってくる。

 俺はブースの中をただぼーっと眺めているだけであった。

 だが、それだけでもコロネちゃんの凄さがわかった。


「お茶を飲むか?ソラ特製のハーブティーだ」


 喉に良いから、と持たされているものである。


「ありがとう」


 コロネちゃんは喉を潤す。


「さて。今日はせっかく町まで来たんだから、デートだな」

「それは前もやった」

「じゃあ、延長戦だ。今日はコロネちゃんが持つから、お金の心配はないぞ」


 本格的に俺は幼女のヒモになるようだった。


 **********


「デートと言えばどこなのだ?」

「俺に聞かれても困る」


 俺たちは町を歩く。

 手をつなぐ。

 手をつないでおかないとコロネちゃんはどこかにふらふらと行ってしまうからだ。


「こういうのは男の方が決めておくものだろう?」

「さっき言われて決められるわけがなかろう」


 とにかく、コロネちゃんを満足させればいいのだが、何がコロネちゃんを満足させられるのか。


「またあの奇怪な食べ物を食べに行くか」

「あれはもういい。一回で飽きた」


 確かに、あんなもの、一度で十分だろう。


「あれだよな。魔法少女ものなら、鼻くそ味のジェリービーンズでも出さないとな」

「作者のトラウマを発現させるな」

「ああ、腐った卵味は強烈だったなぁ……」


 コロネちゃんは遠い目をした。


「やはり、遊園地か」

「遊園地は嫌だな」


 時間もないというのは考えていたが、まさかコロネちゃんから否定されるとは思っても見なかった。


「身長が足りないんだ。だから、行けない」

「保護者がいれば問題なかったはずだが」


 一応100センチはありそうなコロネちゃんならなんとかなるだろうが、俺もあまり絶叫マシンが得意ではない。


「ちなみに、コロネちゃんの苦手なものはあるか?」

「主役の座を奪おうとするクソッタレだな。後、異世界転生ものと」

「ネット小説で生きて行けるのか?」


 ふと、俺は小さなゲームセンターを見つける。


「どうだ?ゲーセンは」

「あれだろ?UFOキャッチャーはkeyの十八番だろ?景品は斉藤か?」

「何のことやら」


 メダルゲームで時間を稼げるかと思った。

 俺には人間がどうやったら満足するのか分からない。


 ***********


 30分後。


「キワム飽きてしまったぞ」

「どうやったらたった10枚で10000枚もゲットできるんだ」

「天才だからな」


 他のゲームもやらせたが、カードなど、能力を上げるのに時間がかかるゲーム以外のものは簡単にハイスコアを出してしまう。


「相当やり込んだのか?」

「いや?全部初めてだ」


 それにしては装置の扱いなどが熟練しているように見える。


「ワタシは天才だからな。だから、なんでも飽きてしまうんだ」


 ***********


「すまないな、キワム。なんだか気苦労をかけたみたいだ」

「いや、大丈夫だ」


 その後は町を散歩するだけとなってしまった。

 なにがコロネちゃんを満足させることができるのか俺には分からなかった。


 だから、聞いた。


「コロネちゃん。お前は一体何に満足するんだ?」

「ワタシは何にも満足などしないぞ。してしまえば、きっと、それ以上前に進めなくなるからな。ただ、天才であるワタシは進めば進むほど前に行ってしまう。だから、それを怖く思う時があるよ。全てに満足しきった時、ワタシはどうすればいいんだろうってな」

「コロネちゃんのままでいいんじゃないか」

「特に考えずに言っただろう」


 確かにその通りだった。

 特に考えもせずにこんな言葉が出てきた。


「俺たちはコロネちゃんがいてくれたらそれで満足だ。コロネちゃんは俺たちといることが怖いのか?」

「そんなわけないだろう!」


 結構本気で殴られる。


「ただ、ワタシは怖いだけなんだろうな!ずっと幸せでいいのかなって!」


 幸せとは犠牲の上に成り立っている。

 それを俺もコロネちゃんもよく知っている。


「帰るか。キワムを独り占めして、みんなヤキモチを焼いているからな」

「そうだな」


 コロネちゃんがいないとみな寂しがるだろう。

 そう思い、その場を後にしようとした時だった。


「仲良くデートしてる中、すまないねぇ。お二人さん」


 赤い夕陽に照らされて一人の少女が現れる。

 赤い髪に黒い衣装。

 こいつは――


「魔女――」

「ピンポーン!あんたらと会うのは初めてかな。あのどんくさい女の相手はつまらなかったぜ」


 一瞬だけ姿を見ているが、こうして相まみえるのは初めてだった。


「なんだ?お前もキワムにヤキモチか?」

「ハァ?なんでこんなデク人形にヤキモチやかねえといけねえんだ?」


 魔女は杖を振りかざす。


「俺の名はコルト。魔法少女の敵だ」

「キワム。離れていろ」


 コロネちゃんは変身する。


「ふふん!これは初めてのコロネちゃんシリアス回だな!というか、もっとコロネちゃん主役で小話をやっていいんじゃないか?え?コロネちゃんは一人の時の方が輝くって?褒めるなよ、恥ずかしいな」

「なに一人で言ってんだよ」


 コルトは杖をコロネちゃんに向かって振り回す。

 コロネちゃんは体を軽く移動させて避ける。


「くそっ」


 コルトはなおも激しく杖をコロネちゃんに叩きつけようとする。


「力を入れ過ぎだ」


 コロネちゃんは指一本で杖を止める。


「これがチートというやつだな」

「黙れ!」


 コルトはコロネちゃんから離れざまに魔砲を撃つ。


「そろそろ茶番を終わらせよう」


 コロネちゃんは片手を突き出し、ビームを受け止める。

 受け止められたビームは反射し、コルトの方へと向かっていく。


 魔砲はコルトに直撃し、砂煙に覆われる。


「やったか」

「そう簡単にはやられてやらねえよ」


 風が起こり、無事なコルトが姿を現す。


「ちっ。テメェをコルト様のライバルと認めてやるぜ!コロネ!」

「それって、後々仲間になるけど仲間になった瞬間役に立たなくて、毎回主人公に助けてもらう雑魚キャラのセリフだよな」

「う、うっせぇ!誰が仲間になんかなるかよ!」

「雑魚キャラなのは認めるんだな!」

「ち、ちげえよ!俺は四天王最弱なだけだ!」


 コルトは胸からガラス玉を取り出す。


「収納するほど胸がないのにな!」

「同じレベルのお前にだけは言われたくねえよ!」


 そして、そのガラス玉を地面に叩きつける。

 ガラス玉はパリンと音を立てて割れ、中から奇妙なガスな流れ出す。

 それはだんだんと大きくなっていき、ワームを形作った。


「覚えてろよ!」


 コルトは俺たちがワームの出現に気を取られている隙に逃げ去ってしまった。


「登場から二羽で雑魚キャラ化するって、ギャグだな」

「俺にはコロネちゃんが強過ぎただけな気もするがな」

「ワタシは本気の半分しか出していないぞ」


 ワームは無視されたのを怒るように俺たちに向かって巨体をぶつけにかかる。


「ワタシは頭がいいが、短絡的だぞ!」

「自分で言うことなのか」


 コロネちゃんはバトンの先に特大の魔法陣を描き出す。

 だが、その規模の魔法陣では時間がかかりすぎるはずだ。

 間に合わない。


「ここが腕の見せ所だ!」


 コロネちゃんは瞬時に魔法陣を開放する。

 瞬間、魔方陣から極大の魔砲が放たれる。


「超ド級スペルマックス凍てつく波動!」

「“いてつくはどう”なのかよ」


 強化を無効化するどころではない魔砲がワームを焼き尽くした。


「チートはいいけどさ、魔法少女もので簡単に敵を倒せるってどうなのかな」

「いや、意外とそんなもんだろう」


 結局最後にヒーローが勝つのだ。


 ***********


「帰るまでがデートだぞ」


 コロネちゃんは変身解除して俺の手を嬉しそうに握った。


「満足か?」

「ああ。とっても満足だ」

「手を繋いでいる時が一番満足していたというオチか」


 全くつまらない。だが、なんだか清々しいオチだった。

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