第十羽 愛を取り戻せ! 2
第十羽 愛を取り戻せ! 2
「きっと皆さまはこれが俺の物語だと思って、読もうとしてくれたのだろう。だが、九羽に続いて幼女たちの物語となってしまった。だが!今日からは俺の物語だ」
ぴちぴちと小鳥がなく。
俺は朝のジョギングをしていた。
ちなみにさきほどのは独り言だ。
魔法少女になるための努力は欠かさない。毎日のジョギングはしっかりと時間をかける。
働きながらも鍛えて行くというのはとても大変なことだ。
偏に時間が足りない。
そして、筋力を鍛えるトレーニングは器具を使えば簡単にできるが、持久力を鍛えるトレーニングはそうもいかないのだ。
だから、短い時間ながら、一秒一秒を大切にしていかなければならない。
いつものコースを回って家に着く。
明日からはもっと長い距離を走ってもいいかもしれない。
「おかえりなさい。先生」
台所にはパジャマの上にエプロンを着た中学生がいた。
「どうしてパジャマなんだ。ソラ」
「ご飯?お風呂?それともわたし?」
俺はシャワーを浴びに浴室に向かう。
「こら!しかとはないでしょう!」
答える気にもならなかったので、浴室に向かった。
「それとも、ミワ?」
浴室にはミワが入っていた。
「今日は朝早いんだな」
俺は構わず浴室に入る。
「あの、もうちょっと恥じらわない?」
「兄妹なのだろう?恥じらう必要もない」
「……それはそれで嬉しいのだけど、なんだか、なんだかミワ、悲しい」
俺はさっとシャワーで汗を流す。
「それだけ?色んなとこ、洗いっこは?」
「一人でしていろ」
そんな折、浴室に訪れたフキと出くわす。
「おはよう、フキ」
「下を隠してください!」
思いっきり殴られる。
パーではなく、グーだ。
「どうしてここに?」
「これ!」
フキは俺に布切れを差し出す。
「ミワちゃんに後で着替えを持って来てって言われてたんです!はっ!」
なるほど。ミワのいたずらだな。
「キワムさん!それ、返してください!」
フキは俺の股間を覆っていた布を奪い取る。
「キャー!」
そして、また殴る。
今度は逆の頬である。
右の頬をうんぬんだ。
フキの手には淡いピンク色の布切れが握られている。
どうもフキが無意識に差し出したのはミワのパンツであったようだ。
「これ、ミワちゃんに渡しておいてください!」
そう言ってフキはそそくさと出て行った。
**********
「休みの日からラブコメ全開ね」
「キワムさんは変態です!」
なんだかよく分からないがフキは不機嫌で、ミワはなにやら嬉しそうである。
そして、ソラは俺たち三人を楽しそうに眺めている。
「先生も、小学生でも女の子ってことを忘れちゃダメですよ。というか、もう来年には中学生だし」
「忘れているつもりはないが」
だからといって、俺はどんな処置をすればいいのか分からない。
いつもフキを怒らせてばかりだ。
「まあ、いいでしょう。なんか、わたしたちっていっつもこんな風な気がするし。とにかく、作戦会議をしましょう」
俺たちはなんとなくやる気のあるようななさでソラを見つめる。
「まず、あの魔法少女のことね」
「あの男の子ですよね」
「少しわたしの話を聞いてくれるかしら」
そう言ってソラは語りだした。
「わたしね、みんなと出会う前に一度、魔法少女のユニットを組んでたんだ。わたしを含めた四人でね」
「もしかして、その中の一人が――」
「ううん?違うよ。あの子はわたしが魔法少女になる前に出会った近所の子、その一。大きくなってたから全然気がつかなかったな」
「さっきの語り出しは何だったんですか」
「いや、ノリで」
ソラは短い髪をぽりぽりと掻く。
「ともかく、俺たちの邪魔をする者は敵だ」
「キワムさん。大丈夫ですか?」
フキは俺の掌を覗き込んで聞く。
「大丈夫だ。問題はない」
少年の砲撃が到達する寸前、俺は足の力で地面を割り、そこから畳返しの要領で壁を作った。
その壁で相殺されたビームを手で受け止めたのだ。
「大分無茶苦茶なことをしますね。どうりであの時、砂煙が立ってたんですね」
俺はどうも一人でぶつぶつと独り言を言ってしまっていたようだった。
「それにしても、結局のところ、対策のしようもないからね。お休みを精一杯楽しみましょう」
ソラはそう言って立ち上がる。
「宿題はできてるの?」
ミワは鋭くソラに尋ねた。
「明日やるって」
「絶対やらない人のセリフね」
「なぜだかわたし、小学生にバカにされてる」
それは宿題をしていないからだろうと俺は思ったが黙っておいた。
**********
せっかくの休日を無駄に過ごすわけにはいかない。
俺は魔法少女になるための特訓を始めた。
「魔法少女になるためにはどうすればいいのか」
腕立て伏せを続けながら俺はぼんやりと景色を見渡す。
雪はすっかり解けて、辺りは緑の針葉樹で満たされている。
寒い時期に河川敷というさらに寒い場所で特訓をするというのも魔法少女になるために重要なことであった。
「魔法少女の定義。それは魔法を使うこと。そして、少女であることであったが」
先日の魔法少年を思い出す。
つまり、魔法少女が魔法少女たる定義はあまりあてにならないということがそこで分かった。
「コンパクトによって変身する。つまりは妖精と雇用契約を結ばなければならない」
つまり、俺は後コンパクトさえ渡されれば魔法少女になれるわけである。
だが――
「フキを一人前にしなければならない。だが、どこまでいけば一人前か……」
フキが独り立ちできるまでだろうか。
だが、フキは全体的に魔法少女としての能力が低い。
俺が魔法少女になった方がマシだと思えるほどだった。
彼女の特殊な魔法系統を含めなければ、であるが。
「だが、その日は近い。俺が魔法少女になるその日が」
ふと、俺が特訓するよりもフキが特訓するべきなのではないかとも思ったが、そこはソラに任せることにした。
これもまた、先日適性というものだろう。
「はあ」
少女が一人川辺で溜息を吐いていた。
「はぁ」
「だ、だれ?」
突如として少女の隣に現れた俺に少女は驚いて声を上げる。
「もしかして、ロリコンの方ですか」
「なんでそうなる」
「いや、普通そうでしょうに」
少女は俺の姿をじろじろと見る。
「もしかして、隣のクラスの先生ですか?」
「お前は小学生か」
どうも同じ学校の児童であるようだった。
「どうして溜息なんかついていた?」
「先生こそ」
俺たちはしばらく黙っていた。
最初に口を開いたのは俺だった。
「俺の夢は魔法少女になることだったんだ。だが、俺と同じ男が先に魔法少女になっているのを知ってな」
だから、ショックだった。
「才能のせいだと思いますか?」
少女は聞いてきた。
「わたしも才能のある子を見て、自分って才能がないなって本当に思って。だから、気がつけばこうやって一人で悩んでいるんです」
「馬鹿々々しい」
子ども相手に俺はそう言っていた。
「才能などというものは本当は必要ない。そんなもの、優劣の差を重視するために生まれた幻想だ。つまり、俺が言いたいのは、そんなこと気にするだけ無駄だということだ。何で悩んでいるのかは分からないが、本当の才能というのはその何かを全力で楽しめることではないのか?」
少女は目を丸くして俺を見つめる。
「そっか……そういうことか……」
少女はそれで納得したようである。
少女は元気よく立ち上がった。
「先生も全力で楽しんでいればそのうち魔法少女にもなれますよ!」
そう言って少女は立ち去っていった。
「楽しむ……か」
俺には今一よく分からない感情だった。
**********
「キワムさん。おかえりなさい」
「ああ。ただいま」
魔法少女になるための特訓を終えた後、帰ってきた俺にフキは言った。
「フキはどうして魔法少女になれたんだ?」
「え?」
フキは目を丸くして驚く。
「急にどうしたんですか?」
「お前がどうして魔法少女になれたのかを聞いている」
「そんなの、分かりませんよ」
フキは困った顔をして言った。
「私はなりたくてなったわけじゃありません。なれないキワムさんには悪いと思いますけど。でも、この魔法少女の力は自分のために使うものじゃないと私はそう思います。誰かのために使うべきだし、使いたいから」
「成長したな」
「え?」
俺は思わずそんなことを言ってしまっていた。
「キワムさんはどうして魔法少女になりたいんですか?」
「それはなりたいからに決まっている」
「きっかけとかそういうものってないんですか?」
「ない、な。きっかけやそんなことを言っている者は大抵が後付けだ。どんな事象にも初めになりたい、や、やりたい、という感情が来る。そこからどうしてなりたいのかと考えて答えを出すものだ。人間の脳というのはそういう風にできている」
むしろ、俺はなりたいというよりもならなければならないといった類のものなのかもしれない。
「フキはなにかなりたいものがあるのか?」
「それは……」
「ミワはおにいちゃんのお嫁さんになる!」
「ミワちゃん!?」
突如として現れたミワは俺に抱きつく。
「ね?叶うでしょ?」
「そうだな。叶うかもしれないな」
「そんなの、ダメです。兄妹どうしは結婚できないって、お母さんが……」
「じゃあ、ミワ、男になる。そうすれば兄弟でしょう?ブラザーでしょう?」
「ブラザー同士も無理でしょうが」
ソラが呆れたように居間に入って来た。
「ソラ。宿題終わった?」
「なんとか終わったけど、面倒臭いわあ。宿題ってなんであるのかねぇ。『嫌な宿題は全部、ゴミ箱に捨てちゃえ!』かしら」
「そんなことしたらダメです」
「毎日が日曜日」
「ソラさん、将来絶対にダメな人間になりますよね」
「フキ。あなた、さっきからダメダメしか言ってないじゃない。あんただって古女房になっちゃうわよ」
「なんで古い女房になっちゃうんですか!せめて新婚さんがいいです!」
「おやぁ?誰か気になる人でもいるのかなぁ?」
そう言ってソラはフキをからかう。
ついでに俺の方もちらりと見る。
「な、そ、そんなんじゃありませんよぉ……」
フキもちらりと俺を見る。
そんな二人の様子をミワは不快そうに見る。
「ソラも子ども相手に喧嘩してバカじゃないの?それと、おにいちゃんは絶対に渡さないから」
「でも、兄妹同士は結婚できないけどね」
「愛さえあれば関係ないもん!」
「いやいやいや。それはないよ、ミワちゃん」
言い争っている少女たちを置き去りにして俺は風呂に入った。
**********
「ミヤ……」
「どうしたんですか?キワムさん」
「いや、何でもない」
ベランダで月を見上げているとフキが俺に話しかけてきた。
どうも目が覚めたらしい。
「一人でトイレに行けるか?」
「子どもじゃないんですから、バカにしないでください」
「ミワは俺が付き添わないといけないがな」
「それ、絶対に騙されてますよ」
ミワが俺を騙す理由が分からない。
「でも、キワムさん、妹想いなんですね。さっきだって物思いにふけるようにミワちゃんの名前を呼んでいましたし」
「……」
凍える風が俺の頬を冷たくする。
「キワムさんはミワちゃんのことをどう思っているんですか?」
「どう、とは?」
「ミワちゃんは、その、キワムさんのことが大好きなようですが」
「そうだな。俺はきっとどっちでもない」
「どういうことですか?」
そんな時、俺の耳に甲高い音が響く。
ワームが出現した合図だった。
「何なんですか?急に耳鳴りみたいなのが……」
「ワームが出た」
フキは魔法少女になって箒で空を飛び出す。
「わたしたちも行くわよ」
目を覚ましたらしきソラとミワもまた、箒で空を翔ける。
「俺も急いでいく」
俺は一人夜道をかけた。
「ワームを感知できるようになった、か……」
俺は改めてフキの特殊性について考えざるを得なかった。
それは危険に感じるほどのものだった。
「フキには鷺宮の血は流れていないはず……」
現場についたときにはすでにワームは片付いていた。
「現れたな!魔法少女たち!」
マントに包まれた少年が月に照らされていた。
仮面をかぶっており、顔はよく分からない。
「お姉さまを返してもらう!」
光の剣が無数にフキたちのもとへと突き刺さる。
「ミワ!」
「はい!」
ミワは剣の軌道を全て捻じ曲げる。
「二人は今のうちにやつを何とかしろ」
「ソラさん。キワムさん。私に任せてくれませんか?」
「あんたに何ができるっていうのよ」
そうミワは言うが、俺とソラはフキの目を見て任せることにした。
「頑張って来い」
「はい!」
フキの目はどこまでも真っすぐで諦めることを知らなかった。
「ミワ、ソラ。フキの援護を!」
「はい!」
少年はバトンを使い、光の刃を生み出す。
「そんな物騒なもの、振り回したら危ないわよ」
少年に向かっていくフキを守るようにソラの作り出した盾が刃を弾く。
「ええい!まだまだ!」
だが、そんな少年を縄がグルグル巻きにしていた。
「くそ。動けない」
「今なら好みの縛り方にしてあげてもいいわよ?亀甲縛り?」
「余計なお世話だ」
少年は縄を切り刻んだ。
フキは少年の前で立ち止まる。
「お前みたいな役立たずがボクと戦おうというのか?」
「ううん」
そう言ってフキはバトンを地面に転がす。
「私たちは同じ魔法少女でしょう?戦う必要なんてない。だから、仲良くなりましょう?」
「ボクはお姉さまを取り戻さなくちゃいけないんだ」
「誰もソラさんを奪ってなんかないよ。ソラさんは誰のものでもない。あなたのものでも、私のものでも」
少年はソラの顔を見る。
ソラは大きく頭を縦に振った。
「ボクは……」
その時、少年の顔から仮面が剥がれ落ちた。
**********
「で、どうしてこんなことになるんだ?」
「それは私が聞きたいですよ……」
新たな魔法少女がフキの家に訪れた。
「ボクはアオ。お姉さまの味方であって、お前たちの味方じゃないからな。それだけは忘れるなよ?」
「アオ?熱いから離れてくれない?」
「もう、お姉さまを離さない!」
「気色悪いわね」
「ミワ。あんたが言うかしら」
「でも、アオちゃんが仲間になってくれてよかったです。勝手に家に上がり込んでますけど。そこは多めに見て。アオちゃんが女の子だったことにも驚きですけど、まさか年下だったなんて」
アオは小学五年生であり、また、フキやミワよりも発育が良かった。
背はソラと同じくらいか少し高いくらいだ。
「あれ?言ってなかったけ?」
「全然聞いてないですよ」
俺はフキの頭に手を載せる。
そしてこう言った。
「成長したな。フキ」
心からそう思った。
「おにいちゃん!ミワにも!フキなんかよりミワの方が育ってるもん!」
「一体なんの話やら」
**********
「止めてくれぇえぇえぇえぇえぇえぇ!それ以上はぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあ!」
悲鳴が響き渡る、だが、その悲鳴に答える者など誰もいない。
「おい、妖精。よくも俺たちをこけにしてくれたな!」
「済まない。済まなかったから、何とかしてほしいドリル!」
「ふざけた語尾使ってんじゃねえ!」
再び悲鳴が響き渡る。
「おい。パイソン。そのくらいにしておけ」
「だから、ソッチの名前で呼ぶのはやめろっつってんだろーが」
「じゃあ、コルト。それ以上やると妖精がいかれちまうぜ?」
「俺たちはそんくらいひどい仕打ちをこいつらから受けてきたんだ」
「コルト」
その一言でコルトは作業を止める。
「止めておきなさい。妖精の思うつぼよ」
「分かったよ。ピース」
コルトは爪切りを地面に投げ出した。
「妖精は爪を全て切らせて、口を閉ざすつもりだ」
「だがよ、妖精の弱点が爪を切ることなんて、なんだか馬鹿々々しいぜ。お前もそう思うだろう?スミス」
「ちょーおもうー」
「妖精なんざ殺しちまえばいいのに」
「ははは。ウェッソンの意見に俺も賛成したいが」
「情報を聞き出してからだ」
「分かったよ。ザウエル。ったく、いいんちょ様は真面目だねえ」
コルトは魔法で再び爪切りを創り出し、妖精に見せつける。
「さあ、妖精。お前は一体何をしていた。この町で何が起こる?」
「そんなこと……」
「言えねぇのなら、爪を切るしかないなぁ」
「言います。言いますから勘弁を――」
妖精の悲鳴とコルトの狂気に満ちた笑いが響き渡った。
月は赤く光っていた。
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