第四羽 正義のミカタ


 暗くなり始めた町に人々の群れ。


 そんな中に私はいる。


 私の名前は赤井南空。


 普通の中学二年生だ。


 もし普通ではないところがあるとすると、私は少し特別なのだ。


 周りの女の子より少し顔がいいだけ。



 そんな女の子に、闇から昼間の光を避けて出てきた人種が声をかけてくる。


 のっそりと纏うオーラが毒々しい。



「ねえ、君。アイドルになってみない?」



 冬は陽が落ちるのが早い。


 だから、私のように友達と話し込んでいる女子中学生は今の時期、こういうのと出くわす。



「わたし、中学生ですけど?」



 唇に白く細い指を置き、上目遣いに男を見る。無駄に大きなピアスが特徴的だった。


 ターミネーターの頭みたいなどくろのピアス。


 もう、イヤリングか。


 これは。



「え?マジで?」



 分かっていたくせに。


 制服で中学生か高校生かは、地元の人間なら分かっている。



「高校生かと思った」

「中学生だとアイドルになれないんですか?」



 私は残念そうに言って見せる。


 すると、どくろの男の鼻の穴が広がる。


 コイツはロリコンだな。



「そんなことないよ。どう?これから事務所に来ない?」



 ここからが本題だ。


 どことなくそれっぽく臭わせておかないと。



「そうやって、恥ずかしい映像を撮るんですよね」



 嫌味を出さずに、そういうのを体験しました、それでも興味がありますという風に、とにかく、可愛く言ってのける。



 すると、男は一段と卑しい笑みを作る。



「君みたいな清楚な子が、ね。

 個人でやってるの?それともどこかのグループで?」

「ずっと個人でやってて、この前、グループに誘われたんですけど、そこのおじさんたち、私が初めてでないと分かると、急に興味を無くしちゃって」

「ああ、オレンジのやつらか。

 あそこは悪いところだ。

 初めてを売りにしてるくせに、その初めてを手前らで食っちまうんだから」

「お兄さんのところはいい感じですか?」

「ああ、多分この町で最高さ。

 お嬢さん方の希望とおじさん方の希望がマッチングした時にだけ、ペアになるからね。

 どうだい?

 君ならすぐにお仕事を振ることもできるけど、希望は?」

「そうですねー。

 とにかくおじさんかな。

 頭が剥げてて、お腹がでっぷりした人が好き。

 大きな体で覆いかぶさってくるのがいいの」

「なるほどね」



 どくろのお兄さんはささっと携帯電話を操作する。



「君の電話番号だけ教えてくれないかな。

 個人でやってるようのやつでもいいけど」



 わたしは少し時代遅れのガラパゴス携帯と呼ばれる折り畳みの携帯を取り出す。


 お兄さんも仕事用にいわゆるガラケーを持っていたので、赤外線で交換する。



「ちなみに、今日からどう?あ、写真もいいかな」



 わたしはピースサインを顔に近づけ、とびっきりの笑顔を見せる。



「ありがとうございます。

 別に今日からでもいいですけど、遅くなるのは嫌だなあ。

 一時間くらいならいいですよ」



 お兄さんの目はさらに細くなる。



「分かった。お名前は?」

「ソラって言います」



 わたしはこれからお客に会うことになった。



 ***********



 この町ではいわゆるこういうこと、は見逃されている。


 ホテルの人は、中学生とおじさんが入ってきても警察に通報などしない。


 むしろ、警察もそのお客だったりするので、いろいろと複雑なのだ。


 この町が特殊というわけじゃない。


 この町はごく普通の町。


 そんな町にこそ、深い闇が潜んでいる。



「一緒にお風呂入るかい?」



 お客様がそう聞く。



「ええ?おじさん、綺麗なのが好き?それとも濃厚なのがいいのかな」



 おじさんの鼻息が荒くなる。



「おじさんって呼んでよかった?お父さん?それともお兄ちゃんかな?」

「弟くんで」

「わかりましたー」



 きもっ、と内心思いながら顔には出さない。


 弟くんは少し名残惜しそうに、それでもデザートを待つ子どもみたいな顔をしてシャワーを浴びに行く。



 さて。わたしも準備をしなくちゃな。



 中学校のブレザーを脱ぐ。


 クリーム色のブレザーの下から、白いワイシャツが見える。


 そのワイシャツから水色の下着が薄く見え隠れしている。



「はぁあ」



 どうしてこんなことになったのだろう、と今さらながら後悔する。


 今日はこういう気分ではなかった。


 今日は友達から相談があって、町のマクドで少し話をしてたら暗くなってきて、ヤバい人たちに出会わないことを祈ってたら、ちょうどどくろのお兄さんに出くわして。



「ソラちゃん。出たよ」



 弟くんはでっぷりとしたお腹の下に白いタオルを巻いている。


 すぐに外すつもりだからか、いい加減な巻き方で、すぐにほどけそうだった。



「弟くん。私から一つお願いがあるの」

「なんだい?」



 君のためならいくらでも払うという顔だった。


 弟くんの顔中が笑顔に満ち満ちている。



「色々と洗いざらい話してほしいの。署長さん」



 わたしは弟くんの目の前にコンパクトを突きつける。


 それを見た瞬間、弟くんの顔は驚きに塗り替わる。



「コンパクト・オープン!マジカル・ドロー!」


 わたしの体は光に包まれ、コンパクトから水色のリボンが飛び出す。


 それはわたしの体に巻き付いていって、光が弾けると、魔法少女の衣服へと変貌を遂げる。


 水色を基調とした、フリルの多いドレス。


 スカートの中はドロワーズで、少し子どもっぽくて困る。



「魔法少女ソラ、見参!悪い子には天罰を!」



 しっかりと決め台詞も決める。


 誰にも見られていないということがあるから、どうどうと言えるけど、誰かに見られていると分かっていたら、こんな恥ずかしいことはしない。



 弟くんは何が起こったのかよく分からず、突如として姿を消した私を探しているようだった。



「真実を描き出せ、マジカルバトン!」



 私はバトンを使い、絵を描くようにバトンを扱う。


 すると、弟くんは、すらすらと真実を話し始める。


 私はそれをレコーダーに記録する。



 全ては色々と仕込んだことだった。



 私の友達は涙ながらに危ない道に足を突っ込んで悩んでいることを教えてくれた。


 そして、彼女に乱暴したのが、あのどくろの一味で、その後に接した客がこの警察署長だった。


 私の友達は警察が一枚かんでいることを知って、相談する相手が見つからず、私に相談してきたのだ。



 あとは簡単。

 その子がスカウトされた場所をうろついて、どくろが特徴的なお兄さんと話して、署長の特徴にあうお客をピックアップしてもらっただけ。


 同じ曜日に同じ時間が空いているというのは、社会人にとってありがちなことだ。



「は。俺は、一体――」



 男が我に返った時、パトカーのサイレンが響き渡る。


 わたしは変身を説いて、少しワイシャツの胸元を開けた。



「まさか、お前が件の魔法少女――」



 弟くんが私を拘束しようとベッドに突き倒し、腕をきつくつかむ。


 でも、いまさらそんなことをしても無駄なのに。


 きっと混乱しているんだ。



「署長。お前を現行犯逮捕する」



 どかどかと警官が部屋に入ってくる。


 これはどうやっても言い逃れできない状況だ。


 お気に入りの下着を着てきていてよかった。


 これほど人が来るのは予想外だった。



 私は弟くんと一緒に署に連れて行かれる。


 きっちりと胸元を隠して、ブレザーを羽織った。



 署で取り調べというか、事情聴取を受けたけど、魔法少女であるということで、簡単に話がついた。



 今、私は警察署の外を歩いている。



「おとり捜査、これにて終わり」

「あまり危ないことをしないで欲しいパフ」



 わたしの妖精、パフィーがどこからともなく現れて私に声をかける。



「なに?この浮気野郎。今度はどこに行ってたの?」

「パフィーが忙しい事くらい知ってるパフ」

「で、何の用?」


 この妖精は私の担当ではあるのだが、色々と忙しそうで、全国を回って魔法少女のスカウトに励んでいるのだ。



「新しい魔法少女の指導役になって欲しいパフ」

「愛人の面倒を見ろって感じ?」

「少女とは思えない言葉パフ」



 パフィーは呆れたように言っていた。



「でも、私ももう、魔法少女でいられる時間は少ないんでしょう?」

「そうパフ。そろそろ年齢制限があるパフね」



 魔法少女はなれて中学三年生までだ。


 それ以降は変身できない。



「その年齢制限ってさ、あんたら妖精がロリコンだから、とかではないわよね」



 目を逸らした!この妖精!



 まさかとは思うけど、そのまさかなのかもしれないと思った瞬間だった。



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