第一唱 終わりの始まり

第一羽 サンタクロース捕獲作戦

 この年、都会には珍しく雪が降り積もった。


 今日は12月24日。


 クリスマスイブだ。


 恋人たちが羽を生やして妖精のように白く降り積もった粉雪の上を舞い踊る。


 そんな素晴らしい日の中、俺は吐く息でかじかむ手を温めながら待っていた。


 もうすぐ12時。


 明日はクリスマスだ。



 ******************



 それほど大した大学にも行っていない俺は大企業に行こうにも簡単に履歴書を突き返されるのが関の山だった。


 最近はエントリーシートとか言うらしいが、そんなの、名前が変わっただけだ。


 一年間ずっと就活をし続けて、落ちまくった。


 高望みし過ぎだと思うのだろうが、意外とそうでもない。


 春秋含めて中小大企業含めて50社は受けたが、そのどれもが落とされた。


 世の中売り手市場などと言うが、そうでもないらしい。


 こんな寒い冬のように俺の心は冷え切っていた。




 ************



 もうほとんどの企業が選考を終えている中、俺は道端で一枚のポスターを見つけた。


 それは求人広告だった。



『魔法少女募集!』



 そうでかでかと書かれており、イメージキャラクターとして、明るく元気なソラちゃんが採用されていた。



 ソラちゃんというのは中学生になった魔法少女らしい。



 その芸能事務所の売り出し中の魔法少女だそうだ。


 時おりテレビでも見つける。



「そうだ。俺は、魔法少女になりたかったんだ」



 忘れかけた夢が今動き出す。



 俺はその日、急いで家に戻ってスーツを着込んだ。


 姿見でおかしなところがないのを確認すると、いつ面接を行っているのかネットで検索した。


 するとその日が最終日だったので俺は走って面接会場に向かった。



 控室は小学生から中学生までの女の子で埋め尽くされていた。


 俺の場違い感はパなかった。


 何度も付添いと間違えられたがハッキリと



「魔法少女志望です!」



 と答えていた。



 背筋を伸ばし、相手の目をまっすぐ見た。


 口角は少し上げて自然な笑みを演出する。



「そ、そうですか……」



 まあ、そんな反応だろうとは思いつつ、俺は根気よく順番を待った。



 そして、俺の番が来た。



 しっかりとノックを三回。



 扉を開け、しっかりと閉めたのち、



「失礼します」



 と大きな声で言って、礼をする。



 真っ直ぐと椅子に向かい



「どうぞ」



 と言われて席についた。



 椅子は俺の体格に合わず、小さかったので、思わずこけそうになる。


 こんなときに失敗していては仕方がない。



「では、自己紹介と志望理由をどうぞ」



 俺は慣れてすらすらと言えるようになった文言を紡ぐ。



「キワムです。X大学A学部出身です。


 大学時代は魔法少女研究に励みました。


 かねてからこの業界に興味を持っていたからです――」



「いいから、志望理由を」



 妖精はつまらなさそうに俺に吐き捨てる。


 俺は少しイラッと来たが、笑顔を絶やさない。



「子どもの頃からの夢だからです」


「ああ、そう」



 机に座る妖精はカバンの大きさよりも小さい。


 ぬいぐるみのような容姿をしている。


 その両側には秘書である二人の女性が無表情で座っていた。



「君、現実を見た方がいいよ」



 俺はそう言われてもなお、魔法少女になりたい理由を熱く語った。


 これだけ言えば満足というほどに頑張った。



 帰り際、しっかりと礼を済ませた。


 俺は内心受かったものだと思い、胸を弾ませていた。


 これからは夢の魔法少女生活が始まる。


 たとえ22歳の男であっても魔法少女になってはならないという法律はないからだ。


 あと何社か受けるべきかと思いつつ、もう募集はあまりなさそうであったので、最後の希望を祈った。



 そして、一週間後、祈られたのである。


 もう何度目のお祈りメールであろうか。


 いい加減疲れた。


 深いため息が四畳の部屋にこぼれ、仄かに消え去った。



 一週間、何が悪いのか考え続けた。


 何も悪いところはない。


 そう。


 もっと熱く語ることができれば妖精も納得してくれるはずなのである。


 直接もっと近くで話すことができれば――



 そんな時、閃いたのである。


 妖精を捕まえればいいのだと。



 そろそろクリスマスが近い。



 サンタクロースは子どもに夢を与える存在だ。



 そして、妖精もまた、少女に夢を与える。



 つまりは――両者はイコールで結ばれるではないか!



 これはアインシュタインでも発見できなかった法則である。


 世紀の大発見だ。



 そして今宵、俺はサンタクロースを捕獲することにした。



 **********************



 一人の少女の寝顔が窓の外から見える。


 精巧な人形のような端正な顔立ち。


 恐ろしいまでに美しく小さな真紅の唇。


 もうすぐ12時。


 サンタクロースがこの少女の目の前に現れるはずである。



 しんしんと雪は降り積もる。


 俺の頭を少しずつ冷やしていく。


 ただ、待ち遠しかった。



 そんな時、遠くからシャンシャンという鈴の音が聞こえてくる。



 とうとう来た!



 サンタクロースがやってきた。


 俺は今にでも暴れ出しそうな心臓を押さえ、呼吸を小さくし、息を潜めた。



 家の近くまで鈴の音が聞こえると、急に消える。


 ソリが止まったのだ。


 いよいよこの家に入り込むぞ、という時になって、俺はゆっくりと捕獲作戦を思い出す。



 しばらくすると、ゆっくりと潜むように少女の部屋の扉が開く。


 扉から零れた明かりが少しだけ暗闇に満ちた部屋を満たす。



 現れたのは真紅の服に白いひげを生やした老人。


 その肩には大きな袋が担がれている。


 音を立てないようにサンタクロースは袋を下ろした。


 そして、袋から手のひら大のプレゼントを取り出す。


 プレゼントをそっと少女のベッドのそばに置こうとした時――



 俺は勢いよく少女の部屋の窓を外側から内側へと突き破っていた。



 町中に響き渡っていた静寂をぶち壊す。


 少女は驚いたように跳ね起き、目の前で芸術的に自分の部屋の窓が壊れていくのを見ていた。


 俺は持っていた虫網を口と目を大きく開けているサンタクロースの顔めがけて振り下ろした。



「捕まえたぞ妖精!俺を魔法少女にしろ!」


「な、何を――」



 サンタクロースは何やら言っているが、気にしない。



「元の姿に戻ったらどうだ。妖精よ」



 サンタクロースは大きなため息をついた後、ポンという音と白い煙を立てて、妖精の姿に戻った。



「一体なにパフ。


 このおっさん、って、


 お前先週面接受けに来たおっさんパフ!」



「おお、奇遇ではないか、妖精よ。


 是非とも俺の話を聞いてくれ。


 一日くらいで終わるから」



「嫌パフ。時間の無駄パフ」


「ならば、今すぐ俺を魔法少女にするのだ」



 すると、妖精は深く考え込んだ。


 これはいけるかもしれない。



「おっさんが魔法少女になるというのは前代未聞パフ。


 お前を簡単に魔法少女にしてしまうと妖精仲間からバカにされるパフ。


 だから、魔法少女見習いということにするパフ。


 そうパフね。


 そこの女の子のお世話をするパフ」



 俺はまだベッドで何が起こっているのか理解できていないであろう女の子を見る。



「え、え?あの、なんですか?」


「まずは魔法少女として契約させるパフ。


 話はそれからパフ。いいパフね」


「ああ。良かろう」



 そして、俺の魔法少女への道は一歩進んだ。


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