第24話 休養報道

「真山くん、これ見た?」


 ビクトリーレコードの安達舞が、梅次にスポーツ新聞のコピーを差し出した。


〝安里さゆり 肝臓疾患のため休養〟


 梅次は、さゆりの新曲リクエストのハガキを受け取りに来て以来、しばしばビクトリーレコードを訪れ、販売促進部に入り浸っては、安達からさゆりの情報を得ていた。

 安里さゆりファンクラブの活動停止とともに、毎週土曜日の直接対応ダイヤルも停止されたので、沖村とも電話で話すことができず、梅次が業界からの情報を漏れ聞くことができるのは、このビクトリーレコードの安達からだけになってしまった。

 新聞のコピーは、さゆりの活動休止を伝える記事で、撮影中のドラマを降板し、沖縄へ帰って静養するという内容であった。関係者の話として、NGを連発し、顔色も良くなかったという証言が載せられていた。


「舞さん、これって……ほんまに肝臓疾患なんですかねぇ?」

「どうやろねえ。そういうことにしとこう、っていう場合もあるし」

「──この前ね、さゆりちゃんと電話で話したんですよ」

「えー、ほんまかいな」

「はい、事務所の沖村さんが、僕がさゆりちゃんと話をしたがってるから、電話をかけてあげてってお願いしてくださって、さゆりちゃん、本当に電話かけてくれたんですよ」

「へー、そうなんや」

「その時、さゆりちゃんと話した感じでは、そんなふうなこと言ってなかったし、ちょっと変だなぁと思って」

「もしかしたら、元気にふるまってたんかもよ」

「うーん……引退ってことなんですかね、これ」

「さぁー、どうやろねえ。一応、休養ってなってるけど、そのまま引退っていうケースが多いかなぁ。それに、事務所の人間が、タレントからファンに電話をかけてってお願いするなんて、普通ないもん。もうこれで活動終わりやから、最後にってことかもしらんし」

「そうですかね、やっぱり……」

「引退やったら、悲しい?」

「悲しくもあり、そうでもなかったり……ですかねぇ」


 舞もまた、さゆりと同様に三姉妹の女系家族であった。次女だったせいか、さっぱりした性格で、休暇はサーフィンなどをして自由に生きていた。

 男兄弟がいなかったからか、梅次の真っ直ぐな性格を可愛らしく感じ、弟のように思っていた。そして、梅次にとっての舞も、さゆりへの青くさい想いを打ち明けられる姉のような、よき相談相手となっていた。

 梅次は、女系家庭で育った女性に対し、親近感を持つ傾向があったのかもしれない。


「舞さん、僕ね、夏休みに家族旅行で沖縄に行くんですけどね、その時、さゆりちゃんの家に行って、さゆりちゃんに結婚を申し込もうと思ってるんです」

「ほんまかいな! 真山くんのお父さん、お母さん、心配しはれへん?」

「結婚申し込みに行くわ! とは言いませんよ、もちろん。少しの時間、一人で行きたいところあるねんって言って、さゆりちゃんに僕の想いを伝えに行きたいんです」


 真山家は来年になると、梅次の大学受験が迫ってくるし、その後も弟妹たちの高校受験が続くので、今のうちに家族旅行をしておこうか、ということになっていた。行き先が沖縄になったのは、梅次の父親が沖縄が好きだったということと、沖縄なら行く、と梅次が言ったからであった。

 親に対して反抗期であった梅次は、普段なら家族と一緒に行動することはなかったのだが、沖縄だったらということで、家族旅行が計画されたのだ。

 思い込んだら真っ直ぐで、スレたところのない梅次を見ていると、おもしろくもあるけれど、少々危なっかしいな、とも思う、舞であった。


「また、旅行から帰ってきたら、結果を聞かせてよ」

「はい、どうなるかわかりませんけど、とりあえず行ってきます」


 そう言って、梅次はビクトリーレコードを後にした。

 家に帰る地下鉄の中で、一度読破した、さゆりが主演した映画の原作本を、梅次は再び読んでいた。

 映画は大ヒットしたとは言い難かった。しかし、普段あまり読書が好きでない梅次が、珍しく最後まで読んだ小説であり、撮影現場を間近で見たという記憶、そしてなんといっても、さゆりと二人で話した想い出、それらが渾然一体となって、彼にとっては特別思い入れのある作品となった。ただ、原作小説と映画の脚本がかなり違っており、どう考えても原作の方が面白いと梅次は思っていた。

 漫画のアニメ化などに対しても、彼は同様に感じていたのだが、大人の事情があるにせよ、どうして映像化というのは、原作の良さをスポイルするのか理解に苦しんだ。

 この映画が成功しなかったのは、プロデューサーの思慮の浅さであり、さゆりの問題ではない──梅次はそう思いながら、2度目の読破を終えた。

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