第7話 対峙

 ハッと我にかえった梅次。

 さゆりちゃん、ステージからどうやって帰るんだろうか。当然、クルマに乗って駅に向かうだろうから、クルマに乗るまでに追いつけば、サインをもらえるかもしれない。もしかしたらツーショット写真を撮らせてもらえるかも──そう思うやいなや、梅次は走り出していた。

 観覧エリアの後方から出て、建物を大回りし、反対側にある通りに面した出入口を目指した。タクシーに乗るなら、きっとそこから出るに違いないと思ったからだ。梅次は息を切らしながら、もっと真面目にクラブ練習でランニングをしておけばよかったと後悔した。

 通りに出ると、ちょうど出入口から、関係者に囲まれたさゆりの一団が出てくるところだった。

 タクシーに乗る前に声をかけようと駆け寄る梅次。


「さゆりちゃん!」


 梅次の声に反応して、振り向こうとしたさゆりの顔を塞ぐように、彼の視界を遮ったのは、親衛隊の小太り隊長だった。


「ダメダメ、さがってさがって」

「サインをお願いしたいだけやから」

「ダメダメ、ダメダメ」

「さゆりちゃんにお願いしたいんやって! あんたに聞いてないんやって」

「あかんゆーてるやろ!」


 そのいざこざの間に、さゆりはマネージャーに促されてタクシー乗り込み、走り去ってしまった。

 本人に頼んで断られたのなら諦めもつくが、なんで私設応援団、いわば立場的に自分と同じやつの許可がいるんだと、梅次は納得がいかなかった。


「サインしてくれるかどうかは、さゆりちゃんが判断することやろ。なんであんたの許可が必要やねんな」

「俺らはさゆりちゃんの警護を任されとるんや」

「警護て、勝手にくっついてるだけやんか」

「ちゃうわ。ちゃんと認められてるんや」

「あんたらのそういう行動が、さゆりちゃんのイメージを悪くしてしまうんちゃうの」

「なんやと」


 一触即発。次の瞬間、梅次のローリングソバットが小太り隊長に炸裂──している妄想をしながら、梅次はその場を離れた。彼の頭の中では、小太り男は腹を押さえて寺西勇のようにうずくまっていたが、実際には、ふてぶてしくも涼しい顔で立っている。梅次にそこまでの勇気はなかった。

 多勢に無勢。武闘派でもない梅次は、敗北感を抱いたまま、家へと帰った。


 帰宅途中、駅前のカメラ屋へ寄って、インスタントカメラの現像を依頼した。

 36枚撮りを2本。うまく撮れていればいいな。とりわけ、さゆりと握手した後に撮らせてもらった近接写真に、梅次は期待していた。

 プリントが出来上がるのが待ち遠しかった。

 二日後、梅次は学校帰りに写真屋へ寄った。

 引換証の紙を写真屋のオヤジに渡すと、二組のネガとプリントの入った紙袋を出してきて、プリントの確認をした。撮影失敗や猥褻な写真などがあった場合は、写真屋判断でプリントしてくれないが、全てプリントできてるようだ。

 写真屋のオヤジの前で確認するのだが、正直、ちょっと恥ずかしかった。風景写真や家族写真ならいざしらず、全て同じ女の子の写真なのだ。

 早くその場を離れたかった梅次は、トーク時、歌唱時の、同じようなアングルの写真は適当に流し、最後の握手をした後の近接写真だけがあるかを確認できたら、そうそうに立ち去ろうと思った。

 どんどん写真をめくって、最後の一枚。


 近すぎてピンボケであった。

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