Before the lucky

丁_スエキチ

揺籃の散歩

第1話 船上と海鳥

 名門国立大の博士課程を上がった結果、離島の私立大学の教員か、と観光客でごった返すフェリーに揺られながら悲観的に考えていたが、甲板から見える島の一部分に高層ビル群のシルエットがあると分かり、少しばかり考えを改めざるを得なくなった。田舎の離れ小島だなんて舐めてかかるべきではない。

 海底火山の噴火で突如誕生してからまだほんの数年しか経っていないはずの島がこれだけの発展を遂げているというのは、それだけの魅力がこの島にあるということなのか。はたまた例の結晶物質に発展を促進する効果があるということなのか。まあその辺の研究はお門違いなので専門家に任せるとして、自分は自分の専門分野で食っていくとしよう。

 一応昔からヒトにものを教えるのは得意な方だったから教員としても大丈夫だろう、と一瞬思ったものの、教える生徒を思い浮かべて今回ばかりはそうもいかないと考え直す。色々と一筋縄ではいかない筈だ。

 我が人生、果たしてこれからどうなるのかな、と再び悲観的になって顔を上げると、青空の下海鳥が高く舞って——



 否、ヒトの形をした海鳥が舞っている。



 自分の近くを走り回っていた子ども達もその存在に気がつき、歓声をあげながら彼女に手を振り始めた。彼女も無邪気な騒ぎ声に気づいたようで、大きく手を振り返す。遠くて良く見えないが、おそらく朗らかな笑みを浮かべているのであろう。あの特徴から察するにカモメか?……いや違うな、ウミネコか。

 是非とも近くで観察したかったが、誰かと遊ぶ約束でもしているのかもしれず、このフェリーには降り立ってはくれずどこかへ飛んで行った。

 そうこうしている間に島がだんだんと近づいて来る。

 春は出会いの季節であり、変化の季節。ここが新しい職場であり、新しい住処であり、新しい世界。

 新天地に降り立つときはいつだって期待と不安が付き物だが、どうも自分の性格上、不安の方が大きくて仕方がない。本当にここに来て良かったのか、上手くやっていけるだろうか……


 フェリーにチャイムの音が鳴り響く。

 そして、CMか何かで聞いたことのある声のアナウンス。



「ようこそ、ジャパリパークへ!」



 少なくとも歓迎はされている。悩んでいても仕方がないし、気楽にやってみるしかないな。

 フェリーはもうじき港へ着く。

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