第5話 狂人がふたり
一方その頃。
リコはヘイゼルを守りつつ、周りの信者を片手銃で応戦していた。
……していたのだが。
「きゃああああ!? ちょっと待って! グロい、グロいってこれ!?」
十五歳と未だ人生経験が乏しいリコだが、軍のもとで培った射撃技術はかなり優秀で初めての実戦であるにも関わらず、敵を一切近づけることなく一掃していた。……本人が血と臓物を苦手とするのが少々問題だったが。
「嫌ああああ、脳みそ!? 脳みそ出てるって!? あ、待って、血吐かないで! 気持ち悪くなってくるから!!」
顔を青ざめ吐き気を抑えながら綺麗なヘッドショットを決めていくリコだが、問題はこれだけではない。
片手で抱えているヘイゼルが抵抗しているのだ。その血走った目は殺気立っており、今にも飛び出さんとばかりにもがいている。
「リコさん、離してください! あいつを、あいつを殺さないと!」
「ダメだよヘイゼル! 今セラが必死に戦ってるんだから、ここで我慢して! あいつは私たちの手には負えない敵なんだから!」
「だからって大人しくできますか! あいつは、お父様を……お父様を!」
「ヘイゼル!」
このままでは時間の問題だ。そもそも今の戦闘手段が片手銃一つ。弾薬が切れてしまったらどうしようもなくなる。
結局、セラが早く決着をつけてくれるのを祈るしかない。
「というか、何でこいつらずっと黙って……嫌ああ、首飛んだああああ!?」
※※※※
「くひっ、くひひひひひひひ!!」
耳障りな笑い声を上げながらセシリアが突っ込んでくる。
そのまま勢いに任せて真っ二つにしてやろうと刀を正面から振り下ろすとする。
だが、彼女の眼前に迫ったところで両腕の手首が何かに食い込んだ。
「!?」
咄嗟に後方に転がり込み、セシリアの突撃を交わす。
そして視線を前方に上げ、ようやく気付く。
先ほど手首を切断しようとしていた何か。そして、わたしの胸を切り裂いた何かの正体を。
月明かりに照らされ、血で赤く染まったそれは……。
「……ピアノ線?」
「くひひっ、よくお気付きで。ゆで卵を糸で切られたことはありますか? あれと同じ原理で人体は軽く切れてしまうんですよ、くひひひひひ!!」
体をくねらせながらセシリアが答える。
何と悪趣味な手段なのだろうか。もし仮に切断されてしまったら、例え不死身のわたしでも再生に時間はかかる。
「くひっ、しかし不思議ですねえ。私と同じ『救世主』でありながら何故、我々に牙を剥くのです?」
「あなたと同じにされたくはない。わたしは、あなたたちのような存在が許せないの。自分の抱える狂気に身を任せて、無関係な人々を殺すあなたたちのような存在が!」
「ふむ。自らの抱える狂気、ですか。確かに私は神への愛に狂っているとも言えますね。くひ、喜ばしいことじゃないですか」
自らの妄想が生み出した『神』という存在に狂愛を押し付けることを良しとするその姿勢に気味悪さを覚えるが、直後彼女の笑顔が消失した。
無表情。何の感情が見えてこないその瞳でじっとわたしを見つめる。
そして、彼女は言い放つ。
「でも、その発言は貴女にも言えることじゃないですか?」
「――――っ!?」
ぞっと。
背筋に悪寒が走る。
「無意識なんでしょうけど貴女、さっきから必死に何かを押さえ込んでいますよねぇ? 怒りとは違う、快楽を得るための純粋な殺意が隠しきれてませんよ?」
「違う……」
強く否定してやりたかったが何故か小さな声しか出なかった。
「くひっ、貴女、ひょっとして何人も殺していたりします? くひひ、そうですよねえ! だって貴女のその目、明らかに血の味を覚えた目をしていますもんねえ!?」
「違う、違うの」
声が震える。
セシリアの言葉を聞いて脳裏に浮かんだのはあの日の夜。
家族も、友達も、村の人々も、全てが死に絶えたあの場所でわたしがただ一人。
どうしようもないくらい気持ちよくて笑っていた。
そんなわたしを見て口を揃えて言うのだ。
「くひひひひ! 貴女、本当は楽しいでしょう!? 人を殺すのが! だって、貴女は『殺人鬼』なんですもの!」
「違う!!」
怒りと恐怖と焦りで感情が制御できなくなる。
セシリアへ一気に距離を詰め、そのまま彼女の顔面を掴んで押し倒す。
残念ながら土が柔らかかったせいか、彼女の意識を奪うことはできなかった。だが直ぐに馬乗りになり、刀で何度も心臓を突き刺す。
「あなたにっ、わたしの何が分かるの!? わたしは、殺人鬼じゃない! わたしは、人殺しなんかじゃない! わたしは、狂ってなんかいない!! 普通の人間だ! 全部、『あいつ』にめちゃくちゃにされただけの、普通な人間なんだっ!!」
思考が整理できないまま、言葉だけが溢れ出てくる。
自分が今どういう感情で喋っているのか分からない。涙が流れて視界がぼやけくるが、それでもわたしは彼女に心臓を突き刺すのをやめなかった。
「まだ、分かっていないんですか」
なのに、セシリアには意識があった。
心臓を滅多打ちにされ、おびただしい量の出血をしてもなお、彼女はまだ笑顔を浮かべていた。
だが、わたしが戦慄したのは彼女の笑顔ではなくそのあとに続く言葉だった。
「貴女、さっきから笑っているじゃないですか」
「――――は?」
言っている意味が分からない。
笑っている? それって楽しいってこと? 何故、この状況で笑うことができる?
「くひひ、いくら私が不死身といえども心臓を突き刺す感覚は殺生に近いですからね。気持ちよかったですか? 私たち不死者が抱える行動は本能に近いものですからね。その証拠に貴女、まだ私の心臓を突き刺していますよ、くひひひひ」
「!? ぁ……、あ」
咄嗟に彼女から身を離す。
まだ、掌には心臓に突き刺した感触が残っている。その感触を確かにわたしは『心地いい』と思ってしまった。
彼女の言葉を否定することができず、絶望してしまう。
それでも、上の空のように呟くのをやめられなかった。
「ちがう……。わたしは、人殺しなんかじゃない……」
「……はあ。興醒めです。さっさと起きなさい」
そうセシリアが呟いた直後、わたしの頭が掴まれた。
その細い腕のどこに力があるのか、そのままわたしを放り投げる。
「がはっ……!?」
「そうですねえ。あなたの頭を一回切り落とせばいいでしょうか。ああ、それともあなたの連れであるあの少女を殺せばいいでしょうかね」
「あなた……!」
リコに手を出そうとでも言うのか。
ふつふつと怒りが沸いてくる。頭を打ったことで視界がふらふらするが何とか立ち上がり、再び刀を構えた。
「くひひ、そうです。私たちは同じ神の元に選ばれた『救世主』! ならばどちらが真の『救世主』にふさわしいか、今ここで証明しようではありませんか!」
「だから、その意味が分からないって……!」
先ほどセシリアに言われた言葉、そして思い出してしまったあの日の記憶。
再び『殺人鬼』に目覚めるかも知れない恐怖に刀を握る手が震えるが、今ここで折れるわけにはいかない。
そもそも、わたしはこいつを殺してリコとデートする約束をしているのだ。
「セシリア・ウェイトリー。わたしは殺人鬼なんかじゃない。わたしは普通の人間のまま、あなたをここで殺す!」
「くひっ、ならば貴女は狂人だと自覚できぬまま、ここで終わりにしてあげましょう。くひ、くひひひひひひひひひっ!」
死なない者同士の戦い、第二戦が始まる。
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