第一章45  『雇い主と炎と○○と』

 


「ガイ!」


 聞き覚えのある声が遠くに聞こえる。


「ガイ、頼むから起きてくれ!」


――俺はどうしたんだっけ?


 フェイを助けにいって男と戦い、倒したと思ったら、また戦うことになって。


――ここは何処だ?


 辺りを見るが、ただ暗い世界が広がっているだけだ。いや、本当にそうかも分からない。

 自分がそう思っているだけで、ここはそんな世界ですらないのかも?

 目も、耳も、鼻も、指先の感覚すらない。


――いよいよ悪運も尽きたか……


 巨大な蓄える植物ストックプラントと戦った時も同じ事を考えていたな。

 何もかもをどうにか出来る程、大きな力もないのに、自ら危険な道を選ぶ。

 二人を助けられなかった贖罪だとでも言うのか?


――俺は何様だ。


 そんな事で許される筈はないのに……

 本当の大馬鹿野郎ってのは俺みたいな奴の事を言うんだろう。


――いや、本当にそうだったか?


 蓄える植物ストックプラントと戦って、もう駄目かも知れないと思った時、俺が考えていたのは……


「……ガイ」


 一瞬、あの子の悲しそうな顔が見える。


――俺はまだ……


――こんな所で……


――死んでられるか!







「ぐっ! ごほっ、ごほっ!」


「ガイ! 良かった!」


 目の前には眼鏡をかけた気の弱そうな顔があった。


「ウィンか……」


「僕が駆け付けた時には、体中血まみれだわ、呼吸してないわで、本当にびっくりしたよ」


「俺はどれくらい寝てた?」


「十分くらいかな」


「十分…………っ!? あいつは!」


 倒れる直前の事を思いだし、周りを確認する。


「大丈夫! 僕たちで捕まえたよ」


 建物にもたれ掛かりながら、長身の男はこちらを見ていた。隣には腹に包帯を巻かれた、カリーナと呼ばれていた魔ノ者もいる。二人とも魔法を使えなくする禁呪の魔法石で作った手枷をして、左右から別の魔王二人に監視されているようだ。もう一人最初に気絶させた男も隣にいる。


「来てくれて助かったよ」


「実は、殆ど無抵抗だったけどね」


「どういう事だ?」


「魔ノ者を治療する事を条件に、全てを話す事と、拘束を受け入れたんだ」


「何だと……」


 カリーナを俺が攻撃した後に、奴はとても動揺していたが、あいつにとってあの魔ノ者はそれほど大事な存在なのか?


「ぐっ……」


「ガイ、何してんの! まだ寝てないと!」


 まだ、そこかしこが痛む体で無理矢理立ち上がる。ふらつき倒れそうになる俺を、ウィンが支えてくれる。


「全てを話すってんなら、聞きたい事が山ほどあるんだよ!」


「いくら治癒の魔法をかけたからって、まだ傷は塞がってないんだよ?」


「お前も分かってるだろ。今は時間がない……おい! お前!」


「なんだぁ?」


「まずは名前を教えろ!」


「………………」


 急に黙り込む長身の男。何でも話すんじゃないのかよ!


「さっさと答えろ!」


「…………ル」


「あ?」


「トール……トール・リライズ」


「リライズ?」


「何だ?」


 リライズという名前に一瞬驚いたような反応をするウィン。


「いや、何でもないよ」


 今の反応は、何でもないって反応じゃないだろ! と問い詰めたい所だが、そこまでの余裕は今ない。


「まぁいい……じゃあトール! お前は誰に雇われてる?」


「ドン・ガンズって名前の商人だよぉ」


「商人? じゃあ月の涙ムーンティアを売って金儲けするのがそいつの目的か?」


「目的は知らされてないんだぁ」


 嘘を付いている可能性もある。カリーナの方を一度見てから、確認するように問いかける。


「それは本当か?」


「そ、そうだよぉ! 俺たちはただ、偽のパンフレットに誘き寄せられた他の町の魔王や、元々ここにいた魔王を捕まえて連れていっただけで、魔力が必要って事以外は本当はよく分かってないんだよぉ」


「これは……」


「ガイ?」


「どうやら、こいつらはただの使い捨ての駒だったらしい」


「なぁ? どういう事だぁ?」


 月の涙ムーンティアを造る事も、その目的すら知らせず、魔王を集める為に利用する。いざ、捕まっても、ただの誘拐犯として以上の情報をこいつらは持っていない。

 魔王を連れていった場所くらいは分かるだろうが、そこにいるのは大狼王キングウルフだ。のこのことついていった日には、その場で凍らされるか、他の魔王と同じ状況に仲間入りは確実だろう。

 要するにこれはただの外れくじだ。本来の目的を悟られない為に、自ら魔王を捕まえる事はせず、人を使って着々と準備を進めていく。


「問題は……」


「これを考えたのが誰かって事だね?」


 普段と違い、鋭い目付きになったウィンが続ける。

 その通りだ! これを考えたのがそのドンって商人ならまだいい。

 だけど、もしこれを考えたのが大狼王キングウルフだったとしたら?

 俺たちが戦う相手は強大な力だけじゃなく、優秀な知性も持ち合わせている事になる。

 月の涙ムーンティアを造り出して、何かに使う事が最終目標だと思っていた。だが、


「何としても、月の涙ムーンティアを造るのだけは止めねぇとな」


 更に何かがあるのだとしても、この計画の要になっているのは間違いなく月の涙ムーンティアだ。それさえ止められれば、先に何があろうと関係ない。


「うん?」


「どうした?」


「ごめんガイ、王都から通信だ。少し外すね」


「あぁ、分かった」


 ウィンが外すと同時、他の魔王達も何だか慌ただしくなる。


「何だ?」


 全員が通信用の魔法石を持っている。


「ガイ!」


「早かったな」


「前に話した大狼王キングウルフ討伐に関わって重傷を負った魔王の話覚えてる?」


「あっ、そう言えばそんな話してたな」


「今やっと話を聞けたんだけど、大変な事が分かったよ!」


「大変な事?」


大狼王キングウルフ討伐で重傷を負ったのは魔王だけじゃない!」


「どういう事だ?」


「それは……」


「ウィンさん!」


 慌ただしくしていた魔王の一人が、ウィンの言葉を遮り、焦った様子で声を掛けてくる。


「西の森が!」

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