第一章43  『再戦と理由と○○と』

 


「さぁ、もっともっと楽しもうぜぇ?」


 長身の男は立ち上がり、怒っていたとは思えないほど心底楽しそうに笑っている。


「遊びてぇなら、一人で遊んでろ」


「つれねぇ事言うなよぉ……ほらそこのガキも一緒に来いよぉ!」


 目を見開き、こちらを凝視してくるその姿はとても普通の精神状態には見えない。


「こいつ…………フェイ! 先に嬢ちゃん達の所に行け!」


「……うん!」


 元気のいい返事と共に、フェイは町の西に向かって走り始めた。


「行かせると思うかぁ?」


 音もなくフェイに向かって飛んでいくナイフ。左手を横に伸ばし、腕で


「なっ!? 腕で直接とめるなんてぇ……馬鹿じゃねぇのぉ?」


 音もなく、直接掴みとるのが難しいなら腕を盾にでもするしかない。痛みは感じるが浅い――これぐらいなら大丈夫だろう。


「馬鹿で構わねぇよ。大事なもん失う方が、遥かに嫌だ!」


「はぁ? 頭おかしいんじゃねぇのぉ? 尚更あのガキはいかせねぇよぉ!」


「……っ! させるかよ!」


 再びナイフを投げようとする長身の男に向かって、ナイフを二本投げる。男は体を反って避けたせいで、投げたナイフは地面に刺さった。

 腹部と左腕に激しい痛みを感じるが、これぐらい何て事はない。


「……言っただろうが? お前が近付いていいガキじゃねぇんだよ」


「お前ぇ、本当にイラつくなぁ!」


「……ガイ!」


 フェイが、心配そうにこちらを振り返る。


「いいから、お前はさっさと行け!」


「……私は……ガキじゃない」


「そこかよ!? 分かった、分かった! 頼んだぞ、!」


「……うん!」


 何故だか、嬉しそうに走っていくフェイ。何がそんなに嬉しいんだ? フェイの後ろ姿が見えなくなるまで見届けて、男の方に向き直る。


「仕切り直すぞ!」


「………………よぉ」


「あっ?」


 長身の男の様子が変わる。


「…………んだよぉ」


「何だって?」


 地面を見ながら、ぶつぶつと何かを言っている。


「お前……」


 今度は俺をじっと見始める。


「うっとうしいんだよぉ!!」


 怒りの表情で叫びながら、一気にこちらに距離を詰めてくる。今までナイフを遠くから投げてくるだけだった男の急変に咄嗟に対応出来ない。


「ぐっ……」


「ワンッ!」


 ナイフが頬を掠める。男の横腹にハチが体当たりをしてくれたお陰で、何とか直撃は避けれた。

 今も、さっきの戦いでも、ナイフを体に受けすぎたせいで、体が思うように動かなくなってきている。


(血を流しすぎたな)


 無理矢理ナイフを引き抜いた腹部と左腕からは血がドクドクと溢れている。痛みで気絶はしていないが、これ以上戦い続けるのは本当にまずい……


「カリーナぁ!」


 座って長身の男を見守っているだけだった魔ノ者が、名前を呼ばれ立ち上がる。


(何か来る!)


「キャアァァァァァァーーーーーーー!!」


――突如、魔ノ者が甲高い叫びを上げた。


「何だ? ぐっ……あっ……あぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ただの叫び声だった物が、やがて大気を震わせるような轟音に変わる。近くにある建物の窓が続けざまに割れていくが、その音も直ぐに悲鳴に掻き消される。


(ここに来て、新技かよ……)


 耳や頭が痛い。体や頭を直接揺さぶられてると勘違いしそうな程の衝撃に、両手で耳を強く押さえているがそれぐらいでは何も遮れていない。

 この苦しみから逃れるために、許されるなら自ら鼓膜を破りたいくらいだが、両手が塞がっている以上それも叶わない。


(どうする? どうすれば?)


 ゆっくりと長身の男がこちらに近付いてくる。怒っていたはずの顔は、今はまたニヤニヤとした笑顔に戻っていた。


(力は? 速は? 守は?)


 必死に考える。この状況を打開する方法――俺が使える魔法じゃ、音は防げない。膝を付き、立ち上がれすらしないのに、剣を持って斬りかかるなんて不可能だ。


(ハチは?)


 地面にうずくまり動かない。嬢ちゃんの猫程じゃないが、ハチも耳はいい方だ。この轟音の中じゃこうなるのも仕方ない。


(応援は?)


 ウィンが来てくれるはずだが、この状況ならあいつらも近付けないだろう。それにこいつがそこまで待ってくれる保証もない。


「ぐっ!」


 長身の男が、ナイフが刺さっていた腹部を蹴りあげて来る。膝立ちから、地面に転がり、景色がぐるぐると回転する。

 終わらない痛みと、苦しみに、叫び出したくなる。ずっと続く轟音が、心すら折ってこようとまだ鳴り響いている。

 男を見上げると、本当に楽しいのか笑いが止まらないようだった……


(くそっ! ……うん?)


 男が何かを呟いた。勿論声は届かない。

 だが、俺には分かった。その一言を理解した瞬間、俺の折れかけた心は燃え始める。

 あいつは間違いなくこう言った……



 ふざけてんじゃねぇ! てめぇをあの子の所になんていかせねぇよ!


守の加護フィジカルブースト


 呪文を唱える。声は掻き消されるが魔法の発動には関係ない。両手で耳を塞ぎながら、自分の体を引きずり、這って目的の場所まで向かう。


(もう少し……)


 背中に衝撃が走る。這う俺に向けてナイフを投げたんだろう。遊んでいるのは間違いない。


(あと少し……ぐっ!)


 今度は蹴りだ。体を支えられずに横に転がる。直ぐに体を戻し、また前に進む。


(………………)


 俺を見下ろす、長身の男を見る。何だ? もう終わりか? 声が聞こえなくても、そう言っているのは分かった。なら俺も、届かないだろうが言ってやりたい事がある。


「ここまで……」


 俺が何を言いたいのか聞くために、目の前に男がしゃがんで来る。


!」


 俺の体の下――先程フェイに投げようとして、地面に外したナイフを掴む。


力の加護パワーブースト!!」


 力を上げ投擲した弾丸のようなナイフが、男の背後にいる魔ノ者に突き刺さった。


「カリーナぁ!?」


 予想通り、腹部にナイフを受け倒れた魔ノ者からは叫び声は上がらない。後は……


速の加護スピードブースト!」


 痛む体を黙らせ、男に飛びかかり、体全体を使って、地面に叩き伏せる。


「カリーナぁ! カリーナぁ!」


 轟音の中にいたが、どうやら、俺の耳は大丈夫らしい。子どものように魔ノ者の名前を呼ぶ長身の男をもう一度地面に叩き付け、質問する。


「何の為に、こんなことに協力する?」


「カリーナぁ!」


 まだ叫ぶ男の頬を殴る。


「答えろっ!」


「…………ぐっ! 戦うのが……楽しいからだよぉ」


「何だと? お前そんな事の為にこんなことを?」


「後は……金の為だよぉ」


「金? 何処から金が出る?」


「俺らは雇われてるんだよぉ」


「……何……だと?」


 急に呂律が回らなくなる。体も動かない。意識が薄れていく。


「誰に……雇われ…………」


 血を失いすぎたか? この話を嬢ちゃん達に伝えないといけない! こいつをこのままにする訳にも。


「ガイ!」


 聞き覚えのある声が近付いてくる……


 俺の記憶はそこで

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