第一章28  『密会と決意と○○と』


 月が真上に来るような遅い時間。俺は宿屋を出て、ギルドの前にいた。何か用事があった訳ではない。俺の不甲斐なさのせいで、今日フェイを危険な目に遭わせてしまった。それを考えるとじっとはしていられなかった。

 大剣を頭上に構える。目を閉じ、息を整え、剣を振り下ろす。縦、横、上段に中段、下段など色々な動きを取り入れ、剣を自在に扱う。

 自身が使う魔法は一時的に力や速さを上げることが出来るが、使った所で基本が出来ていなければいざという時に動けない。

 これをやっていたから咄嗟にフェイを庇い、自らの怪我も最小限に抑える事が出来た。


「……ッ!? ハチッ!」


「ワンッ!」


 何かの気配を感じ、足元の影の中に潜んでいる相棒を呼び出す。


「誰だ!」


 月光に照らされ、誰かが近付いてくる。


「何だ、お前か」


「何だとは酷いな……」


 ゆっくりと目の前に現れたのは同期で、友でもあるウィン・ルーサーだった。


「こんな所で何してんだ?」


「今日はばたばたしてて、結局ガイと喋れなかったからね」


 頭をぽりぽりとかきながらそんな事を言う。


「そういや、お前今日応援に来てくれてたらしいな。ありがとうな」


「まぁ、応援って言っても僕らが行った頃には全部終わってたけどね……」


「それでも来てくれた事に変わりはねーだろ?」


 意識を失う直前に見た、少年が造り出した魔力で出来たドラゴンが脳裏にちらつく。あんな力があるなら応援も何もないだろう。


「体の方はもう大丈夫かい?」


「あぁ、大丈夫だ!」


 念のため、腕や体を動かして調子を確かめる。治癒の魔法で、完璧といってもいい程に回復していた。


「まさかお前もこの町に来てたとはな。もしかして関連か?」


「いや、違うよ。別の仕事。ギルド管理局所属っていっても僕は下っ端も下っ端だからね。あんな大事件を取り仕切ったりはないよ」


 同期とはいえ、ただの一魔王とギルド管理局ではやってる事が大きく違う。管理局からすれば魔王は駒のような物だろう。


「そうか…………お前には先に言っておくが、ここにいる可能性があるぞ」


「えっ!? 本当に?」


「あぁ。お前もあの巨大な魔物の死体を見ただろう? この近辺でおかしな事が起きすぎてる」


「じゃあ」


「まだ確証はないが、ギルド管理局経由で各地で居場所を調査していた魔王全員に応援を頼む事になるかもな……」


「……分かった。心積もりはしておくよ」


 事の重大さを感じたのか、少し間を置いて返事が来る。


「全く、何でギルド管理局の失敗を、俺らが尻拭いしなけりゃなんねーんだ」


「それを僕に言わないでよ……」


 申し訳なさそうにする同期。


「お前だから言ってるんだろ? 情報はほぼ寄越さずに、目的の物は探せっていくらなんでも無茶過ぎるだろ」


「管理局所属としては耳が痛いよ。僕自身も逃がした事以外は、詳しい事は知らされてないからね」


「もし本当にがここにいるなら、この町は大変な事になるぞ」


「他の仕事で来てたのに、そんな可能性まで示唆されたら胃が……」


 腹を押さえる仕草をしながら、俯くウィン。


「まぁ、頑張れお偉いさん」


 そんな友の背中をポンッと叩く。


「ガイこそ。フェイちゃんを悲しませちゃダメだよ?」


「あぁ……当たり前だ!」


 空を見上げる。満月までほんの少しという月が、町全体を照らしている。明日からはまたフォレストの西を調べる事になる。ここからが本番なのは間違いない。









(落ち着け~! 落ち着け、私……今日は大丈夫)


 夜も更けた頃、私はまたエン君の部屋の前にいた。今回はやましい理由は本当にない! いや、というと前回がそうだったみたいだが、それも違う!


「何してるにゃ?」


 躊躇う私の背後から……ではなく足元から声が掛かる。


「いや、だって……」


「部屋の前でそうしてる方が危ない奴に見えるにゃ」


「今朝次やったらって、エン君が言ってたんだから仕方ないでしょ」


「それはドロシーの行いが原因にゃ!」


「えっ? 私何かした?」


「何で惚けられるにゃ!?」


「冗談よ、冗談……」


 別に今日も運良く寝顔見られたらとか、寝てたら一緒に添い寝して一時間経ってから起こそうとか、寝てないなら魔法で無理矢理とか、そんな事は断じて考えてない。


「また何か悪い事考えてそうにゃ……」


 そもそも今回は、エン君に明日からどうするかについて聞くのが目的だ。ジードさんの話の後、二人でゆっくり喋る時間もなかった。

 願いを叶える滴がないなら、エン君はこの町にいる理由がない。それは私やライも同じだ。ここで考えていても仕方ない、意を決して扉をコンコンとノックする。


「エン君いる?」


「はい?」


 少ししてドアが開く。


「ドロシーさん……とライさん? どうしたんですか?」


「少し話がしたくて」


「遊びに来たにゃ」


「違うでしょ!」


「まぁ、似たようなもんにゃ」


 部屋の中に通される。思ったよりは元気そうに見えた。


「エン君はどうする?」


「どうするとは?」


「願いを叶える滴がないと分かったから」


「その事ですね」


 エン君はベランダから町を見下ろしながら、明らかに苦しそうな顔をしている。


「バカですよね! 願いを叶える滴なんて本当か嘘かも分からない物を信じて、こんな所まで一人で来て、色んな人に迷惑までかけて、挙げ句そんな物はなかったなんて!」


「エン君……」


 まるで自分自身を嘲るよう、泣きそうな顔でそう言う。


「なのにまだもしかしたら滴はあるかも……なんて思う気持ちがあって、どうしていいかも自分で決められない!」


 珍しく声を荒らげるエン君に掛ける言葉が見つからない。足元のライも同じ様だ。


「ねぇ、ドロシーさん。僕はどうしたらいいんですかね?」


 切ない笑顔をしながら、そう聞いてくる。


「……………………」


 ライを見る。私の目線に気づいたライは意図を察してくれたのか頷く。


「エン君、少し昔話をするね……」


「はい?」


「昔々ある所に一人の少女がいました」


 平凡な少女。


「少女には昔の記憶がなく、気付いた時にはある町の、ある酒場の女将に拾われていました」


「それは……」


「自分が誰なのかも、何で記憶がないのかも分からない少女は塞ぎ混み、生きる気力をなくしました」


 自分が何なのか分からない、それは深い深い絶望。


「そんな少女を女将さんは見捨てずに世話を続けました」


 勝手に絶望した少女なんて、放っても誰にも何も言われないはずなのに……


「そんな女将を見て少女は尋ねました。どうしてこんなによくしてくれるのか?」


 素朴な疑問だった。何も持っていない、何も覚えていない少女を何故助けるのか……


「女将さんはそれを聞いて笑いながら言いました。あんたが誰なのか、何をしてたかじゃない。今のあんたを見て助けたいと思ったからそうしていると」


 何てお人好しな人なのか。私が記憶をなくす前に、酷い事をしていた可能性だってあるのに……


「少女はその日から変わりました。過去じゃなく、今を、未来も見ようと」


 記憶がないのは変わらない。でも今出来ることをしようと。


「成長した少女は相棒を見付け、魔人になり、そして魔王になりました」


「それって……」


「やがて少女はある噂を耳にします。願いを叶える滴……それがあれば記憶を戻す事が出来るんじゃ? そう思った少女はある町にやってきました」


 前とは違う、今の自分として過去に向き合う為に……


「ねぇ、エン君?」


「はい」


「この話を、馬鹿な話だと思う?」


「思いません!」


「私もエン君の話を聞いて馬鹿だとは思わないよ?」


 死んだ親友を生き返らせたい。それがいいことかどうかは私には分からない。でも、結果はどうであれ、その気持ち自体は間違ってはいないんだ。


「ライもね、故郷だった村はもうないの」


「そうなんですか?」


「私も、なくなった村や皆を戻せるなら……なんて思ってたにゃ」


 願いを叶える滴――そんなあやふやな物でも信じたいと思えるほど、強い気持ちを抱いてる人はいるのだ。


「ドロシーさんは明日からどうするか決めたんですか?」


「決まってるよ」


 本当は心の中で既に決まっていた。


「私は、昔の私が恥じない、今の私でありたい」


 もし、あんな魔物がまた出るなら、誰かが危ない目に遭う可能性がある。それに人さらいの件も、襲ってきた黒ずくめの集団の事も解決していない。


「だから私はここに残るよ……」


「ドロシーは本当にお人好しだにゃ」


「ライもね」


 静かに考えているエン君に手を伸ばす。


「もう一度聞くね。エン君はどうする……?」


 私が出した手のひらに、小さな少年の手が乗った。

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