File.30 点と線を繋げて

 5分後、サクラの仲裁とテレサの説明で、どうにか落ち着きを取り戻すアイラ。

 

「なるほど理由は分かったっす。でも、テレサっちも人がいいっすねぇ……。こんな得体の知れないハーフに同居を許すなんて……。図々しいっすよ、まったく」


 じろりと睨まれたサクラは、ため息をつきつつ肩を竦めます。


「悪かったね、得体が知れない図々しいヤツで……」


「自覚があるなら早いとこ出て行ったらどうっすかぁ? セントラルに空き部屋がないならいっそスラムとか」


「ああん? 相変わらず安い喧嘩を売るじゃないか、小娘?」


「ま、まぁ、いいじゃないですか! そ、それより、アイラ? 最近のザナドゥはどうなってますか? 8日もログインしてなかったら色々と変わってますよね?」


 険悪になりかけた雰囲気に、慌てて話題の変更を試みるテレサ。

 良い判断です。あのまま放置していたら、いつぞやの喧嘩が再燃していた可能性があります。

 本当にこの二人は水と油というか、なんというか……。混ぜるな危険です。


「う~ん? そうっすねぇ……普段なら3日も開けてログインしたら全くの別世界ってことも珍しくないっすけど、ここ数日はほとんど変化してないっすよ?」


 テレサのほうへ向き直り、少し考え込みながらの回答。


「え? そうなんですか? 商業区とか分単位でお店が建ったり潰れたりするのが普通だったのに……なにかあったんです?」


「へぇ……本当ならそんなに長期間変化がないってのはおかしいねぇ……」


 不思議そうにするテレサと、訝しげに尋ねるサクラ。

 

 確かに、ザナドゥでは正式な利用者であれば誰でも比較的簡単に様々なオブジェクトを製作、配置、配布などをおこなうことが可能です。

 そして、それがザナドゥの統一性がなく、無秩序かつ混沌とした世界観の形成に一役買っています。

 

 おかげでテレサが遅刻などをするたびに、マップデータを急いで作り直すはめにたびたび陥りますが、今は関係ない話なので横に置いておきましょう……。


「あぁ、二人とも本当にこの数日、一度もザナドゥへログインしてないんすねぇ」


 見つめられたアイラはどこか呆れたように笑い、話を続けます。


「えっと、ブラックラットパークの問題以降、セントラルのほうで個人によるデータのアップロードを停止してるんすよぉ~。あと、企業や団体のほうもだいぶチェックが厳しくなってるっすねぇ~。変化がないのはその辺が大きな理由っす」


「へぇ……つまりなにかい? セントラルの捜査班は内部に今回の問題を起こした輩がいるって睨んでるのかい?」


 どこか興味のなさそうに言葉を紡ぎながら、しかし視線は鋭いサクラ。それにアイラは疲れた様子で肩を竦めながら答えます。


「いやぁ~、どうっすかねぇ? その辺は実際に処分されたハーフのほうが色々詳しいんじゃないっすかぁ? まぁ、セントラルの本音は知らないっすけど、建前では不必要なデータ、いわゆるサイバーデブリの処理に手間取ってるからっすねぇ~」


 おかげで連日超過労働っすよぉ~、と嘆くアイラは確かにいつもより顔色が悪いように見受けられます。


「あぁ、なるほど……。あの件で大量のAIが飛んだからね……。それが使用していたシステムリソースの割り出しなんかで大忙しなわけだ。ご苦労なことだねぇ」


 サクラの皮肉めいた物言いに、ため息をついて返すアイラ。


「それだけならまだマシっすよぉ~? ニュース見てないっすかぁ? ここ数日で高齢者の自殺者が急増してるって。今まで一緒に暮らしてた孫や子ども系の家族AIもパークの問題で消えちゃったらしくて、あとを追ってるみたいなんっすよぉ……」


 やれやれと首を横に振り、がっくりと肩を落とします。


 現代において、ザナドゥは人々の生活における新たな中心です。例えるならもう一つの現実世界、真の仮想現実と言ってもいいでしょう。

 そんな空間で長年一緒に暮らしてきた姿あるAIたち、いわば本物の家族のような存在を突然に失う喪失感はいかばかりのものか……。


 例え補償され、同じような存在が戻ってきたとしても、心に空いた穴は簡単に埋まることはないのでしょう。

 世を儚みそういった行為に走るのは無理からぬことかもしれません……。


「だから、カウンセリングプログラムを用意したり、気の毒にも亡くなった人がザナドゥに残した自立データ、いわゆるゴーストを削除したりとか、もうもうやることが沢山で……正直、寝る暇もないんっすよねぇ~って、っつ――、」


 ぼやきながら欠伸をした瞬間、小さな悲鳴をあげ右目を片手で押さえるアイラ。


「あぁー、ごめんっす……。ちょーっと鏡と水を貸してもらっていいっすか? 目に付けてたウェアラブルデバイスがズレちゃったみたいっす……」


 痛みで顔をしかめるアイラへ、物珍しげな視線を向けるサクラ。


「インプラント全盛の時代にコンタクトレンズ式のデバイスとは……またレトロなものを使ってるねぇ、小娘」


「いやいや、アタシも好きで付けてるわけじゃないっすよ? 少し前に企業からサンプルの試験を頼まれて、それで使ってるだけっす」


「へぇ~、今時珍しい企業もあったもんだ」


「ですよねぇ~。アタシもそう思うっす、って、痛たた……」


 訝しげに見つめるサクラに、若干涙目で苦笑しながら答えるアイラ。


「もう、なにをしてるんですか? ソフィア、アイラをバスルームへ案内してあげてください。アイラもほら、急いで!」


『了解しました、テレサ。アイラ、こちらへどうぞ』


「ありがとうっす、ソフィアっち。おー、痛い……」


 テレサに促され、片手で右目を押さえたままよろよろと立ち上がるアイラ。


『大丈夫ですか、アイラ? 片目では遠近感が狂います。足下には十分気をつけてください』


「心配いらないっすよぉ~。左目にもデバイスは付けてるんで、その辺は補正してくれるはずっすからぁ~」


 しかし、そう口にした途端、躓き僅かによろけます。


「ほ、本当に大丈夫ですか、アイラ?」


 心配するテレサに、恥ずかしそうに笑って返すアイラ。

 これはバスルームまで細心の注意を払い、案内しなくてはなりませんね……。とりあえず、通路にある邪魔なものはドローンに移動させることにしましょう。


 数分後、どうにか無事にバスルームへ到着するアイラ。


「案内どうもっす~、ソフィアっち。あとはもう大丈夫っすよぉ~。帰りも一人で戻れるっすから」


『了解しました。では、なにかあった場合は遠慮なく呼んでください』


「ういうい、ありがとうっす~」


 目を押さえていないほうの手をひらひらと振るアイラ。

 本当に大丈夫そうですね……。カメラなどを待機状態にして、こちらはゲストルームへ戻ることにしましょう。


 §§


 ルームに帰ると、ドリンクを飲みながら話し込むテレサとサクラの姿がカメラに写ります。これは会話を邪魔してもいけませんし、暫く黙っておきましょう。


「じゃあ、やっぱり内部犯だったってことですか?」


 サクラへ確認するように問い返すテレサ。


「あぁ、例のデータを解析した結果だけどね。Klein-1999、コフィンのパーツが相当な数見つかったよ。どれも劣化したり消耗が激しかったり状態は良くないが、上手く組み合わせれば動く可能性はある、といった感じでねぇ……」


「つまり、本来廃棄されているはずのパーツを使って、スラムでコフィンを組み立てたんですね……。でも、それって実際に可能なんですか? バラバラの状態から簡単に組み上がる代物には見えませんけど?」


 訝しげに問いかけるテレサに、肩を竦めるサクラ。

 確かにテレサの疑問は最もです。コフィンには一台だけでも数千のパーツが使われています。仮に全てのパーツが手に入っても復元するのは至難の業でしょう。


「まぁ、可能か不可能かで言えば、可能だろうね。ただ、ナチュラルには絶対に不可能だ。これは断言できる。アレは、設計図もなしに勘で組み立てられるもんじゃない。なにせ設計図を見ても意味不明な代物だ。私だって復元できる自信はないよ」


 飴玉を口へ放り込みつつ、降参、とでも言うように両手を挙げるサクラ。


「だとしたら、今回の犯人は設計図を見ることができて、ハード面にも凄く強い人物ってことですか? やりましたね、サクラ! そんな人物、内部でもだいぶ限られてきますよ!」


 パッと笑顔を浮かべるテレサに、いやいやと苦笑するサクラ。


「喜ぶにはまだ早いさ。設計図はメンテナンスに必要だから、意外と閲覧できる人間がセントラル内には多いからねぇ。ただ、もう一息なのは確かだ。あとはパークの関係者、利用者を調べて、その中にハードに明るいヤツがいないか探すだけさ」


「それでもですよ! あと少し! あと少しです!」


 そう言って嬉しそうなテレサを眺めていると突然、ルームシステムからアラートシグナルが送信されてきます。


 警告:防犯センサーに反応あり。確認を求む。


 瞬時にルームカメラを該当箇所へ切り替えると、そこにはアイラの姿が……。


『アイラ? その先はサクラのプライベートルームです。なにか用事ですか?』



「あはは~。これはソフィアっち……見つかっちゃったすねぇ」


 こちらの問いかけに、どこかばつが悪そうに笑うアイラ。


『それ以上先へ進むなら、こちらもプログラムされた対処をおこなうことになりますが、どうしますか?』


 警告すると、アイラは苦笑しながら両手を挙げます。


「ははっ、それは勘弁っねぇ。あのハーフがテレサっちとどんな生活をしてるのかちょーっと気になっただけなんすよぉ~。あとやっぱり心配だったっすし? だから、大目に見て二人には黙っていてくれるとありがたいっす……」


 最後は反省し、懇願するようにこちらを見つめるアイラ。


『…………分かり、ました。今回だけは目を瞑りましょう。しかし、次はありませんよ、アイラ? テレサの信頼を裏切らないでください』


「ありがとうっす、ソフィアっち。さて、じゃあ、部屋に戻るっすかねぇ~」


 ホッとした様子でゲストルームへ向かうアイラ。

 その姿を監視しつつ、瞬時にルームカメラのログなどをチェック。

 結果、特段の異常は見当たりません。本当にただ二人の生活が気になり、確認のためにふらっと寄った感じのようです……。


 若干、人としてどうかとは思いますが、反省していたようですし、約束通り報告はしないことにしましょう……。


 §§


 アイラと部屋に戻ると、テレサたちは先ほどの会話をすでに終えた様子でした。


「おかえりです、アイラ。意外と時間がかかりましたね」


「いやぁ~、ちょと~っと再装着に手間取ったっすよぉ。あ、バスルームを貸してくれてありがとうっす。おかげで助かったっすよぉ~」


「いえいえ、どういたしまして」


 何事もなかったように自然にテレサと言葉を交わすアイラ。なかなかどうして演技派ですね……。これは記録しておくべきでしょうか? いえ、不要ですか……。


 そのあとは他愛もない会話が暫く続き、気がつけば2時間が経過していました。


「あっと、もうこんな時間っすか……。アタシはそろそろ帰らせてもらうっすね。いやー、突然押しかけた上に長居してしまって申しわけないっす……」


 軽い感じの謝罪に苦笑しつつ、アイラを玄関まで送るテレサとサクラ。


「それじゃー、またっす! テレサっちは早くザナドゥにも顔を出すっすよ? マックス班長とかも心配してたっすから。あと、それから――、」


 と次の瞬間、サクラの耳元へ顔を近づけ何事かを呟くアイラ。

 突然の行動にサクラとテレサが目を見開き唖然としていると、アイラはサッと離れてクスクス笑います。


「じゃあ、さよならっす~。ソフィアっちもありがとうっすねぇ~」


 そう言って駆け足で去って行くアイラ。


「サクラ? アイラは最後、なんて言ってたんです?」


 後ろ姿を見送りつつ、尋ねるテレサ。


「あん? アンタをあんまり変なことに巻き込むな、だとさ……。いい友達を持ってんじゃないか、テレサ」


「ふ~ん、まったく心配性ですねぇ、アイラは……」


 伝えられた言葉に若干拗ねつつ、しかしどこか嬉しそうに笑うテレサ。

 この笑顔がいつまでも続けばいいと願わずにはいられません……。

 

 早く諸々の事件と問題が解決すればいいのですが……。

 そのためにも全力でテレサをサポートしなくてはなりませんね。えぇ、頑張りましょう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る