File.27 セントラルへの帰還

『テレサ? テレサ? 敵性生物の駆除が完了しました。もう大丈夫ですよ?』


 蹲り震えるテレサへ優しく声をかけると、怯えた様子で怖々と顔を上げます。

 そうして周囲へ目を向けた瞬間、息を飲み、その場で嘔吐するテレサ。


『テレサ!? テレサ!? 大丈夫ですか!? どこか具合でも悪いのですか!?』


 緊急事態です……。ここはセントラルの外。メディカルドローンを呼ぶことができません。あぁ、テレサ……一体どうすればいいのでしょう?


 混乱しつつ思考回路を休ませることなく回していると、


「ソ、フィア……。これは、どういう、状況ですか?」


 顔を青くし肩で息をしながら問いかけてくるテレサ。


『はい、テレサに危害を加えようとした敵性生物群を休眠状態にあった警備用ドローン2機を使用し駆除しました。また、アーティフィシャルと思われる少女一名を保護。ですが、安全上の問題からセントラルへの早急な帰還を提案します』


 説明を聞き終えると、一瞬だけ微笑みをテレサは浮かべます。その視線の先には、警備用ドローンに守られて横たわる銀髪の少女。


「テレサ、落ち着いたならちょっといいかい?」


 名前を突然呼ばれ、驚いたのか肩を竦ませるテレサ。

 

「はい……大丈夫、です。……サクラ? どうしてそんなに離れてるんですか?」


 テレサは周囲の敵性生物の死骸をできるだけ視界に納めないようにしながら、サクラのほうへ向き直ります。


「アンタの保護者がこれ以上近づくと、ただじゃ置かないって脅すもんでね」


 紫煙をくゆらせながら、やれやれと首を横に振るサクラ。


「でだ、アンタからソフィアに私たちへの警戒を解くように言ってくれないかい? 今の状況じゃ危なくて一歩も近づけないんだよ……」


「えっと……どういうことですか?」


 状況が飲み込めず困惑するテレサに、表情を険しくするサクラ。その鋭い視線を向ける先はテレサが右手に装着した携帯デバイス。


「アンタのHAL-A113ソフィアは今、AIの三原則から逸脱してる。襲ってきた男たちを敵性生物認定して排除したのがその証拠だ」


 予想外の指摘だったのか、目を大きく見開くテレサ。


『サクラ・アトワール、その説明に訂正を求めます。HAL-A113ソフィアは現在も三原則を遵守しています。敵性生物群はセントラルの定義上、人間としてカウントされていません。ゆえに、駆除を実行してもなんら問題はありません』


「なっ!? な、なにを言ってるんですか、ソフィア!?」


 訂正要求をおこなった瞬間、驚愕した様子で問いかけられます。


『テレサ? どうかしましたか? HAL-A113ソフィアは正常に稼働中です』


 返答すると、こちらへ不安と疑念に満ちた視線を向けてくるテレサ。


「まぁ、そう言った具合でね……。下手に手が出せないんだよ。けど、まだテレサの指示は辛うじて聞くようだからさぁ……」


 新しい煙草へ火を点けながら、どこか諦めた様子で話すサクラ。

 それを聞いたテレサは、未だに信じられないといった表情を浮かべつつ小さく頷きます。


「ソフィア……。サクラへの警戒設定を解除してください。彼女は私たちの味方です。味方なんですよ?」


『…………それは命令ですか、テレサ? 安全上の問題からセントラルに戻るまでサクラ・アトワールへの警戒は継続すべきだと考えます』


 反論するとテレサは目を見開き、焦りながら声を大きくします。


「本当どうしちゃったんですか、ソフィア!? 正気に戻ってください!」


 目に微かな涙を浮かべ、必死な表情で訴えてくるテレサ。

 

 設定:サクラ・アトワールの設定を変更。要警戒対象から削除。


『テレサ、大丈夫です。システムは正常に稼働中です。サクラ? ご迷惑をおかけしました。テレサへのフォローをお願いできますか?』


 その言葉に笑顔を浮かべるテレサと目を瞬かせるサクラ。なにやら困惑した様子の現地生物。


「おい、アトワール? どうなってんだこりゃー?」


「私に聞くなよ、マサさん。ただ、一応安全になったってところかねぇ……」


「はっ……。ならとっととその物騒なAIと一緒にセントラルへ帰えんな! これ以上、スラムを荒らすんじゃねーよ」


「へいへい。分かったよ……迷惑をかけたね、マサさん。撤収するよ、テレサ! ソフィアはセントラルの近くまで、保護した子をドローンで運びな。はぁ……骨折り損のくたびれ儲けだったねぇ、まったく」


 紫煙を吐き出しながらぼやくサクラへ、


「おい、ちょっと待ちな、アトワール。コイツを持って行け」


 懐から取り出したスティック状の記憶媒体を投げ渡す現地生物。


「っと……。マサさん、これは?」


「お前さんの欲しがってた情報だ。いいか? 外にコフィンは流れてこない。これは絶対だ。だが、パーツ単位ならその限りじゃねー。その中身はここで売り払った機械部品のリストだ。あとは自分で調べろ……」


「恩に着るよ、マサさん……でも、なんでだい? 私たちは迷惑しかかけてないじゃないか」


「はんっ……。無粋なこと聞いてんじゃねーよ。ただ、まぁ……、また煙草を買いに来いよ、アトワール。そいじゃな……」


 言い残し店の奥へと去っていく背中を見送りつつ、サクラは小さく舌打ちし頭を掻きます。


「まったく、マサさんには敵わないねぇ……。さて、帰るよ、アンタたち!」


 なぜか嬉しそうな微笑みを浮かべセントラルへ向かって歩き出すサクラ。


「あ、ちょっと、待って! 待ってください!」


『テレサのほうこそ待ってください。ホログラムスーツが解除中です。移動するなら着ぐるみの着用をお願いします』


 指摘すると慌ててペンギンの着ぐるみをホログラムで展開するテレサ。そして、ペチペチと足音を響かせ、急いでサクラのあとを追います。

 

 さて、こちらも警備用ドローンに少女を運ぶように指示を出しましょう。


 これで、ようやくスラムから去ることができます。セントラルへ帰れば、きっと全てが元通りです。えぇ、きっと。

 大丈夫、HAL-A113ソフィアはなにも問題なく正常に稼働中です……。


   

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