File.14 安全神話
「ログアウトできないって……そんなまさか、冗談ですよね?」
サクラからの緊急連絡、その予想外の内容に動揺するテレサ。そして半信半疑といった様子でログアウトを試みますが……、
「っつ……システムが反応しません!? えぇ!? 本気ですか!?」
最悪の結果に頭を抱え込みます。
調査:各ログアウトシステムのスキャンを実行…………完了。
『テレサ、コフィン側のシステム自体に問題はありません。ただ、任意でログアウトできないようにパーク側の設定が変更されているようです。また、パーク内外への移動についても現在は制限されています』
しかし、スキャン結果を報告するとどこか安心した様子で息を吐き出すテレサ。
「あぁ、良かったです。コフィンの、Klein-1999のシステムに侵入されたわけではないんですね……」
安堵の表情を浮かべると、同感だといった様子で言葉を返すサクラ。
――流石はWizards Coffin、魔術師たちの棺と呼ばれただけのことはあるね。今回もそこは完璧に防いだらしい。じゃなきゃ、もっと大事になっていたさ……。
言葉を句切ると通信越しに漏れ聞こえてくる大きな吐息の音。
これはまた煙草を吸っているに違いありませんね……ですが、それだけ余裕があるということなのかもしれません……。
――なんで物理的に回線を切断すれば、一応帰還できるからそこは安心していい。フィクションみたいに仮想空間内に一生閉じ込められるとかは今のところないからさぁ~。まぁ、ただそれはあくまで最後の手段だろうねぇ。
「そうですね……回線の強制切断にはリスクもありますし……」
紫煙をくゆらせつつ淡々と紡がれているであろう言葉に重々しく頷くテレサ。
回線の物理的切断にともなう最大の問題点、それは記憶の喪失です。過去の検証によれば短くて数日、長い場合は数ヶ月の記憶が失われることが分かっています。
現在、ブラックラットパークへ入場しているのは約2万人。その規模の記憶障害が発生した場合、社会的に大きな混乱はまず免れないでしょう……。
最終的にログアウトが可能だとしても、やはり状況が危機的なサイバー災害であることに変わりはありません。
『それでサクラ? テレサになにをやらせるつもりですか? 秘匿回線を用いてまでコンタクトを取ってきたのにはそれなりの理由があるのでしょう?』
これだけ大規模な事件です……セントラルはすでに事態の対応に動いているでしょう。その上でサクラがこうして秘密裏に行動しているのにはわけがあるはずです。
――流石は優秀なAI様だ。話が早い。現在、セントラルはシステムの復旧作業を行っている。これはまぁ、当然だ。私もメインフレームで作業に加わっているしね。ただ、連中は今回の件をあくまでシステムの不具合で終わらせる気みたいでねぇ。
言いながらつくため息は呆れのそれか、煙草の紫煙か……。いえ、言葉の真意を察すれば、恐らく前者でしょう。
『つまり外部からの攻撃は存在せず、ブラックラットパーク側のプログラム的問題として事を終わらせたいと……』
――幸か不幸か障害の発生がパーク内に限定されてるからねぇ。初期のプログラムエラーとして処理し、クラッキングされた事実は伏せる。セントラルは安心安全な電脳仮想空間ザナドゥという幻想をなんとしても守り抜きたいらしい。
『愚かですね……。この世に完璧なシステムは存在しないというのに……』
――ははっ。よりにもよってAIがその台詞を吐くのかい? まったく、そら恐ろしい時代になったもんだよ……。
なにが楽しいのか回線の向こうで笑うサクラ。
ですが、これは純然たる事実です。この世に完璧なシステムは存在しません。
どんなに優れたプログラムにも必ず寿命というものが存在します……。進歩し続ける技術や環境に適合できず、使用されることのなくなる未来が……。
――っと、話が脱線したね。つまりセントラルは今回の侵入者を捕まえる気はない。けどね、やられっぱなしなのは私のプライドが許さないんだよ。だから、アンタたちちょーっと手を貸さないかい? 侵入者に一泡吹かせようじゃないか。
音声のみの通信なため表情は分かりませんが、恐らくサクラは挑戦的な笑みを浮かべていることでしょう。出会って数日ですが、彼女はそういう人です。自分の縄張りを侵した敵を許すはずがありません。
『さて、どうしますか、テレサ? よく考えて決めてください。決定には従いますが、セレクタリーシステムとしては断ることをお勧めします』
なっ!? 裏切ったねAI!? などとサクラが抗議の声を上げますが無視。まず優先されるべきはテレサの安全です。セントラルのチェックを潜り抜けながら、秘密裏に動くのはリスクが大きすぎます。
しかし、テレサは暫く難しい顔で思案したのち、
「よし、やりましょうソフィア! せっかくの休日を台無しにされたお返しです! それにほら! これが上手くいけばサクラとアイラが仲良くなるかもしれません!」
よし、と覚悟を決めたように力強く頷きます。
しかたありませんね……。そういうことなら思考回路をフル回転させることにしましょう。えぇ、テレサのために全力でサポートますよ。
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