ソフィア HAL-A113

荒木シオン

フォルダ① WizardsCoffin ~魔術師たちの棺~

File.1 電脳仮想空間ザナドゥ

 本日も世界は人々の夢と希望、欲望や野望に溢れつつも正常に稼働中です。

 

「寝坊した! 寝坊した! 寝坊したぁぁ! 呼び出しで起きるとか最悪です! どうして時間通りに起こしてくれなかったんですか、ソフィア!」


 訂正:担当する少女の日常に若干のエラーが発生中。


 泣きながら街中を全力疾走する彼女の名前はテレサ・キサラギ。

 現仮想空間における設定年齢は十七歳。体格は基準値。髪はオレンジで右サイドテール。紫の瞳が印象的。オプションで猫耳と尻尾を装着。登録職業は第二種セキュリティエンジニア。


「聞いてますか、ソフィア! テレサは怒ってるんですよ!?」


『回線状況は正常です。音声も問題ありません。しかし、抗議内容に対しては非常に遺憾です。こちらは完璧な仕事を提供しました。失態の原因は全面的にテレサにあると考えます』


 証明:予定時間に起動したアラームのログを取得。保存。正当性の確保。


 返答に対し浮かべる不満げな表情。心情的に納得していないように思われます。

 再度の返答は保留。議論の平行線を予防。沈黙は金なりです。


「あぁ、もう! 分かりましたよ! テレサがわるーございました! なので、目的地までの最短ルートを検索してください」


『了承しました。ルートの検索を開始します』


 第一工程:現空間および目的地までのマップ情報を取得。

 

 古今東西の建築様式を用いた様々な家屋に寺社仏閣、霊廟、伽藍と教会、聖堂、対する通りに高層ビルやタワーが乱立する街中。

 上空には無数の島が浮かび、鯨に魚、竜や怪鳥の類が悠然と泳ぎ、飛んでいます。

 

 高速で行き交う浮遊バイクや四輪車及び円盤。蒸気圧で縦横無尽に跳ねまわる変人。デフォルメチックな人間が笑い、動物が服を着こなし二足歩行で闊歩してるかと思えば、スッと横切るゲル状の生物や名状しがたいナニか……。


 相変わらずの無秩序かつ混沌とした世界です……第一工程の終了。次プロセスへ移行。


 第二工程:策定ルートをテレサへ送信。ナビゲートを開始。


「わぁ~! これならギリギリ間に合いそうですね! 流石は最新型のセクレタリーシステム!」


『お役に立てれば幸いです。けれど、無駄口を叩かず走りなさい。約二秒のロスが発生しています』


 警告すると目を丸め、慌てた様子で移動速度が上昇。到着予想時間を適宜更新。

 プラン通りならギリギリセーフですが、不確定要素は多数。


 頑張ってください、テレサ。貴女のセレクタリーシステムHAL-A113ソフィアの名誉のためにも……。


 §§


 数分後、目的地に到着。周辺情報を取得。

 大小様々な歯車、ピストン、コンテナにケーブル類やパイプが複雑に絡まった建造物。周囲の各種重機や機械はそれらを縫うように色々軋ませながら移動中。


「セーフ! テレサは頑張った!」


『いいえ、アウトです』


 理由:予想時間より13秒の遅れ。テレサの身体能力データを更新。


 次回からはより精度の高いナビゲートが可能になる予定です。

 返答になにやら抗議するテレサを無視し、情報を書き換えていると、


「遅いぞ、キサラギ! 呼び出してからどれだけ時間がたったと思ってる!」


 前方から不機嫌そうな声を上げこちらへ向かってくる人影を確認。

 いわゆる迷彩服を着込んだ熊、と表現できる外見。目には逆三角形のサングラス。口には葉巻が二本ほど。


 照合:取得音声及びアバター情報をシステム内データベースより検索……ヒット。テレサの上司であるマックス・デンバー氏と断定。


 テレサの幸運を祈ります。


「はい、すみません班長! 5分30秒です!」


 いいえ、正確には6分23秒ですが……。

 姿勢を正し、引きつった表情で回答するテレサへ訂正のために声を掛けようとした瞬間、周辺へ響く爆音。

 驚き両手で耳を塞ぎ屈み込むテレサと忌々しそうに舌打ちをするデンバー氏。

 

 調査:周辺情報を再取得……原因を特定。ライブ映像及び対象の座標情報をテレサへ送信。


「わぁ~、あからさまな違法改造アバター! 今時珍しいですね、班長!」


 報告座標へ目を向けながら嘆息するテレサ。

 彼女の視覚へ継続送信中の映像には、周辺のモノを薙ぎ倒しながら暴れる巨大な人影。鋼色の肌。異常に発達し肥大化した両腕と両脚。対してそれに不釣り合いな痩せ細った体躯。


 解析:捕捉対象の情報をセントラルへ送信。データベースと照合……ヒット。元アバターと類似違法データの特定に成功。


『テレサ、違法データにより外見の変化が認められますがアレは一般的な男性用アバターです。製作は四菱バンク。2136年製。検出された類似違法データから全体に防性プログラム、両腕と両脚に攻性プログラムの存在が疑われます」


「あらぁー、てっきり不出来な自作かと思えば既製品……もしかして非合法の電子ドラッグを使用したら運悪くウィルス入りだったとかですかね?」


『現在の情報では断定しかねます。さらなる解析をお望みですか?』


「いや、いらん。通報があった時点で制圧は確定している。細かい情報は外へ引っ張ってから聞き出せばいい」


『了解しました。対象への監視タスクのみ維持します』


 返答へ頷くデンバー氏。テレサは対象座標に視線を向けなにやら思案中。

 

「座標位置だと直線距離で500mぐらいですか……。てか、なんで仮想空間内なのに実距離仕様なんでしょう? 空間座標を利用すればすぐ移動できるのに……。そうすればテレサだって遅刻しなかったんですよ? ねぇ、班長?」


「しらん、ザナドゥの設計者に言え。あとまかり間違っても座標間移動プログラムを組んだりするなよ? 普通に違法だからな?」


 不満げに愚痴をこぼすテレサに呆れた様子のデンバー氏。

 座標間移動はシステムへの負荷と犯罪抑制のために禁止されています。

 使用者及び開発者には重い罰則あり。テレサが道を踏み外さないことを願います。


「しませんよ……ちょっと興味があっただけです。というか班長? まだ対象へ突撃しないんですか? 周辺情報の保護は完了してるんですよね?」


「遅刻した駄目な部下の代わりに俺がな。制圧はもう少し待て。セントラルからの連絡がまだ来ない」


「むぅ、またですかぁ? まったく、もたもたしてますねぇ」


「よりによってお前さんがそれを言うかよ……」

 

 口を尖らせるテレサにため息をつくデンバー氏、心中お察しします。

 

 確認:セントラルへアクセス。現実空間における調査情報を閲覧。


『報告します。セントラルは違法アバターの所有者を特定。現在、制圧部隊を現地へ派遣中です』


――って、ちょ~っと、ちょっと! 人のお仕事を取らないでほしいっすよー! そういう報告はアタシの役目なんっすからね!


 通信回線への介入あり。接続元から安全性を確認。接続元と音声情報より人物を特定。テレサの同僚であるアイラ・クラリス氏です。


『申しわけありませんアイラ。では、以後の報告は貴女へと引き継ぎます』


――あ、いや、別にいいんっすけどね? アタシも楽ができるし? 報告が遅い! って、マックス班長にもどやされることもなくなるっすし……。


「おい、聞こえてんぞ、アイラ。つか、今日の管制担当はお前さんかよ!」


――ですよねぇ~! そして、管制担当は確かにアタシっすよぉ~! ちなみにぃ~、サポーターはいません、ご愁傷様っす班長殿!


「マジか……はぁ、マジかぁ……」


 壁に手を当て、肩を落とし嘆息するデンバー氏。同じく非常に嘆かわしいです。


 理由:アイラの仕事は端的に言って非常に雑です。必要情報が欠落、欠損していたことは過去多数。


 作業:バックグラウンドで調査情報を随時閲覧。アイラからの報告との誤差を検証。別タスクが発生した場合はそちらを優先。


――っと、班長が落ち込んでいる間にアバター所有者の制圧が完了っす~。そちらのアバターもじきに機能を停止すると思われます。いやー、早期解決万々歳! アタシも残業無しでそっちに戻れるっすよぉー! ではでは現場組の皆さんは事後処理を適当によろしくっす~♪ 


 こちらの返答を待たず、アイラは通信を一方的にシャットダウン。直後、監視を続けていたアバターの活動停止を確認。テレサとデンバー氏へその旨を報告。


「よし……なら俺たちも周辺情報を修復したら引き上げるぞキサラギ。あぁ、そうだ、お前さんは帰ったら始末書と報告書の作成な」


「!? ちょっ!? 報告書は分かりますけど、始末書!? テレサ、今回はなにも壊してませんよ!?」


「ガッツリ遅刻しただろうが!」


 驚き戸惑うテレサへ割と本気の一喝。肩を竦め縮こまる姿は可哀想ですが、いい薬でしょう。

 これで数ビットぐらいは更生してくれることを願います。


――ピピピピピピッ。


 希望的観測をした瞬間、アラームが起動。


『テレサ、連続ログイン時間が16時間を超えました。法令によりログアウトが必要です。滞在時間を延長する必要がある場合はセントラルへ申請してください』


 電脳空間ザナドゥでは現実世界における肉体と精神への影響を考慮し、最大ログイン時間に制限が設けられています。特別な事情がない限りこれは厳守されなくてなりません。

 ただ、おそらく残業は特別な事情として認められることはないでしょう……。


「わぁ~、残念! というわけで班長! テレサ・キサラギは法令に基づき現実世界へ帰還いたします! 修復作業と報告書の作成頑張ってください!」


 言葉とは裏腹に満面の笑みでデンバー氏へおどけながら敬礼をするテレサ。

 そして、アイラ同様相手がなにかアクションを起こす前に颯爽とログアウト。恐るべき早業です。普段からこういう行動を心がけてもらいたいものですね。


 消えゆくログアウトエフェクトを確認しつつ、現実世界へと自システムの切り替えを実行。


「HAL-A113、キサラギに伝えておけ。始末書は普段の倍書かせるから覚悟しておくようにってな!」


『了解しました。音声メッセージを保存。のちほどテレサへお伝えします。』


「ご苦労。行ってよし」


『はい、お役に立てれば幸いです』


 返答に疲れた様子で手をひらひらと振るデンバー氏。

 それと同時にシステムの切り替えが完了。


 HAL-A113ソフィアは電脳仮想空間ザナドゥを離脱します。

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