第33話 青髪の女魔術師




 鈴虫が鳴く音が聞こえてくる。


 窓から入ってくる月明かりが眩しい。外は既に日が沈んでいて、私の目の前には美味しそうな夕飯が並べられている。シェフ”エノク・フランベルジュ”特性のスープとパンにサラダが盛られている。私がいつものように彼の料理を堪能しているとエノクは私に衝撃的な事を話してきた。




「依頼を受けた冒険者が来たの!?」


「うん……いきなりだったからびっくりしたよ」


「確かにギルド街に近い場所に僕の工房があるから来ようと思えばすぐ来れるんだけど」


「まさか事前連絡なく来るとは思わなかったよ」


 


 エノクは驚いた表情でその言葉を口にした。

 ギルドの依頼が公布されてから既に3日経っている。依頼を受託した冒険者がギルドの連絡も待たずに、いきなりエノクが所属する工房に尋ねて来たらしい。


 なんか凄いせっかちな感じがする人だけど……




「それで、その人どんな人だったの?」




 私はその尋ねてきた人に関してエノクに質問をした。


 若干興味を覚えたからだ。




「どんな人?うーん、そうだね」


「一言で言えば、捉えどころがない人かな。フードを被っていた女の魔術師の人だったんだけどね」


「鮮やかな青い髪と褐色の肌が印象的な人で、美人と言えば美人だとは思うけど、なんか凄い近寄りがたい雰囲気があったよ」




 女の人なんだ……


 まあ、このご時世じゃ女も冒険者家業をやっているのは当たり前の事なのかもしれないわね。




「冒険者の人はそれでどんなことを言ってきたの?」




 私はエノクに核心に迫る話を聞いた。




「うん……それがね……」




 エノクは先ほどの状況について話し始めた。







「あなたがエノク・フランベルジュね?」


「はい?」




 僕は工房を出ると、見知らぬ女の人にいきなり話しかけられた。


 誰だろう……なんで、僕の名前を知っているんだ?

 

 彼女は僕が工房から出てくるのを待ち構えていたようだ。腰に片手を当て、仁王立ちのように堂々とした態度でその場に佇んでいる。外見は黒ずくめのローブとフードで覆われていた。目立つ格好じゃないのに逆に目立ってしまうという、不思議な存在感を持った人だった。




「ふ~ん……あなたがエノクなのね……」




 女の人は僕の全身を舐めまわすように見てきた。それはまるで獣が獲物を仕留めんとするような鋭い視線だった。それでいてどこか人を狂わすような魅惑も感じられる。

 彼女のその妖艶な視線に僕は全身が身震いしたのを感じた。何故か全身に極度の緊張感が走ってくる。彼女の全身から発せられる気は絶対的な強者を目の前にしている感覚であり、決して彼女に逆らってはいけない……そんな不思議な凄みを感じられるものだった。


 ひとしきり僕を見てきた彼女はようやく自己紹介をしてきた。




「私は”オーゼット”。あなたの依頼を受けた冒険者よ。一応魔術師もやっているわ」


「あ……冒険者の方なんですね」



 言われてみれば、まあそんな雰囲気も持ち合わせている気もするけど……




「オーゼットさん……というのがお名前ですか?」




 聞き慣れない名前だった。




「偽名よ。本名じゃないわ。でも必要ないでしょ?」




 彼女は事も無げに偽名であることを明かしてきた。




「……まあ、そうですね」




 僕はそう返事を返した。


 ここは暗黙のルールで本名は聞いてはいけないのかもしれない。それに彼女とは所詮この依頼だけの関係なのだから本名を聞いてもしょうがないだろう。

 彼女は僕の返事を聞くと頷きながら、話を続けてきた。




「結構。話が早くて助かるわ。場所を移しましょうか」




 そう言うなり、彼女はスタスタ1人で歩き出した。


 これはついて来いって意味なのかな・・・


 僕は良く事情も理解しないまま彼女についていった。







 僕が連れてこられたのは商店街の一角にある宿屋だった。どうやらここは彼女が借り受けた部屋のようだ。部屋の中に彼女の下着と思わわれるものが干してあって僕は目のやり場に困っていた。

 そんな僕の様子を見て彼女は不敵な笑みを浮かべている。




「ふふ……純情さんなのね。もしかして、そういう経験は初めてなのかしら……」




 彼女が身をくねらせながら僕に近づいてきた。

 ローブに覆われていても彼女の艶めかしい体のラインがくっきりと浮かび上がっている。ローブからちらりと見せるあの脚はあんなに細くて長いのに、ヒップは後ろにボンと突き出し、お腹の周りはキュと細くなっている。

 さらにはその上に2つの山がハッキリとわかるくらい存在感を主張していた。彼女は見事なS字ラインのボディを持っていた。加えてどこからかシトラスの甘い香りが漂ってきて僕に絡みついてくる……

 僕はそのまま彼女に絡めとられそうな気がして途端に怖くなった。




「……ごごめんなさい。ちょっとまだそういうのには僕疎くて……」




 彼女の誘惑から僕は身体を強引に引き戻した。

 心臓はバクバクと脈を打って止まらず、顔は赤くほてっていた。自分でもよく引き下がれたと思って感心している。それくらい彼女の誘惑は強烈だった。彼女はそんな僕を見て一瞬きょとんとした顔をした。


 しかし、やがて……




「……うふふふふふふ……」


「あははははははははははは」




 どうしたんだろう?


 彼女は途端に大笑いを始めた。手を叩きながら大爆笑している。さっきまでの彼女とは思えないくらい、様子が変わっていた。




「……あはははははは全く面白い坊やね……」


「久しぶりにこんなに大笑いしちゃったわよ……」




 彼女は笑いすぎて涙が出ていた。

 

 なにがそんなにおかしいのだろう……


 もしかして、僕はなんか試されたのだろうか……


 大人の女の人の考えが僕にはイマイチ理解できなかった。




「……はぁ久しぶりにいいもん見せてもらったわ」




 彼女は満足そうな顔をしてそう言ってきた。


 ははは、そうですか。僕には何がなんやらわからないんだけど。まあ、険悪な雰囲気になっているよりはマシかな。




「さてと、冗談はこれくらいにしておいて仕事の話をしましょうか、そこに座って頂戴」




 彼女はそう言ってテーブルと椅子がある場所を示した。どうやら本題に入るようだ。僕は言われた通り椅子に腰かける。彼女もテーブルの向かいの席に座った。

 そして、単刀直入に話題を切り出してきた。




「さてと、最初に言っておくわ。あなたよくあの金額で依頼を出せたわね」


「え……どういうことでしょうか?」




 情報の質の事を言っているのだろうか?

 これはギルドの窓口の人も言っていたがそれは考慮に入れた上であの金額に設定している。現に彼女がこうして依頼を受けているのだから一応依頼は半分成功したと思っているんだけど、彼女は何を言いたいのだろうか?




「ギルドの窓口の人に聞かなかったのかしら?」


「あんな最低金額じゃせいぜいデマを掴まされるのが落ちだという事よ」




 やっぱりそういうことか。


 僕は彼女に反論した。



「それは承知したうえで、あの金額に設定しています」


「僕としては冒険者の方にお会いして何らかの取っ掛かりが掴めればいいと思っていました」


「情報の質はこの際関係ありません」


「だからこちらとしては既に目標は半分達成できています。後はオーゼットさんから取っ掛かりになるようなお話を聞くだけです」


「ふ~ん……」




 彼女は僕を値踏みするような感じで視線を向けてきた。


 僕は嘘はついていない。そもそもバッドステータスの治癒の方法なんて伝説もいいところなんだ。例え依頼料を高くしたところで、情報の質なんて高が知れている。

情報の真偽なんてこの際重要ではなかった。情報の出処さえ分かればあとはこちらから出向いてそれを判断するつもりだった。

 それが、例え嘘でもそういった場所から真実の糸口が出てくるかもしれないのだ。しかし、彼女はそんな僕の考えを見透かすようにやりと笑った後、話を続けてきた。




「そう……良い子ね坊や。それなら私が取っ掛かりになるような話を教えてあげようじゃないの」


「それで、私が”とっかかりになりそう”な話をしたらそれで依頼完了という訳よね。依頼主さん?」


「……はい。そういうことになりますね」




 彼女は明らかに何かを含む言い方をしてきたが、僕はそれに構わず、素直に返事をした。




「ふふっ……じゃあ今から言うからよく聞いておいてね。1回しか言わないわよ?」


「はい……」




 僕はゴクリと唾を飲み込み、彼女の言葉を待った。




「バッドステータスは西の悪い魔女を倒せば治るという話を聞いたことがあるわ。だから西に行く事ね」


「はい?」




 なんだ、それ……


 そんな話聞いたことないぞ……


 西の悪い魔女なんて存在も聞いたことがない。




「はい、以上終わり。どう、とっかかりになったでしょ?依頼はこれで完了ね」




 僕は唖然としてそれ以上声が出なかった。



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