清水の泉
カゲトモ
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「・・・」
言葉を失う、という表現が合うのかは良く分からないけれど、一瞬頭の中が動きを止めて目の前のものしか考えられなくなった。思考停止? むしろ思考を勝手に止められたくらいの衝撃かもしれない。
そう思うくらいにはとてもインパクトのあるものだったから。
名前を見ると近所の小学校の六年生の作品だった。これが本当に小学生の子が描いたのか、ちょっと疑わしく思えるくらいの作品だ。ものすごく描き込んでいるわけでも適当に色を乗せたわけでもなくて、それでも本当にタイトル通り“七夕の夜”を表している。
どこがどうってわけじゃなくて、本当にイメージがそうと言うか、タイトルにピッタリなんだ。印象派、みたいな感じの。高級住宅の玄関に飾ってそうな。
「凄いな、この歳で」
芸術家には年齢は関係ないのかもしれないけれど、ついそう考えてしまうおれはダメな奴だ。三十路を過ぎてもこんな絵は描けないと言うのに。
「凄いでしょ!」
「へ?」
突然そんな声が聞こえた。え、俺?
まだじっと見ていた視線を動かして声の主を探してみる。女の子っぽい声だけど?
「ボクが描いたんだよ!」
クンクン、と服の裾を引っ張られて斜め後ろにいた小さな男の子が話しかけていたことにやっと気付く。君か。
「君が描いたの?」
「そうだよ! 凄いでしょ!」
彼は細い腕を腰に当てて大きく頷いて見せた。まだ小さくて少年感の残る可愛い子だ。
「凄いね、とっても綺麗だよ。さすが金賞だね」
“七夕の夜”と付けられたタイトルの掲示板には幾つもの作品が並んでいる。その中にある彼の作品の左上には“金賞”と書かれた金色のリボンが掛かってあった。
凄いね、俺なんて一度もそんなリボン付けてもらったことないよ。
「違うよ」
「え?」
何が違う? さっきまで満面の笑みだったのに、彼は小首を傾げて言った。
「金賞だから凄いってわけじゃないでしょ。僕が描いた絵が凄いんでしょ?」
「・・・あぁ」
金賞だからじゃなくて、自分が描いた絵が凄いから金賞になっただけだって? なるほどね。
「そうだね、この絵がとても凄いんだ」
「ふふふ!」
彼はまた嬉しそうな笑顔で頷く。
このくらいの歳だとただ単純に金賞を取れて凄いって思いそうなのに、この子は凄いな。俺がこの歳だったら考え付かないよ。
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