マネキン
御陵又七郎
マネキン
警察の皆様へ
私がこれから書く話を、きっと皆様は信じていただけないでしょう。
この手紙が見つかったとしても、きっと子供のいたずらにでも違いないと、警察署長様に報告される事もなく、クシャクシャに丸められて塵箱に放り込まれる事でしょう。
私は先日より中央デパートの警備員として勤務している者です。そして、本日が初めて当直勤務なのです。
当直は二人組ですが、館内の巡回は一人ずつ行なっていまして、一人が1時間かけて館内を巡回している間、もう一人は仮眠を取る事になっています。
午後11時の巡回までには特に何事も起こりませんでした。
1時間かけて巡回を終えて、もう一人の猪飼さんと言うベテランの方と交代し、猪飼さんが巡回している間、本来は仮眠時間でありましたが、初めての当直と言う事もあり、眠る事が出来ず、仮眠室でテレビを見ながら過ごしました。
ところが、交代時間である午前1時になっても猪飼さんは戻って来ません。10分経っても20分経っても猪飼さんが戻って来ないので、これは何かあったのではないかと不安になり、レシーバーで呼びかけたものの応答がありません。
これは猪飼さんが病気で倒れたか、あるいは強盗にでも襲われたか、あるいは仕事をさぼって無断で外出でもしてしまったかと思ったので、猪飼さんを探さねばならないと思い、館内を巡回する事にしました。
1階から順番に、くまなく見て回るうちに、あるいはこれは猪飼さんが私を試しているのではないか、緊急事態に速やかに対応出来るか能力を見ているのではないか、と考え始め、これは一刻も早く猪飼さんを見つけなければならない、と各フロアを事前教育で学んだとおり、慎重に見て回りました。
そうして4階まで辿り着いた時です。私は上の階、つまり5階の様子が可怪しい事に気づきました。
警察の皆様もご存知でしょうが、中央デパートは5階建てで、5階はフロアの半分が服飾売り場に、もう半分は催し物場になっています。
3階から階段を使って4階に上がりますと、5階に何故か人の気配がしたのです。それも猪飼さん一人がウロウロしているような気配ではなく、明らかに複数の人物がいるような気配でした。
これは、きっと強盗団が店に侵入したに違いない、猪飼さんは強盗団によって囚われてしまったのだと確信し、警察へ通報する事に決めました。
しかし、通報するにしましても、ただ怪しい気配がすると言うだけでは、いくら新人警備員として恥ずかしかろうと思い、意を決して階段を上がりました。
そうすると、5階の服飾売り場の少し奥の方に、たしかに数人の男がいるのがわかりました。ただ、不思議な事に、連中は強盗団にしてはヤケにオシャレと言いますか、背広を着た者や鮮やかな色のポロシャツを着た者、中には浴衣を着た者までおりました。
私は少し考えまして、これはきっと若い不良どもが盗みに入ったついでに、売り場に並んでいた服を勝手に着ているに違いないと考えました。
そうして速やかに警察署に通報するべく、階段を駆け下ろうとしたのですが、慌ててしまって階段につまずき、バタンと大きな音を立てて倒れてしまったのです。
いかん、と思って振り返って見ると、やはり男たちは私に気づいて5階のフロアから私を見下ろしていました。そうして信じられない事ですが、男たちは人ではありませんでした。マネキンだったのです。
私は恐ろしくなって必死に階段を駆けました。後ろからガチャガチャと不気味な足音を立ててマネキンどもが追いかけて来ましたが、無論振り向く余裕などありません。
なんとか1階まで下りまして、一目散に仮眠室に走りましたが、仮眠室の前には警備員の制服を着たマネキンが一体立ちはだかっていました。恐ろしい事に、そのマネキンは猪飼さんと同じ顔をしていました。
やむなく仮眠室をあきらめ、市役所通り入口の近くにある託児室に逃げ込み、鍵をかけました。今ガラス張りの託児室の外に何体ものマネキンがいて、ドンドンとガラスを叩いています。
おそらく私はもう助からない事でしょう。きっと誰も私がマネキンに殺されたなどとは考えもしないはずです。だから、きっときっと警察の皆様が、私のこの手紙の話を真摯にお汲み取りいただき、私が死んだ真相をいつか解き明かしていただける事を願います。
今ガラスにひびが入りました。もうおしまいです。さようなら。さようなら。
「猪飼さん、主任が呼んでますよ。1階の託児室です」
「ああ、わかった。すぐ行く」
当直明けで、今タイムカードを押して帰るところだったが、主任がお呼びとあっては無視するわけにもいくまい。何か説教でもされるかと思いながら猪飼が託児室まで行ってみると、案の定主任が不機嫌そうに立っていた。
「おい猪飼」
「はい」
「お前、なんでこんなところにマネキン置きっ放しにしてるんだ」
「え?」
猪飼が託児室を覗いてみると、そこには防犯キャンペーンの為に、今日からエントランスホールに飾る事になっている警備員のマネキンが突っ立っていた。
「いや、俺じゃありませんよ」
「お前じゃなかったら誰がやるんだ。今日の開店前にエントランスホールに飾る事になってるからって、昨晩は仮眠室に置いておいたんじゃないか。昨日の当直はお前一人だろうが。どうせマネキンと二人っきりなのが怖くなって外に持ち出したんだろう。まあ、いい。エントランスホールまで持って行くから手伝え」
「はいはい」
猪飼には全く身に覚えのない話だったが、主任に逆らってもしょうがないとあきらめた。
「お前は足の方を持て」
主任に言われるまま、猪飼が警備員のマネキンの足を持ち上げた時、マネキンのズボンのポケットから何やら紙切れが落ちた。何かびっしりと書き込まれているようだった。
「主任。マネキンのポケットに紙が入ってたみたいですよ」
と言って、床に落ちている紙片を猪飼は顎で指し示した。
「ああ、あとで捨てとくからいい」
マネキン 御陵又七郎 @matasichi
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