セブンデイズ・パラレル

一ノ瀬りの

第1章 始まりの章

第1話 科学大躍進

 ガタン、ゴトン。


 平日の朝8時にしてはガラ空きの電車が、馴染みの音をたてて揺れる。


 ドアにもたれ掛かりながら窓から景色を眺める少女…天宮月華あまみやつきかは、先程から相変わらず無表情である。


「…なんでこんな田舎まで来なきゃならないの」


 大きく美しい群青の瞳を閉じ、はぁー、と溜め息をつく。

 そりゃ、こんな東京都の西の端の端の完全ド田舎まで今日から毎日2時間かけて高校に通いに行かなければならないのだと考えれば、誰だって同じ反応をするだろう。


 そもそもこんな辺鄙なところの山を開拓して学校を建てた国の気が知れない。なんのメリットがあるんだか。



 ━━今から約6年前の2054年、日本の科学はそれまでとは比べ物にならないほど進化を遂げた。人々は皆この出来事を、科学大躍進と言った。…もう少しマシなネーミングセンスはなかったのかはさておき、なぜアメリカなどではなく日本の科学が先に進歩したのかなど、詳しいことは謎に包まれている。


 でも、科学大躍進のおかげで世の中は変わった。基本的な仕事はAIにやらせるようになったし、車も前みたいな地上を直接走る大きくてうるさいエネルギー消費の無駄が多い車種なんてほとんどなくなった他、学者たちはAIの超高度な予測演算を用いて、宇宙の真理を既に半分くらいは解き明かした。ちなみに、やはり宇宙人は存在するらしい。


 基本的な仕事をAIに任せると言っても、それによって失業者が増えたかといったら、そうでもなかった。大規模なデモが起きてもおかしくなかったし、私もそれを覚悟していたが、異様なほどに反発の声がわかなかった。


 進歩したのはAIだけではないし、他の新たな科学知識を用いた会社を起業してみたり、国から多額の援助を受けて開発に携わってみたりしているそうで、科学大躍進をきっかけとして国も国民も頑張っているようだ。


 科学大躍進の直後に大地震が起きたから、復興が大変そうだったが、無事終わったみたいだし。まあそんなわけで、今日本はとても活気づいているのだ。



 そんな中で、だ。


 なんでよりによってこんなに(言うの二度目)学校を建てたのか、本当に不思議でならない。通う方の身にもなってほしい。好きで通うわけじゃないんだから。


 そう心で思いながら、月華はちょうど2ヶ月ほど前のことを思い出していた。



 2ヶ月前、恐らく2月3日あたりだったと思う。家に突然、国からとおぼしき茶封筒が送られてきた。

 私の家は、父が一応科学大躍進に携わっていたこともあり、国との関わりが少しだけある。関わりといっても、蜘蛛の糸ほどもない細い繋がりだと思うが。


 でも繋がりがあるのは事実だから、ものすごーく怪しそうな無地送り主無記入の厳重注意と書かれた封筒が送られてきても、さほど驚かなかった。


 まあ、内容は予想だにしなかったものだったけれど。


 要約すると、「今これを受け取った君たちは、日本国籍を持つ次年度高校一年生となる者達の中から国が勝手に選んだ期待の星だから、今後の発展のための実験段階として設けた特別な高校に通ってもらうよー。学費は無料!入学手続きよろしくね!」的な?

 こんな感じのことがひたすらつらつらと書き綴られていた。


 自分勝手極まりないことにも程がある。

 拒否権はあるらしいが、学費無料、交通費は国が負担というのは、一般人にとっては夢のような話だろうから、断る人は少ないかも。


 でも、そもそも何よ、期待の星って。

 何を基準にそう言っているのかは知らないけど、個人情報を調べ回されるのは気分が悪い。

 というかそれ以前に違法じゃないのか…?


 もちろん問答無用で拒否するつもりだった。

 …紀代に押しきられなければ。


 紀代は私の家のお手伝いさんだったが、私が6年前に大火事で両親と妹を亡くしてからは、私の保護者ということになっているらしい。


 もう40は過ぎているであろう顔を化粧で若々しく見せようとしているのか、いつもケバケバしいおばさん。

 鬱陶しい限りだ。


「お嬢様、期待の星ですってよ!? しかも無料で特別学校に通わせてもらえるだなんて! 今のところお金には全く困っていませんけど、節約は大事ですし、お国からの勧誘ですから受けておいて損はないかと思いますけど?」


 損? そんなもの、あんたに私と会話をさせるきっかけを作ってしまった時点で大アリよ。


 と言いそうになるのを堪えて、当たり障りのない弁解で丁重にお断りした。


 もう何でもいいから早く一人になりたい。

 早くフカフカのベッドに飛び込んで、昨日の本の続きでも…

 なんて悠長なことを考えていられるのも、紀代の驚愕発言を聞くまでの間だけだった。


「え? そう言われましても…もう入学手続き、してしまいましたけど」



「あっはっはっは!! 何それ傑作じゃん!

 自分の主人に断りもなく勝手に手続きしましたとか! 」

「そこまで笑わなくてもいいでしょ!? ほんと 、余計に惨めになるからやめてよ…」

「ああ、ごめんごめん。いや、それにしても相変わらずだねぇ、紀代さん」

 もはや紀代に反発する気も失せてしまい不本意にも素直に寝てしまったその次の日。事情を話した私の幼なじみの三船知夏みふねちかに、盛大に笑われた。

「ドンマイ月華。まあ大丈夫でしょ、僕らも行くし」

 なんとなくふフォローを入れてくれたこいつは竹内航太たけうちこうた。幼なじみ第2号だ。


 なんだかんだ言って3人とも選ばれているということは凄いことなのだと思うが、こういうのはだいたいいつものことだから特に何とも思わない。それよりも。

「いやいや全然大丈夫じゃないよそれ」

 このメンバーでろくなことは起きないから。

 言わなくとも分かるそれを、ふたりは理解した。


 そして、航太がニヤニヤと不気味に笑う。

 ああ、嫌な予感がする。

「いいじゃん! また3人でなんかやろーよ」

「そのなんかっていうのは、校長の珈琲にこっそりゴキブリを入れたこと? それとも勝手に先生の不倫調査して、不倫相手と別れるように仕向けたこと?」

「あー、やったねーそういえば。懐かしー」

 航太が笑いながら棒読みで言う。

「今考えると、やってることって結構小さかったよねー。もっとさー、ドーンとなんかおっきいことしたかったわー」

 なんかないかなー、と顎に手をあてて考える素振りをする知夏。


 あれがいいこれがいいと二人が言いながらゲラゲラ笑っているのを、外から眺めていた。

…こいつら、完全に小学生以下だ。

 本当に、なんでこんなメンバーが”期待の星”なんだか。


 そう思いながらも、私はその光景を微笑ましく見ていた。



 こんな日がこれからもずっと続くと思っていた。



…まさか、あんな非日常が訪れるとも、こうやって三人で過ごすこともできなくなるとも知らずに。














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