異世界社畜大行進!
さんぼんせんろっく
社畜、異世界へ舞い降りる
無精髭を生やした男は目を覚ます。五日ぶりの自宅でフカフカな布団に寝ていたはずなのに、どうにも背中が痛い。
――ここはどこだ?
無精髭は見慣れぬ天井を見ていく。豪華な装飾に見知らぬ絵画的な物が描かれている。
――あれは、シャンデリア?俺の家はいつの間に豪華になったんだ?
そんなことを考えるのも束の間、辺りから歓喜の声、怒り散らす怒号、ざわめく声が聞こえて来る。
ゆっくりと身体を起こすと、男がたくさんいる。スーツ姿、寝巻き姿、全裸でナニを握っている姿、色んな男がいた。
しかも、総じて全員、死んだような顔をした男達だった。
いや、この状況に死んでいるわけではない。疲れきって死んだ目をしていて、文字通りの死んだような顔をした男達。
「おお! 勇者よ! よくぞ、召喚に応じてくれた!」
起き上がった男は声はした方へ目を向ける。金の冠をして白い髭を蓄えた小太りの男が悠然と椅子に座り、男達を見下ろしている。
「は? 召喚?」
聞きなれぬ言葉に疑問を感じる。そこへ、メガネをかけたスーツ姿の男が絶叫した。
「異世界召喚きたあああああああああああああああああ!」
もうそれはそれは逞しいガッツポーズ。
全裸でナニを握っていた男もそれに呼応して叫びだした。
「異世界ハーレムきたああああああああああああああ! エルフちゃん! おっぱい大きいエルフちゃん! シコ! シコ!」
ちょっと言ってる意味が理解できない。
「は? 異世界? 召喚? ハーレム?」
騒ぎ始めた男達を偉そうな白髭が制止する。
「勇者達よ! 魔王を倒して欲しい!」
「まっおっう! まっおっう! まっおっう! まっおっう!」
白髭の言葉に男達が合唱し始める。
「ちょちょちょ! ちょっと待てよ!」
無精髭はその合唱を止めると異議を唱える。
「俺はな! 五日ぶりの自宅でふかふかのお布団で寝ていたんだぞ! しかも! 昨日、徹夜で作った資料が明日の会議で使うんだぞ! 俺の労働を返せ! ふざけんな!」
「うるせぇ! 疲れマラ!」
――は?
どこからともなく聞こえて来た野次に目を下半身へと移す。
――やだ…ナニこれ! 聖剣じゃん!
誰かが無精髭の思考を読んだように野次を飛ばしてくる。
「その聖剣、引っこ抜くぞ!」「そうだ! 疲れマラ!」
それを合図に男達は再び合唱し始める。
「つっかれっマラ! つっかれっマラ! つっかれっマラ!」
どうやら無精髭の呼び名は「疲れマラ」で定着したらしい。
「うるせぇ! こちとら、五日ぶりの自宅で死ぬように寝たんだよ!」
「ふっ…甘いな」
スーツを着た男がメガネを押し上げるような仕草をしながら、男達の前へと躍り出る。メガネ掛けてないのに。そして、なんだか臭い。
「俺は――」
勿体ぶって余韻を持ちスーツは話す。
「二ヶ月帰っていない!」
辺りはざわめき出した。
「おいおい…まじかよ…」「やばいぜ…あいつは。俺の直感がそう告げている…」「通りで加齢臭が凄いわけだぜ…」
そして、誰かがボソりと呟いた。
「ゆっ勇者だ…」
その一声に男達は勇者を讃え始める。
「勇者だ! 本物の勇者だ!」「あいつが勇者だと!?」「やばい勇者やばい」
疲れマラは勇者に問う。
「ゆっ勇者…名前は…?」
静まり返る男達。勇者は又してもメガネを押し上げる仕草をして、余韻を持ち答える。
「――井上」
一呼吸置き、社畜達が湧き踊る。
「勇者! 勇者だ! ここに本物の勇者がいるぞ!」
そこへヒョロメガネがおずおずと手を上げ始めた。
「あっあの…」
「まっまさか…お前も…」
疲れマラは驚きを隠せない様子でヒョロメガネを凝視する。辺りも糸を張ったように静まり返った。
「ぼくは、残業が月に二百時間もいってまして…」
「なん…だと?」「きっ貴様は時を操る賢者とでも言うのか…!?」「賢者!? 賢者だと!? お前が賢者だと言うのか!」
疲れマラはボヤく。
「ここは…社畜の
盛り上がる社畜達に白髭が口を挟み出した。
「ゆっ勇者達よ…魔王を…」
「うるせぇ! 白髭! 今、大事なとこなんだ!」
疲れマラが白髭を遮断する。
そして、今度は違う奴が手を上げ始めた。
しかし、疲れマラは気付く。
――奴は普通じゃない。
魚の死んだ目をしていないし、そもそも血色が良すぎる。スーツもノリが効いているのか清潔感もあるイケメンだ。
――これは…やばい!
「お前ら! 耳を貸すな! 死ぬぞ! 耳を塞げえええええええ!」
「じゃあ、ぼくは? 土日祝日休みで九時出勤で退勤が十七時は「がはぁっ!」「ごふぅっ!」ん何ですが…」
気付くと社畜達は血を吐き、床でのたうち回っている。
――だから耳を塞げと言ったのだ!
「こっこの即効デス…まさか…
次々に生き絶える社畜達。
「くっ…けど…俺は…負けない!」
勇者井上が膝をつき立ち上がる。
「俺は…ここに社畜の…社畜の王国を作る!」
「社畜の王国…だと!?」
ゴクリと唾を飲み込む、疲れマラ。
勇者井上は拳を掲げ叫びながら王室を出て行く。
「社畜の! 社畜による! 社畜の為の! 王国をおおおおおおおおおおおおお!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
そして、王室に王様と側近を残して社畜は異世界へと大行進して行く。
続く?
異世界社畜大行進! さんぼんせんろっく @palumbo8110
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