第12話 引越し準備

 朱音が泣き止むと同時にさっきのグループにメッセージが入った。見てみると父さんからだ。


『優、今どこにいる?』


 なぜ俺の場所を聞いてくるんだ……ああ、なんとなくわかったぞ。どうせ、何かの頼み事だろう。まぁ、暇だから別に何でもいいんだけどな。

 そう考えて、俺は自分の居場所を伝えた。


『朱音の家』

『そうか。てっきり帰ってると思ったぞ』

『朱音に引越しの手伝いを頼まれたからね』

『そうかそうか。優にしてはよくやったぞ』

『いや、意味分からん』

『まぁ、いいや。それが本題ってわけじゃないしな』

『あっそう。それで?』

『唯さんの家の食器を片付けてほしいそうだ』

『食器?』

『ああ。まだこっちは時間かかりそうだからな』

『今どこで何してるの?』

『今は役所だが、これから学園に行っていろいろと手続きをしてくるつもりだ』


 なるほど。たしかに時間のかかりそうなことだ。それに、それが終わって帰ってきてからやってたんじゃ他の物を片付ける時間はなくなってしまうだろう。それで、暇そうな俺に白羽の矢が立ったということか。


『わかった。やっとく。棚に入ってるの全部でいいの?』

『それでいい』


 全部か……かなり時間がかかりそうだな。朱音に手伝ってもらうことは……無理かな。まだ、自分の分も終わってないだろうし。


『ごめんね。めんどうなことさせちゃって』

『いいえ。大丈夫ですよ』

『ありがとう。じゃあ、またね優君』

『はい』


 唯さんとのメッセージのやり取りを最後に、このグループでの会話は終了した。

 俺はさっそく作業を始めようとまずは、朱音に話しかけた。


「朱音、さっきのメッセージ見た?」

「……」


 朱音はもう泣き止んでるはずなのに返事は来なかった。

 どうしたんだ?聞こえなかったのかな?いや、でもすぐ近くにいるし聞こえないはずがないよなぁ……

 そう思い朱音のほうを向いてみると、彼女は顔を赤くしてうつむいていた。

 えっと……俺また何かしたのか?でも、そんなことはないと思うんだけど……考えても分かんねえや。

 原因がわからない俺は、とりあえず朱音に聞いてみることにした。


「えっと……どうしたの?」

「……」


 そう聞いても、朱音はまだうつむいている。


「俺、何かした?」

「……見られた」


 俺がそう聞くと、朱音は小さな声で答えた。

 そして俺は、朱音が今言ったことを考えてみたが心当たりといえば、最初の下着を見たことくらいだ。今それのことは関係がないはずだ。

 それ以外だと……やっぱり分かんねえや。


「いったい何を……」

「……泣いてるとこ」

「……」


 あぁ~~~それはたしかに見たわ。まさか、泣くとは思ってなかったし、女子の泣く姿なんて珍しかったから見てた気がする。まぁ、たしかに誰かに泣いてる姿を見られるのは恥ずかしいものだ。俺だって恥ずかしい。

 朱音にはなんて言うべきだろうか。見たと言うべきか、または嘘をつくべきか……

 俺は迷った結果、本当のことを言うことにした。だって、どうせすぐに嘘ついてるのバレるしな。


「えっと……はい。見ました」

「……恥ずかしかった」

「はい」

「泣き顔見られたの、優君が初めてなんだよ?」

「……」


 朱音は顔を赤くさせながら上目遣いでそう言った。

 この言い方は反則だと思う。今じゃこっちのほうが恥ずかしいくらいだ。

 だけど、恥ずかしくて朱音から顔をそらそうとしても、なぜかそらすことができないでいた。俺は朱音の瞳に吸い付けられてしまったかのように、彼女の顔を見続けてしまっている。つまり、俺たちは今、見つめあっている。そして、お互いの距離も近く俺たちの間には一メートルもない。さらに、この家には今は俺と朱音の二人だけという状況だ。

 いろんな条件が重なり俺は変な気持ちなってきている。

 やべぇ、どうしよ……このまま動かなかったまじでやばい気がする。それに、流れに任せて何かをするのは間違ってるはずだ。てか、何かってなんだよ。混乱しすぎだぞ俺。今は、他にやるべきことがあったはずだろ。

 そう考えて、無理やり謎の気持ちを抑え込んで俺は朱音から顔をそらし立った。


「そ、それじゃ、俺は頼まれたとおりに食器の片付けに行ってるから。朱音はどうする?」

「わ、私はまだ自分の分をやってるよ……」

「わかった。何かあたら呼んで」

「うん……」


 俺はそう言って、すぐにこの部屋から出ていった。このままいたら、またまずい気持ちになりそうだったから。朱音の声はなんとなく残念そうに聞こえた。


 俺はキッチンがあるであろうところに向かった。場所を朱音に聞いておけば良かったのだろうが、あの雰囲気ではそんなことすら思いつかなかった。

 なんとなくリビングのありそうな場所に行くとキッチンはすぐ近くにあり、食器棚もそこにあった。ちなみに、朱音の家はオープンキッチンのようだ。

 とりあえず、これ全部かぁ……いや、思ったほど多くないな。まぁ、二人暮らしだしこんなもんか。これなら一時間くらいで終わるかもな。

 そう思ってから、さっそく作業に入った。食器の片付け方は、去年の自分の引越しでもやったので知っているので大丈夫だ。

 食器を新聞紙で包んで、ダンボール箱に入れていくという作業を黙々とやった。もちろん、さっきのことを思い出さないようにするためだ。

 俺が片付けている間に朱音からの接触はなかったし、休むこともなく続けたので本当に一時間もかからずに終わった。

 早く終わったし、他のものもやっておいたほうがいいかな?唯さんに聞いてみるか。

 俺はSNSを開き唯さんに直接聞いた。


『食器の片付け終わったので、他のもやりますか?』

『ありがとう、優君。じゃあ、頼めるかしら』


 唯さんからの返事はすぐに来た。もしかしたら学園での手続きは終わったのかもしれない。


『わかりました。どれをやりますか?』

『お鍋とか、まな板とかもやってくれる?』

『わかりました』


 そう返事をして、さっそく作業に入ったがこれも一時間もかからずに終わってしまった。唯さんに言われたのはあれだけだし、俺にできることはもうないのかもしれない。その間も朱音からの接触は一切なしだ。

 朱音はまだやってるかもしれないけど、俺じゃ手伝えないだろうしなぁ……それなら、そろそろ帰るかな。もうここにいてもやれることはないだろうし。あと、今朱音と二人で会うのはなんというか気まずいし……

 だからといって、無言で朱音の家から出ていくのは失礼なので、とりあえず朱音に一言言ってから帰ろうとしたときに、玄関のほうからドアの開く音がした。たぶん、唯さんが帰ってきたのだろう。

 俺は玄関のほうに向かうと唯さんと朱音、ついでに父さんもいた。今、唯さんと朱音は二人で話している。


「よう、優。ちゃんと働いてたか?」

「まあね」


 父さんは暇だったのか俺に話しかけてきた。


「そうか。それじゃあ、やることは全部終わってるか?」

「ああ、終わってるよ」

「じゃあ、それ全部車に積んでくれ。そのまま俺の家に持ってくから」

「わかった」


 俺はそう言って、さっき片付けたものが入っているダンボール箱を父さんの車に運んだ。


「優、一緒に乗って帰るか?」

「う~ん……そうする」


 もう帰ろうかとも思ってたし、何より今朱音といるのは気まずかったので父さんの提案に乗ることにした。

 結局あれから話せてないなぁ……

 なんとなく寂しい思いをしながら、俺は家に帰った。




 家に帰ってからはさっき食器とかを全て洗い、それらをとりあえず棚にしまった。それから、夕食は近くのファミレスでするということだったが、まだ時間はあったので俺は部屋でゲームをして時間をつぶすことにした。今からやるのはRPGでのレベル上げだ。

 それは単なる繰り返しの作業なので、ゲーム以外を考える余裕はある。だから、今日の朱音について考えていた。というか、朱音のことが頭から離れなかった。

 なんとなく今日の朱音は壁というか、遠慮がなかったような気がする。やっぱり、名前で呼び合ってることが影響しているんだと思う。それとも、俺に対する認識が変わったのかな。それなら、赤の他人からせめて友達くらいには思っていてくれていたら嬉しいってもんだ。

 夕食まではまだ時間があるので俺のレベル上げはまだまだ続く。つまり、脳が暇な時間もまだ続き、今はこれまで考えるのを避けてきた、朱音の部屋での出来事が脳内を埋め尽くしていた。結局このことを考えないといけないようだ。

 あれは今、冷静に考えてもやばかったよなぁ……思い出すだけでも恥ずかしいし。おそらくだけど、あの後って恋人同士だったらキスでもするんだと思う。だが、俺たちはそんな関係じゃないし、あれは俺たちが二人っきりという状況でがおかしくなってあんな風になってしまっただけだろう。そうでもなきゃ、好きでもない人とあんな感じにはならないはずだし……もしかして、朱音は俺のことが好きなのか?いや、それこそ馬鹿な考えだな。昨日の今日で好きになるなんてことはないだろう。


「優、そろそろ行くぞ」


 一階から父さんの俺を呼ぶ声が聞こえてきたので、考えるのをやめて一階に向かう。俺の中ではあれは偶然の事故だったということになった。それが一番しっくり来たからな。

 それから、父さんと車でファミレスに向かいそこで朱音たちと夕食を食べたが、俺と朱音は事務的な会話以外はすることはなかった。

 家に着くと俺と朱音について父さんに聞かれた。


「朱音ちゃんとなんかあったのか?」

「どうして?」

「二人の雰囲気がそんな感じだったからな」

「はぁ……」


 この人は雰囲気でそんなことがわかるのかよ。それとも、それだけわかりやすかったということか。


「何があったかは知らんが、ちゃんと仲直りしておけよ」

「いや、別に喧嘩したわけじゃないんだけど」

「でも、なんかあったんだろう?」

「うっ……」

「明日からはこっちで住むことになるんだし、何とかしておけよ」

「……わかったよ」


 俺はそう言って風呂などを済ませ、今は自分の部屋にいた。そこで数十分くらいスマホとにらめっこをしている。それも父さんにあんなこと言われたので、今日中に朱音と話をしておこうと思ったからだが、何を言えばいいのかわからないでいた。

 直接話すのは無理だろうからやっぱりSNSを使うことにしたけど、いったいなんて書けばいいんだ?謝るのは違うってのだけはわかるが……考えても良い案も出てこないし、こうなったら出たとこ勝負だ。


『こんばんは。まだ起きてる?』

『うん。起きてるよ』


 最初は当たり障りのない感じにしてみた。既読はすぐにつかないだろうと思っていたが、送った瞬間に着いたので驚きだ。それにすぐに返事もきたし。まぁ、今はそんなことはどうでもいい。これからのやり取りのほうが何倍も大事だ。


『引越しの準備は終わった?』

『うん。もう終わったよ』

『そうか』


 やばい。なんて言えばいいか全然思いつかねえ……話したいことはわかってるんだけど、どうやって切り出したらいのか……やっぱり、考えなしにメッセージなんてを送らなければよかった。


『今日はごめんね』


 俺がまた長考に入ろうとしたときに朱音からは謝罪のメッセージが送られてきた。でも、意味が分からない。朱音、俺に何かしたっけ?


『どういうこと?』

『私、避けられてるみたいだったから』


 そういこと。別に避けてたわけじゃないんだけどな。


『そんなことないよ。あれは恥ずかしかっただけだし』 

『そうなの?』

『朱音の顔を見ると、部屋での出来事を思い出しちゃってね』

『そうなんだ。てっきり嫌われちゃったかと思ってた』

『いやいや、俺が朱音を嫌うわけないじゃん』


 俺がそう書くと既読はついてるのだが、すぐには返事が来なかった。どうしたんだ?何書くか考えてるのかな。

 それから、数分後に返事は来た。予想は当たったようだ。


『良かった』

『だから、明日になったらたぶんいつも通りに戻ってると思うから』

『うん』

『言いたかったのはこれだけ。それじゃまた明日』

『また明日』 


 それを最後に俺の弁解タイムは終了した。たぶんこれで大丈夫だと思う。

 でも、朱音に嫌われてると思われてるとは思わなかった。俺の態度そんな感じだったか?まぁ、感じ方は人それぞれか。とりあえず、今日朱音の誤解を解くことができてよかった。明日、俺に嫌われてるんじゃとか思われてるのは嫌だったしな。

 俺はやるべきことはやったので寝るまでゲームをすることにした。ダンボール箱をあさるのはまた今度だ。

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