第10話 朱音との昼食
コンビニから出て朱音のいる校門まで行く間に俺は一つの問題に直面していた。
やべぇ……昼飯食う場所決めてないや。
コンビニで決めようと思っていた俺は、隼人という思わぬ刺客がいたことで、昼食について考えることができなかった。だけどあれは想定外のことだし、アイツの誤解とか勘違いをを解く方が優先度は高かったのでしょうがないとは思う。
ただどっちにしろそんなのは言い訳に近く俺が昼食を決めてないという事実は何も変わらない。
やっぱり、来る途中で考えておけばよかったかなぁ……まぁ、過ぎてしまったものは仕方ないか。昼飯は朱音の行きたいところにすればいいや。俺の行こうとしたところが、朱音の好みってわけじゃないだろうしな。うん、これで朱音の好みを知ることができるかもしれないから、結果的に良かったのかもしれないな。朱音の好きなものとか興味あるしな……
また言い訳みたいな結論を出した時には朱音のところまで来ていた。
朱音の姿はまさにテニス少女という格好だ。服装はテニスのウィンドブレーカー、靴は履き替えたのか普通の運動靴だが、背中にはラケットバッグを背負ってある。なんとなく、中学時代を思い出して懐かしくなった。
そんな格好の朱音は、校門の邪魔のならないところに立っており、俺が来るまで待っててくれたみたいだ。多分、俺がコンビニからここに向かってるのが見えたからだろう。
「朱音、部活お疲れ」
「うん。優君もここまで来てくれてありがとう。でも、コンビニで待っててくれてもよかったんだよ?」
「いや、まぁ……朱音の姿が見えたからね、迎えに行こうかなってね……」
「そうなの? ありがとう、優くん」
朱音に満面の笑みでそう言われた。
本当は、隼人から逃げるのに朱音を利用したなんて、この笑顔を見たら口が裂けても言えない。この事実は闇に葬ってしまおう。今日は隼人に会っておらず、朱音が見えたから迎えに行こうと思った。これが唯一無二の事実だ。
今日三度目の言い訳のような結論を出す俺であった。
「それで……どこでご飯食べよっか?」
朱音はすぐに本題に入ってくれた。さっきのことをもう考えなくてもいいんだと思えて、罪悪感が少し薄れる。
だが、この話題も俺にとっては肩身の狭い話題だ。まぁ、俺が昼飯の場所を決めてないのが悪いんだけど……でも、朱音の好みを知るためってことにしたんだし、これ以上考える必要はないだろう。
俺は、その方針に従って話を進めることにした。
「今日は朱音の行きたいところにしない?」
「私の行きたいところ?」
「そう。昨日は俺の行ってみたかったところで食べたから、今日は朱音の行ってみたいところがいいかなって思って」
結果的にそうなったとはいえ、朱音の好みを知りたいから決めてとは恥ずかしくて言えず、昨日のことを利用して遠回しに朱音に決めてもらう流れにした。
「そんなこと気にしなくていいのに」
「いいからいいから。で、朱音はどこで食べたい?」
「えっと……本当に私が決めていいの?」
「もちろん」
「実はね……行ってみたかったところがあったんだよね」
「そうなの!?」
それなら、朱音に決めてもらってよっかた。それに、朱音の行ってみたかったところとはどこだろうか? めっちゃ気になる。
「うん」
「どこ?」
「それはね……着くまで秘密」
「……」
朱音はちゃめっ気たっぷりにそんなことを言った。
俺は朱音のその表情にドキッとしてしまう。
「えっと……」
でも、朱音は秘密といった。店名くらい教えてくれれば連れていくことも可能だけどこれじゃ無理だ。さて、どうしたものか……
「もちろん案内するよ。優くん行こ」
まぁ、そうしてもらうほかないよな。俺には行き先は分からない訳だし。
「うん。お願い」
俺がそう言うと、朱音は俺の隣に来た。それから一緒に歩きだす。昨日の帰りの時よりも距離は近いような気がした。
ちなみに、俺たちが話している間、周りには数人だが学園の生徒がおり、「お互いに名前で呼んでる」とか、「俺も雪村さんと飯に食いてえよ」とか、「やっぱり、あの噂は本当なのか」とか聞こえてきたが俺は全部無視していた。朱音にも聞こえていたと思うが、そんなのは全く気にしてすらいない感じだった。
また、俺たちの噂が一つ増えたんだろうなぁ……はぁ……めんどくせぇ。
※※※
道中、どこに行くのか聞いても教えてくれなかったので俺は朱音に付いて行くだけだった。
「着いたよ」
朱音にそう言われたが、俺は「えっ、もう?」って感じだった。
だって、俺たちが今いるのは学園からそんなに離れておらず、徒歩十分くらいの場所だからだ。ここにある店といえば、牛丼屋、ラーメン屋、ハンバーガーショップなどである。どれもこれも、俺が来たことあるような店だ。
そして、俺たちは一つの店の前で立っている。
「えっと……ここに行きたかったの?」
「うん、そうだよ。……もしかして嫌だった?」
朱音は、とても申し訳なさそうな顔で俺に聞いてきた。
「全然嫌じゃないよ。俺、ラーメン好きだし。ここおいしいしね」
「そうなの? よかったぁ……」
朱音は、本当にほっとした顔でそう言った。
俺たちが今いるのは、一つのラーメン屋の前だ。ここは、学園の帰りとかに友達と一緒に来たりしている。
でも、ここに行ってみたかったなんて予想外だ。朱音が秘密って言うから、てっきり俺の知らないようなところかと思ってた。
「店の前にいるのも変だし、中に入ろうか」
「うん」
そう言って俺はいつも通りに、朱音は少し楽しみな様子で入店した。
店の中は、昼時ということでかなり混雑していたが、ちょうど小上りが空いたのでそこに座ることができた。
そして俺たちは今メニューを見ている。
「朱音は何にした?」
「醤油ラーメンにしたよ。優くんは?」
「俺は味噌かな」
「味噌が好きなの?」
「好きっちゃ好きかな。でも、味噌だけって訳じゃないけどね」
「そうなんだ」
朱音はそう言いながら何か納得したような顔をしていた。
なんでそんな顔をしたのかは分からなかったけど、とりあえず俺は店員を呼び二人分の注文をする。今はほぼ満員なので、出てくるまでしばらく待つことになりそうだった。
「そういえば、なんでここに来たかったの?」
俺は疑問に思っていたことを聞いてみた。
「えっとね……私、ラーメンが好きなんだ」
「そうなの!?」
「うん。それでよく帰る時にこの店を見るんだけど、一人でってのも嫌だったし、かといって誰かと来る機会もなかったからね……だから今日はいい機会かなってね」
「そういうこと」
ラーメンが好きとは意外だったけど、朱音の好みを知ることができたので昼食の場所を決めてもらってよかったと思う。
「そういえば、優くんはここに来たことあるの?」
「あるよ。さすがに一人では来たことないけど、友達とならね」
「そうなんだ」
それからしばらくして、俺たちが注文したものが来た。
「いただきます」
「いただきます」
二人同時に食べ始める。
「この醤油ラーメンおいしい!」
「やっぱり、ここの味噌は美味い」
「そうなの? 今度頼んでみよっかな」
「そうしな。ここのは美味いから」
「うん。また来ようね」
「暇な時ならいつでも」
そんな約束をした後は、話さずにラーメンを食べた。
食べ終わった今は、少し休んでいる。そして、これからについて俺は悩んでいた。
父さんには、昼飯を朱音と一緒に食ってこいしか言われてなかったんだよなぁ……この後は朱音を送って家に帰ればいいのか? まぁ、それしかないかな。一緒にいても今日はやることないだろうし。それに、朱音は部活で疲れてるだろうし。
「朱音この後だけど……」
「ねえ、優くん」
朱音は俺の言葉をさえぎって話しかけてきた。
「うん? 何?」
「この後は、暇?」
「まぁ、そうだね」
まだ、どこか行きたい場所があるのだろうか? それなら付き合うけど……どこだ?
「ちょっとついてきてほしいところがあるんだけど……ダメ、かな?」
「もちろんいいけど。どこに行くかは……」
「それは……秘密」
朱音はここに来る時と同じことを言ったが、今回はなんだか恥ずかしそうだった。
どこに連れてくつもりなんだ? 朱音が恥ずかしそうにする場所ってことは、また洋服店かな。でも、なんか違う感じがするなぁ……それとも男子と一緒じゃ恥ずかしい場所ってことか? ……まったく分からん。まぁ、付いて行けば分かるか。
俺はそう思い、とりあえず会計することにした。朱音は「私の分は私が払うよ」と言ってきたが、父さんからお金はもらっていたので大丈夫と断った。
会計を済ませ、外に出た。
さて、どこに連れてってくれるのやら。楽しみでもあり、不安でもある。朱音のことだから、変なところに連れていくことはないだろうけど、行き先が分からないのは少し不安だ。
「じゃあ、行こうか」
そう言って朱音は歩き出した。俺は慌てて朱音のところに行き一緒に歩く。
やはり、どこか恥ずかしそうな雰囲気だった。
※※※
結局、行き先を聞いても教えてもらえなかった。だけど、なんとなく知ってる場所を歩いている気がする。この風景は……今は明るいが暗くすれば、昨日朱音を家に送った時の風景に似ている。てことは、ここは昨日の住宅街なのだろう。つまり、今の目的地って……
「……着いたよ」
朱音は少し恥ずかしそうにそう言った。今俺たちがいるのは、朱音の家の門前だ。
俺はやっぱりなという思いが強い。ここまでくる風景がほぼ同じなら、予想は簡単だ。だけど、俺をここに連れてきた理由は分からない。
「えっと……ここって朱音の家だよね?」
「……うん」
「えっと……どうして?」
「あのね……引越しの手伝いをしてほしいなって思ってね……私何も片付けてないから……」
朱音は何かを期待するようなそして少し恥ずかしそうな表情をしてそう言った。
「あっ、もちろん、時間がないとか、嫌だとかなら帰ってもいいけど……」
だけど、すぐに悲しそうな表情でそんなことを言う。
「いや、帰らないって。もちろん手伝うよ」
「本当? ありがとう」
そして今度は嬉しそうな表情をした。
俺の手伝いたいという思いは本心だったけど朱音の家に興味もあった。女子の家に興味を持つことは……まぁ仕方ないことだろう。これくらいの下心は許してほしい。
「じゃあ……どうぞ」
そう言って、朱音は俺の先を歩く。俺は朱音の後ろをついていくだけだ。
俺は、初めて入る家ということで緊張しながら、そして女子の家ということで恥ずかしく思いながら、朱音の玄関をくぐった。
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