第2話 道中にて

 外に出された俺と雪村さんは家の前で動けていなかった。

 なんせ、行き先を決めてないし、そもそも俺たちはまともに自己紹介すらしていない。雪村さんのことは俺が一方的に知っているだけだ。

 このままじゃダメだよなぁ……知らない相手と出かけたくはないだろ。俺だったら遠慮したいし。……よし、まずは自己紹介をしよう。それから行き先を決めればいいだろう。きっとこれでうまくいくはずだ。自己紹介をしたうえで俺と行きたくないと言われたら……まぁ、それはその時に考えよう。


 とりあえず今の方針は決まったのだが、話したことがない相手と話すのには勇気がいる。父さんの言った通り俺は人見知りだ。

 それに、普通の女子でも緊張するのに相手は雪村さんだからなぁ……

 そう、相手はあの学園のアイドルの雪村朱音なのだ。いつもの二倍くらいは緊張の度合いが増す。

 でも……仕方ないか。

 だけど、ここでうじうじしている訳にもいかないので、俺は勇気を振り絞って雪村さんに話しかけた。


「えっと……雨宮優です。……よろしく」


 俺は相手の顔ではなくその斜め下を見ながらと言うどう考えても失礼な態度でそう言った。

 自己紹介の内容は……まぁ。お互い初対面だしこんなもんだよな? それとも、もっと情報量を増やした方がよかっただろうか? ……なんだか不安になってきたぞ。


「雪村朱音です。こちらこそよろしくね」


 一方、雪村さんはと言うとちゃんと俺の顔を見て自己紹介をしてきた。

 雪村さんの態度は俺とは全然違ったけど、その内容は同じだったので罪悪感と少しの安心感を得た。

 ただここで安堵するわけにはいかない。

 確かに今が学校とかでの初対面した時ならこれでいいだろう。だけど俺たちにやるべきことはまだありこれだけで会話を終える訳にはいかない。

 そう、次はデートの行き先を決める必要がある。

 だけどこれが一番の問題かもしれない。なんせ、デート経験のない俺にはまともな場所など思い浮かばないだろうからな。だから、ここは雪村さんにまるな……相談することにしよう。雪村さんならこういう時の遊び場とか知ってそうだしな。


「えっと、それで……これからどこに行こっか?」

「雨宮君の行きたいところでいいよ?」

「えっと……」


 そうきましたか。

 そんなこと言われても、今思いつくのなんて俺がよく行く近くのゲームショップや立ち読みできる古本屋くらいだ。だが今そこに行くのはダメだということくらいはデート経験皆無の俺でもさすがに分かっている。

 う~んどこだ? 雪村さんが楽しめて、ついでに時間もいい感じに潰せる場所は…………

 そう考えていると一つだけ思いついた。


「……じゃあ、とりあえず、街にあるショッピングモールに行かない? あそこなら何でもあるし、ここから歩いて三十分くらいで着くし……どうかな?」


 あそこにはゲーセンや映画館、スポーツショップとなんでもござれの場所だから、なんとかなるはずだ。

 それに、デートっぽいし、雪村さんも楽しめるところもあるだろうし、さらに時間も潰せるはずだ。うん、我ながらかなり無難なチョイスなような気がしてきた。

 だけど所詮俺が選んだ場所だ。自信なんてあるはずがない。どんな返事されるかもわからず、俺はとてもドキドキしていた。


「うん、いいよ。そこに行こ」


 俺は雪村さんの表情をちらちらと確認していたので、雪村さんが笑顔でそう言ったのが見えた。

 よかったぁ。本当によかった。

 嫌な顔もされてないので、嫌々というわけはないと思う。拒否されるという最悪の結果だけは避けられたし、とりあえずいいだろう。


「じゃあ……行こっか」

「うん」


 俺たちはそう言ってようやく家の前から動き出した。


 ※※※


 それから俺たちは無言のまま歩いていたが、この時間ははっきり言ってきつかった。初対面の相手と無言で一緒にいるのがこれほどまでにきついとは……まぁ、それが嫌なら俺から話しかけろよと思うけど、そんな勇気はさっきの自己紹介で使い切った。と言うかそもそも雪村さんにあう話題が思いつかない。

 カップルって移動中よく話してるイメージだけどよく会話が尽きないよなぁ……それとも、そういった無言の時間ですら良いと感じているのだろうか? 俺には一生わからん感覚だろうなぁ……


 そんなことを考えていたが、俺から話すことが無理ならこれからのことを決める方が重要だと思いデートについて考えることにした。

 それにしても、どこにいけばいいんだ? 雪村さんの好みなんて全くわからんし。でも夕食はあそこがいいかな。結構おしゃれな感じだったし。まぁ、これも雪村さんの嫌いなものでなければだけど……

 結局俺は結論なんて出せずに考え続けていると、今度は雪村さんから話しかけてきた。


「……ねえ、雨宮君って一年生の時何組だったの?」

「えっと、D組だったよ」

「そっか。D組かぁ……私はA組だったよ」

「知ってるよ」

「えっ! ……どうして?」

「そりゃ、うちの学園で雪村さんって有名だし」

「はははぁ……そうだよね……」

「……」


 俺は地雷を踏んでしまったらしく、雪村さんは悲しそうでつらそうに微笑んでいた。

 多分雪村さんの反応からして学園でアイドル扱いされることが嫌なのだろう。

 だけど、彼女の人当たりの良さと優しさで、他人の抱いているイメージを壊さないようにしていたから、周りは気づくこができなかった。俺もさっきの反応を見るまでは、考えたこともなかったしな。

 さらに、さっきの俺の発言で今日もそのように見られてしまっていると感じたんだと思う。たしかにずっとそう思っていた。雪村朱音は学園のアイドルだと。


 でも、今の雪村さんを見て今のままじゃだめだと思う。

 これから俺たちは家族となり一緒に住むことになるはずだ。

 それなのに、俺が雪村さんをアイドルとして接していくのは、ひどい行為のような気がする。それに、学園でも家でもアイドルを演じていたら、いつか壊れてしまうかもしれない。

 そんな、雪村さんは見たくなかった。

 だから、これから俺は普通の女の子として雪村さんに接しようと思った。


「……ごめん」

「んっ? どうしたのいきなり」

「雪村さんってアイドル扱いされるの嫌だったんだね」

「っ! ……大丈夫だよ。もう慣れてるから……」


 慣れたからと言って、大丈夫とは限らない。

 その証拠に雪村さんは俺の言葉を否定せずにまた悲しそうでつらそうに微笑んでいる。

 これは、俺の過ちだ。

 俺の行いだけじゃないだろうけど、今雪村さんをこの顔にしてしまっているのは俺なのだから。

 そのため、何とかしなければいけないという思いが脳内を駆け巡る。

 出てきた答えは『自分の思いを伝えればいい』なんて単純なものだったがこれしかないような気がした。

 自分の思いを人に伝えるのはかなり恥ずかしい。だけど今はそれをやらなければいけない。

 ちゃんと自分の思いを伝えるために俺は初めて雪村さんの顔を見る。すると、雪村さんも俺のほうを向いたので、二つの視線が結び付き一つになった。


「雪村さん……これからは、学園のアイドルとしてじゃなくて、一人の女子として接するよ」

「えっ……」


 俺はさっきの思いをそのまま言った。

 雪村さんにはいきなり何言ってるんだ、と思われたかもしれない。聞き方によっては告白だ。

 それでも俺は言葉を続けた。

 こんなことになってしまったのは俺のせいだし、俺たちのこれからのためでもあるからな。


「だから、俺の前では肩肘張らずに普通にしていて大丈夫だから」

「……」


 俺は言いたかったことを言い切ったが、雪村さんは黙っていた。

 俺の言ったことはまずかったのだろうか、という思いがこみ上げてくる。


「えっと……これから俺たち一緒に暮らすことになるんだし、その方がいいと思ったんだけど……嫌だった?」


 雪村さんの沈黙に耐え切れずに、俺は言い訳のような言葉で締めくくった。

 後は雪村さんの答えを待つしかない。少しでも雪村さんに俺の思いが伝わってくれれば嬉しく思う。


「ううん……全然嫌じゃないよ……ありがとう」


 雪村さんの嬉しそうな顔を見れて、俺は安心する。

 目元にはうっすらと涙が見えていたが、見なかったことにした。

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