自称レーサーの少女とバイク乗りによる夏物語。
@siosio2002
自称レーサーとの出会い
梅雨が過ぎてカラッと暑くなり始めた昼下がり、7月の初め。俺は家の前で一台のバイクと格闘していた。何のことはない、朝からバラしついさっき組み立てたばかりのバイクのキックをひたすら蹴り落としていた。
高校生が一人で何をやってるんだと思うだろう。そりゃこんな日は海に行ったりとかエアコンのあるカラオケでゆっくりしたりとか。やることならいくらでもあるはずだ。
「頼むぜ、次で掛かってくれ」
聞こえてるはずもないバイクに懇願する。俺が始めたこととはいえ暑い日にこんなことするのは嫌なんだ。
圧縮を確認して一気に蹴る。渾身の一撃だ。一瞬エンジンが唸りを上げる。大きな進歩だ。思わず笑みが溢れ空を見上げる。あともう少しでかかるという時携帯が鳴った。画面を確認すると友人からのようだ。画面をタップして電話に出るとやかましい声がスピーカーから鳴り響く。
「今暇だろ?共鳴の滝の近くで面白いもん見つけたから来い!」
俺は一言も発してないのに通話は途切れた。さらに勝手に暇と思われてるようだ。まあ確かに暇ではないがこれといってすることもない。
ちなみに共鳴の滝というのは山の方にある小さな滝だ。町のパンフレットにはパワースポットととして名が挙がっているが噂では心霊スポットらしい。この町では有名で知らない人はいないだろう。
もう一度キックすると簡単にエンジンが掛かった。とてつもなく呆気なかった。少しの暖気の後ヘルメットを被りグローブを履く。バイクは好きだが夏のヘルメットは体に堪えるものがある。何はともあれ準備は整った。ギアを入れて滝へとアクセルを捻った。
ヘルメットの中には熱気が溜まり汗がアスファルトへと落ちそのシミは一瞬にして後方へ流れる。少し止まればエンジンの熱気が上へと挙がって体に纏わりつく。
そんな中意識をはっきりさせながら走っていると滝へと繋がる道の前に着いた。小道に入り少し行くと滝が見えてくるはずだ。
道から外れた不整地に入ると樹々のおかげでかなり涼しくなっていた。少し止まりスポーツドリンクを一気に流し込む。木漏れ日がミラーに反射した。なんとなく気分が良くなってきた。
再び走り出す。甲高いエンジン音に混じり太いタイヤが枝を潰す音と蝉時雨が森の中に響き渡る。そして少し開けた場所に出るといつものメンツが転がっていた。相変わらずのアホヅラだ。
エンジンを切りスタンドを出してヘルメットをミラーに掛ける。
「それで面白いものってのはなんだ?」
それに真っ先に答えたのは保育所時代からの悪友であるカッキーこと垣本俊介だ。美人女優みたいなあだ名だが本人は短髪のゴリゴリの男だ。
「見てみろこれだ!」
そう言って湿ったダンボールを地面にドサッと落とした。そしてその横にはニヤついてる黒縁メガネがいた。いや、中根君がいた。確か名前は正樹だったはずだ。高校で知り合ったばかりでまだ名前がうろ覚えだ。
「なんだこれ?」
「開けてみな」
中根君がボソッと呟く。お前が言うと何か危ないものが入ってそうだからやめて欲しい。しかしそんなことより好奇心が勝った。こいつらを多少バカにしつつもやっぱり根本は同じなのかもしれない。グローブを脱いでゆっくりと蓋を開けた。
「おいお前ら」
ゆっくり立ち上がり後ろを振り向く。そしてにやけてる二人の前で手を振り上げた。
「よく見つけたぞ!」
そう叫び二人にハイタッチした。入ってたものは思春期男子が好きな「あの本」だ。察してくれ。今やネットでいくらでも見れる時代にはなっているがやはりテンションが上がるものだ。
「そういうと思ってたぜ!」
だが二人ともニヤニヤして実に気持ち悪い。思わず振り返るとバイクのミラーがこちらを向いていた。
ああ、奴らと同じ顔だ。同じく自分も気持ち悪かった。
「で、どうするんだこれ?」
一旦落ち着いたところで疑問を投げかけてみた。どちらともまともな回答が出来そうではないが。
「これだけの数があれば流石にまとめて回収は出来ない、だからとりあえず服の下に仕込んで一人一冊持って帰ろう」
中根君が早口で言い切った。その肺活量少し分けて欲しい。ついでにその瞬発的な発想力もな。
そのあとは簡単、シャツの下にエロ本を隠してバイクに跨った。
「んじゃ明日学校で計画立てるぞ!」
カッキーが叫ぶのが聞こえた。ミラー越しに大きく手を振るのが見える。それに応えるよう振り向かず拳を上げて叫んだ。
「ボーントゥービーワイルド!」
その場のテンションで叫んでしまっただけだ。別に深い意味はない。
「何言ってんだあいつは」
「そう言えばあの人本名なんだっけ?」
帰りは心身共に好調。エンジンの調子も安定し最高だった。そんな午後2時37分。家から少し離れた山道でそいつと出会ってしまった。
少し先に白に赤いラインが入ったツナギを着てる人影が見えた。ヘルメットも白地に赤と青のラインが入っていた。
横を通り過ぎる前にブレーキを掛け横に止まる。近づくと随分小さなバイクに小柄な人だ。バイクカウルにはデカデカとペプシの文字が入っていた。
こいつはシュワンツか。
「大丈夫ですか?」
スモークシールドで顔は見えないがかなり汗をかき疲れているのがわかる。
「ガス欠」
女の声で小さくそう呟いた。小さ過ぎて一瞬何を言ってるか聞き取れなかった。
「とりあえずヘルメット脱ぎましょう」
ガソリンなら家にあるし自分のバイクにも入っている。でもそれよりこの人が倒れそうだ。てか多分脱水症状寸前だ。いや、もう死ぬギリギリみたいな感じだ。
「レーサーはピットインするまでヘルメットを脱がない」
カラーリングや格好を見たときに確かにヤバイとは思った。それも一周回って帰ってきたヤバい奴だ。
「いや、でもかなり汗かいてますよね」
「大丈夫、それよりスタンドを」
言い終わる前にふらっと倒れそうになる。地面にぶつかる前になんとかキャッチできた。こいつをどうにかして休ませないとこの町で初のバイクを押しながら死んだ人間になってしまう。ある意味怪死事件だ。シャレにならない。
「いいからヘルメット外しましょう」
「でも」
「ピットストップ!」
次は素直に応じて脱ぐと短髪でキリッとした目の美人さんが出てきた。だがいくら男子高校生とは言えそれどころじゃない命がかかってる。
「これ飲んで、あとツナギの上だけでも脱ぎましょう」
スポーツドリンクを出して脱ぐように促す。これで木陰にでも入って休めばなんとかなるだろう。
「ここで待っててください、シュポシュポ持ってくるので」
「シュポシュポ?」
女の子の頭の上には何個かのハテナが浮いていたがそれを無視して家へとバイクを走らせた。ちなみにシュポシュポとは灯油とかガソリンを移す時に使うあのポンプである。正式名称は不明。
幸い家が近くだった為すぐに持ってこれた、女の子は言った通り黙って待っててくれたようだ。
「ガソリン移しとくよ、あんまり入ってないからすぐ入れてね」
両方のキャップを外しガソリンを移してる時服から何かが落ちた。そう「あの本」だ。
梅雨が過ぎてカラッと暑くなり始めた3時前。俺の体温は絶対零度なんて糞食らえと言わんばかりに冷えていった。幸い落とした瞬間は見られていない。
しかし明らかに俺の方を疑った目で見てくる。
「も、もともと落ちてましたよぉ」
あからさま過ぎる。善意ってなんだろうな。
「とりあえず、ありがとうございました」
とりあえずってなんだよ。女の子は4サイクルエンジンの音を響かせ陽炎に飲み込まれていった。
「ギャグかよ」
ちなみにこれはシャレだ。わかる人はわかる。
その後はトボトボ家に帰りもう一台の修理を始めた。
問題は次の日だった。
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