第76話 リンの得意料理

リンとハルが同居して、2ヵ月が過ぎた。掃除や洗濯の役割分担も決まって、二人の生活も落ち着いて来たようだ。といっても、リンはハルから清空寮の寮費と同じ額と食費しか受け取らないので、申し訳ないと思ったハルが掃除と洗濯も全部やっている。部屋の掃除は1階と2階に一台ずつあるロボット掃除機がしてくれるし、洗濯も全自動ドラム式洗濯乾燥機があるので、大した負担ではない。ちょっと大変なのは、お風呂掃除とトイレ掃除といったところだろうか。


意外なことに、料理はリンの担当だった。別にリンが料理が好きとか得意という訳でもなく、単に自分がその時好きな物を食べたいということでハルには任せなかったのである。


リンの唯一の得意料理は、味噌汁だった。出汁は化学調味料無添加の顆粒出汁だが、色々な味噌を使い分けて混ぜたり、具も工夫して、確かにハルもこれだけは美味しいと思っていた。しかし、それ以外は今ひとつだった。魚の干物を焼いただけとか、ステーキ肉を焼いただけとか、それさえ面倒な時は納豆とか冷奴とか。要するに栄養には配慮しているが、素っ気ないメニューだったのである。


ある晩、ハルは思い切ってリンに尋ねた。


「リン先輩は、味噌汁は美味しいのに、なんで他の料理はダメなんですか?」


「ひどいわね。」


リンは話し始めた。リンの両親は二人ともフルタイムで働いていて帰りが遅かった。最初、リンは夕食は外食したりスーパーで買った惣菜や弁当を食べていたが、中学生になって部活動で長距離走を始めると、体にいい食事をしたいと考えるようになり自炊を始めた。成長期でハードな部活動に耐えられる体を作る食事。ゆっくり作る時間はないので、手早く簡単にできるメニューが中心で、野菜をたくさん入れた具だくさんの味噌汁は、大事なメニューの一つだった。


ある日の朝、リンは前の晩に作った味噌汁が減っているのに気付いた。1人前だけ作るのも面倒なので、多目に作って鍋に入れたままガスレンジの上に置いてあったのである。多分マグカップに入れて電子レンジで温めて飲んだのか、シンクの洗い桶にマグカップが浸けてあった。


その後もちょくちょく味噌汁は減っていた。父が飲んでいるのか、それとも母か。両親は何も言わないし、リンも聞かなかった。リンは何となく味噌汁作りが楽しくなってきて、色々工夫するようになった。美味しくできたと思った時は、減り方が多かったりするのが、面白かった。


もう今となっては知ることができない両親とのささやかな思い出であり、リンにとっては、大事なメニューである。



「いい話ですよ、ううっ。」ハルは涙ぐんだ。


「そういう訳だから、味噌汁は自分で作る。」



とは言っても、ハルも美味しいご飯が食べたかったので、その後、ハルは五色に料理を習うようになった。味噌汁はリンに任せて、おかずはハルが作る。器用なハルはすぐに上達し、食卓には色々なおかずが並ぶようになった。リンもそれが美味しいと認めるとハルに任せてしまった。小諸に帰省した時、ハルの手料理を食べた両親は、リンの家に下宿させてよかったとリンに深く感謝したのであった。

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