第7話

夏のあの事件からどれくらい経ったのか。

受験生の夏というのはめまぐるしく忙しいものでどれくらい時間が経過したのか

どれくらいの時が経ったのかというのを忘れさせる。


夏の蒸し暑い夜は僕に温かくも冷たい一夏の夢を見せる。


『晴、遊園地に行こうか』


『晴くん、、今日はなんと晴くんの大好きなカレーだよ』


記憶の中にいる両親の優しい笑顔がふいに脳内を駆け巡る。

それは残暑の暑さが見せた陽炎。

僕の手を包み込んでいた温もりは気づくとその温かさを見失い静かに音もなく冷たく消えていってしまった。本当に何も無い静寂のようにその温もりは消えてしまった。一歩足を踏み出してこの太い縄に吊られたならば、きっとあの人のように音もなく静かにその身を冷たく出来るのだろうかなんて。


『晴くんはいい子だからお父さんたちと仲良くね』


「っ、待って、!」


伸ばした手で目の前を歩く青年の手を掴む。

その手を離したらもう二度と会えないような気がして、どうしようもなく苦しくなって、無駄とわかっててもその手を伸ばした。


彼が足を止める。

でも振り返らない。

振り返ったら離れられなくなるとわかっているから。


「っ、いやだ、」


無駄なのに。

意味が無いのに。


笑いかけて頭を撫でてくれる彼の姿を望んでそこに手を伸ばす。

言葉を投げかける。


何も言わない。

何も帰ってこない。



「ひとりは、いやだ」










「ごめんね、___ 」



そう言って抱きしめる彼はどこにもいなかった。












夢が覚める。


夏の夜の藍色だけが

彼の行方を知っている。



今日が受験前最後の面談の日だからだろう。

最悪な夢見だったけれど。



結局あの日以来進路について叔父さんと話すことはなかったし

僕自身が諦めたと思ったらしく日向咲が声をかけてくることもなかった。


それはつまり、兄や親友が怪我することもなかったということなのだが。










あの人同じく冷んやりとした教室の中に足を踏み入れる。

隣には、あの日と同じく叔父さんがいる。

あの時と同じその居心地の悪い空間。

目の前でニヤニヤと笑ってる教師と、隣の無表情の叔父。

息が詰まりそうになった。

いや、実際息が詰まって仕方なかったのかもしれない。






「改めて問いかけます。あなたの将来の進路希望は何ですか」







『幸せにはいつか終わりが来るんだよ』

赤髪の彼はいつだかそんなふうに嘆いていた。

此奴は、、修哉はいつだってそんなふうに幸せの終を嘆いていた。


『悲しみには終わりがねぇの』

そう悔しそうに顔を歪めていつだってその口で言葉を紡いでいた。


『幸せが終わり悲しみが終わらないから人は生きなければいけない』

そんなふうに泣きそうに語った。


僕にとっての幸せは、兄たちがいることだ。

ただ笑顔でそこに兄がいてくれれば、親友がいてくれれば、それでよかった。

だから、目の前にある笑顔だけを、幸せな空間だけを切り取って、繋げて、こんなにもみんなは笑ってるんだからきっと大丈夫って、自分の中で勝手に作り上げた理想郷。でもそれはただのそう信じたかった僕の幻想で、きっと彼らは心から笑ってなんてなかったのだろう。

それはきっと僕が無理をしているからだとわかっているが。


「晴?」


隣から叔父に声をかけられる。

あぁ、腹がたつなぁ。

、、金のために、利益のために、地位のために、そんなんのために、

僕らの、僕の夢を折って、潰して、そんなの、おかしいって。

、助けを求めても助けてもらえない、笑い方も忘れ、頼り方も何もかも忘れて、

腐った世界を、大人を、苦しさを辛さを、汚れた世界を、汚れた心を言葉を、

この世の現実を、嫌という程目の当たりにしてきて、それでも、誰かを救おうと、

がんばってる、夢を描いてる、こんな腐った世界で、唯一望んだ未来を、

夢を、、、光をなんで消そうとするの、?

なんで、見てくれないの、?

何で受け止めてくれないの、?

なんで、なんでよ、、、やめ、てよ。

やっと掴んだ夢なんだ。

心から叶えたいと望んだ夢なんだ。


子供は親を選べないのに親は子供を選べる。

子供にとっての神様は親なのに、親にとっては子供は道具。

人形なんだ。

ゲームの中のキャラクター何だ。

服に装備に与えられる資金や何もかも親の選択肢で決められるから。


使えないと判断したら捨てられる、直してやると殴られ蹴られる。


子供は何も選べない

いつだって選べない


子供に選択肢なんてない


そんなことはわかってる。


もしかしたらこんなことを僕が望むのは馬鹿げてるしいけないことなのかもしれない。それでも、、、、、僕は、、、。
















「僕には叶えたい夢があります」

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